15.小さき友
王城へ到着してから少し、カルミーユは一つに束ねた金色の髪を揺らしながら一生懸命にお茶を運んでくれる少女を見守っていた。
「カレン有難う。それにしても凄いわ溢れてもいないし音を立てずに綺麗に置けてるのも満点よ」
「ほんとうですか?」
アイスブルーのつぶらな瞳で不安そうに見つめてくる少女 カレンに安心させるようにカルミーユは微笑みかける。
「ええ、そうね次は歩く時にカップが音を立てないようにもっと気をつけてみましょうね」
「がんばります!」
嬉しそうに気合を入れて答えるカレンに笑みが溢れる。
彼女は宮廷料理長の孫娘で将来的には、王子妃に仕える侍女長として育てられている。と言うのも過去権力を欲した貴族の勢力争いに側室を毒殺しようとした事件があった。真っ先に疑われるのは、食事を作っている者達――しかも平民の命など何とも思っていない貴族達に濡れ衣を着せられ一族諸共極刑に合いそうになった。幸い彼らが巻き込まれたという証拠が出て来て事なきを得たが、無実の罪に問われた彼ら一族に心を痛めた王妃達は、男が宮廷料理人。女が自分たちに一番近い側仕えとしての職務を与え、一族から悲しい犠牲者を出さないためには、同じ一族の者が責任をもって職務に当たればいいと王に進言した。それから彼ら――フォレ 一族は忠誠を誓うとともに一族を護るため仕えているのだ。
カレンはもう直ぐ四歳になるので、そろそろ王城内の空気に慣らすため母親や叔母に着いて回っているらしい。カルミーユの身分はごく一部の人しか知らないので、謁見前に通された身なりを再度整えるための部屋で手伝ってくれる人もフォレ 一族に必然となるのだ。カルミーユはカレンを紹介され、提案したのだ。
「ねぇカレン。私で練習しませんか?」
「れんしゅう?」
「カルミーユ様それは……」
困った顔をした女性はなんと言えばいいのか考えている。仮にも王の客人として来ているカルミーユに粗相があってはいけないと気にしているのだろう。
「リズ夫人。私もまだまだ当主駆け出しなのです。この際駆け出し同士いい練習相手になると思うのです。リズ夫人も仕える側から 180度違う貴族の振る舞いに困っていると言っていたでしょ?この際一緒に練習しませんか?私こう見えて使用人も貴族も両方の役をやれますわ」
「カルミーユ様に給仕役はやらせませんよ?」
「あら手厳しい」
カルミーユの言葉に困ったように笑うのは、旧姓リズ・フォレ。現在は公爵三家の1つフラウ家次期当主の奥方だ。結婚してから数年経つが、王妃付きの侍女長を続けているので、つい自分で動いてしまう癖が中々抜けないらしい。謁見まで暇なのは暇なので、それなら時間を有意義に使おうと提案したのだ。最初は渋っていたが最後には折れてくれた。
家族以外で練習をまだしていないのなら歳の近いカルミーユの方が緊張も解れるだろうと思い。リズの義妹であるアベリアがリズをカレンがカルミーユと組む。カレンは母親の動作を食い入るように見つめた後自分でも実践している姿が何とも微笑ましい。
「カレン今は失敗しても大丈夫ですわ。その時はどうして失敗してしまったのかを一緒に考えましょう。だからゆっくりで良いの1つ1つをしっかり覚えていきましょうね。大事なのは繰り返して覚える事よ」
「はい。カル、カルミーユさま」
「私の事はミーユと呼んでいいわよ」
「ミーユさま」
嬉しそうに己の愛称を呼ぶカレンの頭をカルミーユは優しく撫でていると視界の端に入った光景に思わず苦笑して言った。
「リズ夫人。自分で菓子の取り分けをしては駄目ですわ」
カレンでは机上に置かれた菓子を取り分けるには些か背が足りず、客人であるカルミーユに茶請けを出したい気持ちは理解出来るが、今リズは貴族夫人の練習中だ。自身が動く方がはるかに早いと思うのはカルミーユも同意見だが、社交の場では人をつかう事に慣れていなければならない。ましてや平民から公爵家となったリズはこう言った所で揚げ足を取られてしまう。あしらい方を学ぼうにも常日頃から近くに居るのは王妃なので学ぼうにも学びづらいと以前話していた。
「またやってしまったわ」
「リズ義姉さん……」
「アベリアも交代してみる?動いてしまうわよ」
