13.変化していく日常②

 (流石に疲れたわ……)


 カルミーユ・フォンテーヌ齢7年、教わる事は多々あれど大勢に囲まれて教える事など今まである訳もなく、思った以上に精神を削られていた。


 (先生方は凄いわ。1人1人をしっかりと見つつ全体を把握しながら教えていらっしゃるのだから……)


「お嬢様、お顔の色が優れないようですが……体調は如何ですか?」


 問いかけられ顔を上げる。

 此処は学園の最上階最奥、学園長の部屋から幾つか離れた防音設備の整った一室だ。学業と当主業を両立させなければならないカルミーユへ学園長が貸してくれた一室である。まぁ主にレオルガかレオンと1日の報告や当主印が必要な書類の整理で使っているのだが、寮暮らしのカルミーユにとっては有難い配慮である。


「今日は、予想外の事があったから少し疲れただけなの。大丈夫よ」

「予想外ですか?」

「ええ……」


 カルミーユは今日あった出来事をざっくりと話せば、レオルガはなるほどと相槌をうつ。


「人に教えるのってとても大変な事なのだと改めて思ったわ」

「確かにそうですが、お嬢様にとっては良い事だと思いますよ」

「そう?」

「はい。人に教える事で自身も違った学びを得る事が出来ます。1人で理解した物事は素直に自分のものになりますが、人によって考え方や捉え方は個々に違いますよね。そこから得意不得意と分かれるのです。多種多様な考えに触れる事で新たな気づきもあるというものですよ」

「確かにそうね。どのように言えば伝わるのか考えるだけでも沢山浮かんだもの」

「いつもと違う視点に立つ事で新たな気づきを得るのですから良い機会なのですよ。お嬢様、明日からの学園生活少し視点を変えてみるのは如何でしょうか?」

「視点を変える?」


 カルミーユが首を傾げるとレオルガは茶の準備をしながら何処か懐かしむかのような表情で話し出す。

 

「私が屋敷に仕えるようになった頃、よく言われた言葉があるのです「自身より上の者の技術はよく見て、その技盗み己の技量を磨く事を怠るな。それと同じくらい大事なのは共に学んでいる者たちがどの様に行動するのかを見て学ぶ事だ」」

「共に学んでいる者たちを見て学ぶ……」

「例えば、同じ品物を売り込む際1人は成功し、1人は失敗したとします。基本的には成功した方を手本にしますが、大切なのは失敗した方の失敗した原因を知り、自身が同じ立場にだった時どの様に対応するのかを知る事です」

「何が起こるか分からないから事前に対策を練るのと似ているわね」

「そうですね。違いといえば実際に見ながら良さや悪さを学ぶところですが、。絶対に失敗しないという考えはただの驕りだと、自身の目で見て考え学ぶ……そういった積み重ねを怠るのは愚かなことだと私は教わりました」


 (貴族の在り方を学ぶのにヤグル様を観察しようとしたけれど、それだけでは駄目ってことね。貴族の身分でも対応は違うものだから色んな視点から見ないといけないのね)

 

「……学園だと学友から学べる事は沢山あるものね」

「せっかくの機会です。色々お試しになるのもいいかと――ですが無理はなさらないで下さいね?」

「分かっているわ。みんなのお小言が長くなるのはごめんだもの」


 戯けて言えば、レオルガが嗜めるように再度の注意と共にお茶を注いでくれる。部屋にフワッと漂う香りに、カルミーユはほっと息を吐く、親しんだ香りはやはり落ち着く物だ。


「まずはリッシュが頼まれていた案件の調査を終えたのでそのご報告です」


 リッシュは、屋敷を支えてくれている使用人の1人で、主に情報収集を請け負ってくれている。レオルガの弟子でもある。

 

「リッシュは元気?」

「多少疲れている様に見えましたが、元気ですよ。お嬢様に会いたいと嘆いておりました」

「休めていなかった分の休日を与えてあげてね。あとしっかり身体を休めるように伝えてくれる?」

「分かりました」


 手渡された書類を確認していくごとにカルミーユの顔が厳しいものに変わる。


「如何なさいますか?」


 カルミーユが読み終わるタイミングでレオルガは静かに問いかける。幼き当主の顔は怖いくらいに無表情だ。

 

