12.変化してゆく日常①
カルミーユの朝は早い。起きて顔を洗ったら作業着に着替える。
エテ国で一般的な作業着が上下の繋ぎなのだが、元々は作業をする男性を主軸に作られており、その為見た目が野暮ったく見えることから農家の女性にあまり人気では無い。カルミーユが着ているのは、同じように繋ぎなのだが、腰回りを囲むように大きめのポケットがありそれがスカートのようになっており、また足元を動き易いように足の曲線に上手く沿わせた形になっており、野暮ったく見えていた胴回りと足元を動きやすさと見た目を上手く調和させて作られている。この服を見た最初の言葉が「これ商品として売れるわ!もう少し案を練って」だった。「お嬢様はお嬢様ですね……」とメイド達に呆れられたが、既製品とオーダーメイド両方で売り出せば、半年足らずで専用の工房を隣接するまでに至った今人気の商品だ。
灯りをつけずに屋上とバルコニーにある花壇の様子を見に行く。草花達が徐々に日の光を浴び、露がキラキラと光る光景が幻想的でそれを眺めている時間がとても好きなのだ。
「昨日あの後書類を見返したのが間違えだったわ……」
ついのめり込んでしまい気がついた時は、月が高く上がっており、慌てて寝支度をしたのだった――と言うのも過去に熱中し過ぎて何度か夜更かしをした事があるのだがその度にコレットに見つかり、しまいには――
「睡眠を疎かにするという事は、身体を充分に休ませる事が出来ていないという事です。その様な状態で、仕事をして万が一の事があれば如何なさるおつもりですか?お嬢様に何かあれば、我々がどれだけ心を痛めるのかお分かりになりませんか?熱心なのは悪いとは言いません。もっと身体を労ってください。上が休まなければ下も休めないのですよ」
こんこんとお叱りを受けてからは、基本8時間最低でも6時間は眠るようにしている。ほぼ毎日顔を合わせているのは、レオルガとレオンの2人だがカルミーユの変化には敏感だ。何かあれば屋敷には筒抜けになるのが目に見えている。不要な心配はかけたく無かったので、規則正しく生活する事を心掛けていた。それもあってか必然と体に染みついたいつもの時間に目が覚めたが、正直な瞼はまだ眠いと訴えている。頬を抓ったりしながら眠気を逸らしつつ花壇の観察に集中する。
草花は愛でるだけでなく、カルミーユ達のように精油などに用いる事もあれば、医者であれば薬や治療に、料理人であれば料理にと幅広く用いられている。カルミーユはそこからもっと活用出来ないかと、先人達の医学書や薬学書を調べ、料理人達から調理に使う事でどの様な効果を得られるかを聞いたり、休日を活用して育てている農家などを訪れ、それと並行しつつ寮で育てられるだけの草花を自身で育てているのだ。
同じ花でも気候や肥料、収穫時期で香りや効能が変わってくるようで奥が深いと自然の神秘に魅力されつつも探究心を掻き立てられる。先人達の培った知恵から学びそして活かしつつ精油の効能を上げることが第一の課題で、更に人に役立つ新たな商品を作る為に、まずは自身が育てているものを毎朝のように観察して記録している。
「蕾が開きかけているからそろそろ咲きそうね」
今度はどんな景色が見られるのだろうかと胸を躍らせる。同じ種類でもやはり咲かせたものに違いがあるのもまた面白い。ふと顔を上げると澄み渡った空色が視界に入った。
「名残惜しいけど、準備しないとダメね」
朝食を軽く作り、食事をしながら授業の予習をする。コレットがいれば行儀が悪いと怒られるのだが、以前フリージアがしているのを見て、効率の良いやり方があるのかと感心したのだ。教科書を汚さないように朝食は片手で食べられる物を作るようになったのは致し方あるまい。
片付けと並行で掃除をし、制服に着替え部屋を出て、隣室の扉をノックすれば、少しして扉が開いた。
「カルミーおはよう」
「おはようフリージア」
今思えばいつからか――気がつけば、共に登校するようになっていた。2人で居るとあまり呼び止められることも無く、教室まで最短で辿り着いている。
(フリージアはずっと守ってくれているのね)
昨夜の話をふと思い出す。自分自身の事に関して結構無頓着な自覚はあるのだが、もう少し周囲が自身に向けている物が何かを知る必要があると少し反省したのだ。
(ヤグル様を観察すれば何か学べるかしら?)