長年ついた癖はやはり中々治らないもので、リズは遠い目をしている。何かいい案は無いかと紅茶を頂きながら思案する。
「そうだわ。給仕の方がどの様にしているのか勉強……リズ夫人なら試験すると考えるのは如何でしょう?」
「メイドの適正試験の時の様にですか?」
「ええ、試験する側なら意識を切り替えれませんか?」
試験の監督ならば、自身が動く事はない。無理に身につけるよりも慣れている事から意識を変えそれを自然と出来るようにすれば良いだけだ。カルミーユの提案にリズが嬉しそうに声を上げる。
「妙案です!」
「カルミーユ様それでは私が緊張します」
侍女長に常に監視されるなど確かに怖いのは分かるのだが、致し方あるまい。母親と叔母の様子が面白かったのかカレンはクスクス笑っている。
カルミーユが和んでいると扉のノック音がした。素早く動くリズに流石だと思うのと同時に、彼女の挑戦は長く続くのだろうとカルミーユは思った。
「カルミーユ様。宰相様がお見えです」
「お通ししてくださいな」
この些細なやり取りの間に机にはカルミーユ1人分のお茶のみが残されていた。
(この切り替えの速さと場を整える速さ私も見習いたいわ)
此処にコレット達が居れば「お嬢様がそれを極めてどうするのですか!」と確実に言われているであろう。
「カルミーユ殿。謁見前に話がしたくてな押しかけてすまない」
部屋を訪れたのはこの国の宰相でヤグルマギクの祖父ダルマギク・アルブルと財務部でヤグルマギクの父センリョウ・アルブルだった。数刻前まで図書室でヤグルマギクと話していたのでなんともいえない心持ちである。
「ダルマギク様、センリョウ様お久しぶりです。私は大丈夫ですのでお気になさらず」
カルミーユの向かい側に2人が掛けると素早く茶の準備がされる。
「私達は隣に控えておりますので、何かあればお呼び下さい」
部屋にカルミーユ達だけになると、口を開いたのはダルマギクでは無く、センリョウだった。
「カルミーユ殿。まずは我が娘ヴァイオレットの件に関してお礼を申し上げたく」
カルミーユは首を小さく横に振った。
「センリョウ様、私は店主としてこのご依頼を受けましたの。ですから店に依頼しに来たと思って下さいな。ただヴァイオレット様の件は中々難しい物です。私は少しでも健やかに過ごせるようお手伝い出来ることは致します。それに今大規模な事をお願いしてるのはこちらですし……」
ヤグルマギクを通じて、ヴァイオレットの許容できる香りをアルブル家の屋敷総動員で調べてもらっているカルミーユとしては、今後の研究にも役立つ案件の為、礼をいわれると良心が痛む。
「どちらにせよ。娘の許容範囲を知る必要があったので、お気になさらないで下さい。カルミーユ殿からしても娘の体質は難しいと思いますか?」
「ええ。香りや味は人によって受け取り方は様々ですが、ヴァイオレット様のようにとても敏感な方は些細な物でも強く不快に感じたりするものです。慣らしていくにもまだ幼いので身体に負担を掛けてしまいますわ」
「今は薄味の食事が主ですが、今後食事面でも気を配らないといけなくなりそうですね」
「私も医師では無いので、根本的な治療法を提示する事は出来ませんが、嫌がる時は無理に食べさせる事はせず、遠ざけて様子を見るのも良いかと、私も参考になりそうな物があればまたお伝えいたします」
「有難うございます。あと……愚息のヤグルマギクが迷惑をかけて本当に申し訳ない」
「孫がすまぬ」
頭を下げ謝る2人にカルミーユは慌てた。
「顔を上げてください。その……ヤグル様は私がフォンテーヌの当主だと」
「あの子が君の事をかなり気にかけていたから素知らぬふりをしていたのだが、まさか自らの足で調べに行くとは思わなかった……」
(ヤグル様の行動力はお2人も予想していなかったのね)
「あの……ヤグル様を止めたりする事は可能でしょうか?」
「孫が何かしでかしたか?」
カルミーユはこの3日間の事をかい摘んで話したのだが、ダルマギクが深くため息吐き、センリョウが再びカルミーユに頭を下げてしまった。
「本当に申し訳ない」
「顔を上げてください。あの……出来そうでしょうか?」
「無理だな「不可能かと」」
間髪入れずに2人が否定したので、カルミーユもガクッと項垂れる。
「物理的に止められていた事はあるが……」
(物理的!?)