「陛下には難しいかもしれないけれど、宰相様あたりにお伝えするわ。これは流石に看過出来ない……大きくなれば国を揺るがしてしまう」

「私もまさか商業ギルドに関与している者がいるとは思いませんでした」

「そうね。地方だと王都に比べて管理が緩くなるのかもしれないわね。私利私欲の為に自身より弱い立場から摂取するなど間違っているのに、それを止めもせず自身も加担するなんて」

「人とは弱いものですな」

「そうね……」


 重い空気が流れるが、流石に事が事だ。知ってしまった以上は、見て見ぬ振りなど出来ない。それをしてしまえば同罪である。


「宰相様があちら側というのはありませんよね?」

「無いわ。ダルマギク様は国を建て直そうと、役人の一新改革をしているのよ?それで派閥が出来てきているのもあるのだけれども……」

「その問題も残ってましたね」

「貴族ってどうしてこうドロドロしているのかしら」

「フォンテーヌ家も貴族ですよ。お嬢様」

「そうだったわ……我が家も人の事言えないわね」


 何がとは言わないが、身近な問題は屋敷内に既にあるのだ。自然と溜息も溢れてしまう。

 気を取り直しつつ今日の屋敷や商会での出来事を大まかに聞いていく、日々の状態は大きな変化はなくとも耳に入れておく、嫌な予感は早々に調べておかなければ、今回みたく根を広げられていては、対処が出来ないのは痛手である。


「本日はメアリー嬢を少し尾行してから屋敷に戻りますね」

「屋敷は大丈夫なの?」


 主に父親達がという部分を省きながら問い掛ければ、レオルガが苦笑した。


「彼の方は、私を見ると仕事を渡されると思っているらしく避けられています」

「何もしていないのね」

「よく自身が当主だと言い回れますよね。それに関してはとても感服いたしますよ」

「レオルガ言葉に棘があるわ……棘が」

「失礼つい――お嬢様がこんなにも努力されているのに、何もしていない彼の方が勘違いよろしくふんぞり返っているものですので……」


 目が笑っていない笑顔ほど恐ろしいものはない。カルミーユは早々に話題を切り上げて撤退した。



 ***



「カルミーユ君いらっしゃい」


 笑顔で出迎えてくれた青年のような面立ちの人は、母とあまり変わらない歳らしい。当人が「生徒達の目を養う訓練にもなるから内緒なんだ」と言った為カルミーユは詮索するのを止めた。

 

「ご機嫌よう学園長」


 レオルガと別れて、真っ直ぐ学園長の執務室へと向かったカルミーユは、定期的なお茶会のせいで定位置になりつつある学園長の向かい側へと座る。


「君宛に手紙が届いていてね」


 スッとカルミーユの前に封筒を差し出す。宛名には学園長とカルミーユの名が記されていた。裏に返し――そのままススっと学園長の前へと封筒を滑らせると途中で阻まれた。


「学園長宛でもありますよ?」

「カルミーユ君から読んでいいよ」

「学園長を差し置いてそんな真似は出来ませんわ」


 両者笑顔で攻防を繰り返す。


「では見なかった事に」

が入った手紙を見なかった事に出来るのですか?」

「無理だね……」


 長い沈黙が部屋を包むが、観念したのか学園長が手紙の封を切り、手紙の内容をカルミーユに見えるように広げてくれるが――内容の冒頭でそっと手紙を机に置いた。


「カルミーユ君行ってらっしゃい」

「2人揃っての召喚です!」

「行きたくない……絶対に面倒事だ。宰相が書き足している時点で、嫌な予感しかしない」


 そう一般的な城への召喚ならば、日付と時間帯にどこの門を通れという簡単な指示が書いてあるだけだ。王宮からの召喚に基本拒否権は存在しないものだ。

 今回の手紙には下に小さく、「学園裏に馬車を回すので、極秘裏に動くように」と走り書きがされていたのだ。


「これはダルマギク様の筆跡なのですか?」

「そうだね。この癖ある字は宰相の物だよ。あ――行きたくないなぁ」


 普段は優しく温厚で仕事の早い学園長だが、稀に子供のように駄々をこね始める。初めて見た時は結構驚いたのだが、学園長がこうなる時は大抵何か起こるので、あまり見たくないのが本音である。今回は本当に行くのが嫌なのか椅子と一体化しようとしている。