ヤグルマギクの人当たり
(私は率直に意見が欲しいし、会話して欲しいのよね)
商品の良し悪しやそこから更に改善するには、使用者や量産に当たっての作り手の視点を交えた素直な意見が欲しいのだ。焼き菓子を焼いて「美味しい」だけでは、何処が良くて何処を改善すれば更に良いものになるのか検討もつかないものである。「ここが好みだ」「ここが苦手だ」と意思表示が有れば、色んな糸口を多方面の意見から学ぶ事が出来るのだ。そのせいか貴族特有の遠回しな発言や駆け引きが苦手だとも言える。貴族の子息達は親から学んでいるのが大半だが、カルミーユの戸籍上親となっている2人はあの様な状態だ。屋敷の使用人から言わせればカルミーユは貴族の振る舞いが完璧に出来ている。その自覚がないカルミーユが貴族について学びたいと思ったのは、そう言った諸々理由から商人と貴族の振る舞いの違いが、自身ではあまり判別出来ないためだ。せっかく貴族が集まる学園にいるのだから参考にしたいと思っていた。まさか貴族中の貴族が相手だとは思わなかったが……
学園の授業は、2限と3限の間に20分休憩時間がある。頭を休める為でもあるし、この時間に交流を深める者もいる。ランチや放課後のお茶会の誘いなどもこの時間に行われる事が多かった。
「フォンテーヌ嬢。勉強を教えて欲しいのだが……」
声を掛けられそちらを見上げれば、艶やかな栗毛を軽く後ろに束ねた利発的な顔立ちの少年が立っている。
「私がリヴィエール様にですか?」
中堅の伯爵家生まれである彼はフリージアと僅差で競っておりクラスでは4位、カルミーユの見る目が正しければ、ヤグルマギクがまだ本音を話せる数少ない友人の筈だ。カルミーユより上のヤグルマギクに教えて貰った方が良いのでは?という疑問も含めての返答だった。
「苗字は長いだろ?ローダンって呼んでよ。あ、話し方も楽にしてね。実を言うと数式はあまり得意ではなくてね……応用が入るとつい文字の意味について考えすぎて……」
(引っ掛けに見事に掛かってしまうと……)
「ヤグルにも聞いたんだけど、普通に話したり、彼の知っている知識を聞く分にはとても良いんだけどね。教えるのが壊滅的に下手なんだ」
困ったように肩をすくめながら話しているローダンなのだが――
(ヤグル様に丸聞こえ……あ、わざと聞こえるように言ってるのね)
Sクラスは成績順に席が決まっている為、必然的にヤグルマギクがカルミーユの前席になる。休憩に入ってすぐ――まだ他クラスから訪問者もいないので、彼はまだ自身の席にいる。チラッとヤグルマギクを盗み見れば、肩が若干震えている。人の目が無ければ声に出して笑っているだろうという事は容易に想像出来る。
「ローダン様、その……」
「とめないでくれ言わせて欲しいんだ。ヤグルは自分が理解しているから色々間を飛ばして結論だけ述べるのだが、分からない人間には結論だけを聞いても理解出来ないだろう?しかもだ!その間がなくても解けると言われた時の僕の気持ち分かるかい?」
普段のローダンからは想像もつかないような早口で話すあたり、ずっと溜め込んでいたのだろうがそれよりも――
「間……過程が無くとも解ける?」
「そうなんだよ」
大きく頷くローダンにカルミーユは唖然としつつも納得した。ヤグルマギクは問いを見ただけで答えが分かると言うのならば、過程など初めから無いに等しいのだろう。過程を説明と言われても無理な筈である。
「私で宜しいのですか?」
「以前フリージアさんに教えていただろう?分かりやすいなぁと思っていたんだ」
「それでしたら……「カルミー。ローダンに教えたら僕が危うくなるからダメ〜」」
背後からギュッと抱きつくように腕を回してフリージアが言えば、ローダンは肩をすくめる。
「僕も負けてばかりはいられないからね」
「自力で頑張りなよ」
「君だって教わっていただろう?」
2人が軽快に言い合いを始めた。入学してから半年経った時からこの2人は何かと競い合いが頻繁に行われているので、見慣れた光景とも言えるが……
(2人とも得意と不得意が真逆なのよね……そうだわ!)
「2人が互いに教え合うのは?」
「「え゛」」
「そこまで露骨に嫌な顔をしなくても……」
互いの苦手分野を教え合えば、結局のところ引き分けになるから意味がないと言うフリージアの意見に、ローダンも頷いている。どうあっても勝敗をつけたいらしい。
「2人のを平等に見る……でいいかしら?」
妥協案を出せばフリージアは仕方ないと承諾した。
「あの……フォンテーヌさん。私も教えてもらっても宜しいですか?」
ローダンの後ろからおずおずと声を掛けてきたのはクラスメイトの1人だった。すると彼女を皮切りに何故か「私も」と頼み込んでくる人が何故か増える。クラスの中で身分で言えば、フォンテーヌ家は下から数えた方が早く、互いの家庭で受けている教育水準からしても平凡だと思い込んでいるカルミーユは、教えを乞うクラスメイト達を心底不思議に思いつつもどうしたものかと考える。クラスメイト達もカルミーユの返答を待っているため静まりかえっていた教室に扉の閉まる音が響く。そちらに視線をやるといつの間にか移動していたヤグルマギクが扉を背にし、綺麗な笑みを浮かべて言った。
「もうみんなの疑問を全部出して、
まさかの提案にクラスは乗り気だ。期待の籠った眼差しで見られてしまえば、断ることも出来ない。カルミーユは早々に白旗を上げたのだった。
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