「父上。私が知る限りそれをやったのは1人だけですが?」
「……カルミーユ殿この際、ヤグルを顎で使って構わんし、度が過ぎてるなら焼くなり煮るなり好きにして良いぞ。許可する」
「ダルマギク様、物騒ですよ」
「昔から一旦暴走しだすと止めるのに苦労しているのだ。話を聞く限り、3日前が初めてまともな会話をしたのだろう?そこで直ぐに愛称で呼ぶ事を求めたのならヤグルは相当貴女を気に入り信を置いているという事だ。友人が指摘した方があの暴走を抑えられるかもしれん」
(ダルマギク様の中でヤグル様は猛獣か何かなのかしら?)
「ダルマギク様、仮にヤグル様の様な特殊な猛獣が居たとして私に暴走を抑える力など有りませんよ?」
「そうかあれは猛獣の類か……」
「父上気持ちは分かりますが、納得しないでくださいよ」
「近頃、あれは誰に似たのかと考えていたのだが……」
センリョウが「えっ!?」と驚いた顔をしながら自身の父親を見た。因みにカルミーユもセンリョウと同意見だ。互いに目が合い苦笑した。どう考えてもヤグルマギクは祖父であるダルマギクに似ている。異なるのは暴走するかしないかの違いくらいである。
「カルミーユ殿、もし本当にヤグルで困る事があれば、強めに言って下さって構いません。あの子も本当に嫌がる事はしないので、カルミーユ殿が許容できる範囲であの子と接して頂ければと……」
そう告げたセンリョウは、優しい父親の顔をしている。それが母の面影と重なり、胸が痛んだが振り払うように笑みを浮かべて告げた。
「ええ。良き友人として接する為にもそういたしますわ」
(何か忘れて……あ!)
「お2人に見て頂きたいものが……」
カルミーユは、王宮へ来る前にリッシュが調べてきた件と自身が疑問に思い整理していた内容を大急ぎで纏めた物を差し出す。
「これは?」
「我が商会の者が里帰りの際立ち寄った場所で、物の値段が近隣より数倍高く売られていたのを見たらしくて、そこだけ不作か何か合ったのかという話を耳にしたのですが、そう言ったことがあれば私の耳に確実に入る筈なのですが……」
「それも無かったと」
「ええ、違和感が拭えず家の者に調べさせた結果です。一商会そして貴族としてこれは見過ごす事が出来ません。告発させて頂きます」
ダルマギクの目が素早い速度で動きつつ表情が徐々に険しい物になってゆく
「セン、此処数年の王都を含め地方全ての決算書を全て確認しろ悟られぬよう裏から行け」
「はい。カルミーユ殿、後でお会いしましょう」
軽く会釈するとセンリョウは足早に部屋を後にした。
「カルミーユ殿」
「何でしょうダルマギク様」
「私の事はこれからダルと呼びなさい。貴女の成長を先輩として見守っていこうと思ってはいたが、君の歩む道は中々に大変なものになりそうだ。君が困った時、助けが必要な時、迷わず私の名を出しなさい。我が小さき
カルミーユは驚き返事に詰まった。
(小さき友って……)
ダルマギクの言葉は、友人として後ろ盾にもなると言う意味だ。カルミーユ自身を当主として新米ではなく対等に扱うと認めたのだとその表情が伝えてくれている。
「ダル様。私の事はミーユとお呼び下さいな。当主の先輩として色々知恵をお貸し下さい」
「良かろう。多分この後友人は増えると思うぞ」
(友人が増えるとはどう言うことかしら?)
それを問う前にダルマギクが実に愉快そうに続ける。
「それにミーユが持って来たこれはまだ大物を釣り上げる事が出来そうだ」
「大物ですか?」
「ああ、実に愉快、愉快」
ダルマギクの表情を見たカルミーユは自業自得とは言え、これから捕縛されるであろう者たちに酷く同情したのであった。
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