「学園長。今晩は一緒に頑張りましょうね」


 何を頑張るのかカルミーユ自身も分からないのだが、学園長と同じく嫌な予感しかしない――


「ところで学園長、陛下はどの様なご用件なのでしょうか?」

「私達が最近頭を悩ませている事案のような気もするんだよね」

「貴族主義の方々の事ですか?」

「それもあるかな。カルミーユ君の耳にも入っているだろう?派閥が出来てるの」

「まぁ……」

「タイミング的にも今のうちに知りたいのだろうね」


 学園長の呟きは小さくて聞こえなかったが、カルミーユは「あ!」と声をあげた。


「そういえば、マナーレッスン結構好評ですよ」

「それは、良かった。知っているのと知らないのとでは、やはり差が出てしまうからね」

「貴族の中にも参加したいという声があったようですが……どうされるのですか?」

「そこが難しい問題なんだよ。貴族といっても名ばかりの所は最低限のマナーは知っていても深くまでは学べていない。かといって一緒に学ばせても問題が起きてしまうからね」


 貴族とは言っても様々ある。貴族としての威厳を保ちたいが、自身より爵位が上の子には出来るはずもなく、爵位を持たない平民を自身の憂さ晴らしに使う貴族子息が一定数おり、タチが悪いものだと教員の目の届かない所でやっているという事だ。カルミーユが学園長に頼まれたのは、そういった問題を見つけたり生徒の声を拾って伝える事だ。


 というのもカルミーユは、今この学園の中で1番身分が高いという学園側からすれば非常に扱いづらい立場にいる。

 貴族社会は爵位がものを言う。しかし爵位は前当主や当主のものだ。その子孫は当主がいる以上は、伯爵家の子、子爵家の子という分け方で、子や孫同士の間では爵位に差はあっても伯爵家の子と子爵家の当主では子爵家の当主の方が上なのだ。当主同士は爵位で差はあれど、同じ爵位なら表向き対等な立場である。カルミーユはフォンテーヌ家当主――表向き当主代理と言ってはいるが、代理でも学園内に通う生徒達の祖父や父親とカルミーユは同じ位置にいる事になる。爵位は低くても経験値がものを言う時もある。爵位など上がったり下がったりという可能性も有り得る。それを理解している貴族の子は、名前を覚えてもらおうとこっそり挨拶に来たくらいだ。学園では皆と同じように接して欲しいと教員を含め伝えている。同じ爵位の子でもそれを理解していない貴族の子は、そういうものだと思っている。カルミーユ自身は不躾な事を言われても今は咎めるつもりはない。


 そして学園長は、貴族の出だが三男だ。教員の中にも貴族は沢山いるが、爵位だけを見ると生徒の家柄が上の可能性が出てきてしまう。なので学院内では教員は爵位関係なく指導する権限を持たせた為、全ての生徒に平等に接する事が課せられている。無論差をつけようものなら教師としての身分を剥奪されてしまう。

 学ぶ事に差は無くともカルミーユは男爵家当主、何かあれば、他家や学園に抗議する事も可能なとても面倒な立場にいる為、カルミーユが学園の協力を承諾したのも教員側にいた方が、学園側の負担を減らせると思ったからだった。初めは聞こえてくる生徒達の声を伝えていただけだったのだが、いつしか差をなくすための対策を一緒になって悩む事になったのは、学園長が過激な貴族主義が問題を起こしすぎて、部屋の隅で頭を抱えていたのを見てしまったからであった。

 

「マナーレッスンを段階ごとにコース分けするのは如何でしょうか?」

「簡単なテストをさせて分ければなんとかなるか……」


 学園長が思いついた方法を紙に書いていくのを眺めながらカルミーユは王宮へ行くまですべき事を思い浮かべる。


 (リッシュに調べて貰った事も報告したいし……王宮へ向かうまでに纏めないと――)

 

「一度詰めてみるよ。他の教員みんなの意見も聞きたいし……」

「教える側に負担をかけてもいけませんしね」

「そうだね……とりあえずまずは今夜かぁ〜」


 また思い出してしまったのか学園長が盛大に顔を顰める。

 

「学園長……そんなに嫌なのですか?」

「宰相が曲者なんだよ。宰相の前では私なんて吹いて消えてゆく塵と同じだ。気がつけば丸め込まれてるんだ」

「行く前から怖い事言わないでください」

「だって私以上に身構えているだろう?」

「……」


 愉快そうに笑う学園長に、カルミーユは息を静かに吐く、王宮へ行くのは当主承認以来だ。緊張している事に気づいてそれを解そうとしてくれるのは有難いが、どう考えても冗談ではない本音に思えたカルミーユであった。


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