11.ため息が止まらない③
カルミーユが広げたメモの1つを手に取ったレオルガは、貴族の家名が一覧にして書かれているのを見て、首を傾げる。
「これは?」
「派閥一覧よ」
「派閥ですか?今の王家は仲の良いご兄弟ですし……学園内に派閥があるのですか?」
カルミーユは小さく被りを振り、ため息混じりに言った。
「貴族の派閥よ。王家も巻き込もうとしている規模の……」
エテ国の王家であるソレイユ家は、代々家族や国民を思いやるとても優しい御方達だ。そんな方々を巻き込むのかとレオルガが難しい顔をした。
「戦争の時、大半の貴族が領地に逃げ帰ったでしょ?その時に王宮内の勢力図が変わったのだけれど、今王家の周りは、若い優秀な人材も取り入れつつ新しい風を通す改革派と従来のままでいるべきだと主張する保守派で派閥が出来ているみたいなの。しかも保守派はスノード殿下を担ぎ上げてるみたいよ」
「スノード殿下は自ら家臣に降ると宣言されている方です。王になるつもりは無い筈なのに……」
「大義名分が欲しいって事ですかね?ユリオ殿下はまだ幼いですが、第一継承権をお持ちだし、それに対抗出来るのがスノード殿下って事ですよね?本人の意思を無視して担ぎ上げるとは……」
カルミーユはもう1つのメモを指し示した。
「これはね。廊下を歩いていた時に、たまたま耳に入ったの……親が話していた事をそのまま話しているみたいなのだけれど……」
「聞く人が聞けば、謀反を企ててると思われても仕方がない内容ですね」
「お嬢様は、如何様にされるおつもりで?」
「商会をしている以上中立の立場を通すわ。本当に困っている人を派閥が違うからと跳ね除けるのは間違っているもの」
大きな戦争が終わり、少しずつ元の日常に戻ってる最中、内乱などと馬鹿げた話はやめてほしいのが本音だ。庶民の間でも逃げ出した貴族が誰なのか知れ渡っているのだ。保守派が権力を手にしたところで「国が良くなるのか?」と国民は疑問に思うだろう。それが理解出来ていないから派閥が出来ているとも言うが――
「学園は面白いくらい簡単に情報が手に入るわね……」
しみじみとカルミーユは言った。親が話していたのを聞いて、そこに含まれている意味も深く考えず真似して言ったりしているだけなのだろう。だが、聞く人が聞けばとても大きな情報とも言える。
「不用意な会話が身を滅ぼすとまだ分からないのでしょうね。お嬢様、あの方の夜会などの交友関係を洗えと仰ったのは……」
カルミーユは肯定を示すように頷いた。
「我が商会は、そこそこ大きいから狙われる可能性も視野に入れた方がいいと思うの。屋敷とミモザのみんなにも共有を――疑わしいものが有れば随時連絡して、都度相談しましょう。小さな噂でも把握しておいた方がいいわ。発言にも充分気をつけるように……最低限出来るのはこれくらいかしら?まだまだ水面下で動いていても数年もしない間に分かりやすく派閥が分かれていると思うの。あと今から話す事は他言無用よ。私が知りうる限り、改革派にはフラウ家とフドル家そしてアルブル家は確実にいるわ。表向きは中立にいるソル家も改革派ね」
「お嬢様、それは何処からの情報ですか?」
「当主拝命をこっそりした時に、王宮に行ってるでしょ?」
「中にはお嬢様のみが入られましたね」
国王への謁見なので、使用人は外で控えて待っていたのだ。当然中にはカルミーユ1人で行くこととなった。
「我が家の事情を共有する最低限集められていた方々の中で大きな家はそこの4家だったの。あと、フラウ家とフドル家そしてソル家の……今年には世代交代すると仰っていたから次期当主達は、兄弟の契りをかわしていたのよ」
兄弟の契りとは、それぞれ互いの瞳の色などをあしらった物を交換する。互いに信頼し結束するという意味も含まれるものだ。身分差があれば、貴族や平民で当人たちは、親しくしていてもつながりを持ちたい他の貴族からすれば、自分より身分の低いものが邪魔だと考える人もいる。己の印を渡し、後ろ盾もしくは庇護下にあると知らしめる物だ。
「よく分かりましたね……」
身分差が同じだとわざと分かりにくい色合いにしたり、ひっそりと掲げている人もいる。まぁ貴族特有の情報戦の為とも言えよう。
「皆様と少し話す時間があって挨拶を交わしたの。世代交代する話もその時に聞いたのよ。だから確認し放題よ。さっき中立だと私は言ったけれども我が家は改革派の派閥に入っているものだと思った方が良いと思うわ」
「公爵二家に侯爵と筆頭伯爵は敵に回したくありませんからね」
カルミーユは頷いた。敵に回せば商会以前に、命が消し飛ぶ。それだけでは無く、国民を思って行動しているのが誰なのか分かっているからともいえる。
「あれ?お嬢様。アルカイック家は?」
「アルカイック家は中立派よ。あの家は派閥より王に忠誠を誓っているし、それに後継者は実力で選ぶ特殊な家なのよね。長男か次男かどちらが当主になるかは分からないわ。長男はあまり良い噂は聞かないけれどね」
「騎士学院に通われてる……でしたっけ?」
「ええ、同じ年頃のフドル家は学院には通わないと言われてるから実質今あそこはその長男が身分任せに色々している話を聞いたわ」
「次男が当主候補ですかね……」
即答したレオンに、どう返していいか分からず、カルミーユは苦笑にとどめた。
実力主義とは何も力だけではない、周囲に対しての立ち居振る舞いも全て関係してくるものだ。当主の器として1番大事なのは、その周囲との関係をどの様に築くかにかかっている。
「派閥はとりあえず頭の片隅に入れておいて、振る舞い方も変わってくると思うから」
「「分かりました」」
「アルブル家の依頼は、とりあえず家名を出さないように注意を――ご令嬢の将来を曇らすことはしたくないわ」
「何か共通の偽名を作っておく必要がありますね。アルブル家に関しては、お嬢様が主体で動かれるのですか?」
「今のところはそうね……今回みたいな案件は多分沢山あるのよ。でも表立って言えないくて諦めてる人が沢山いると考えれば、今回の事は今後の役にたつと思うの!」
小さく拳を作って力説しているカルミーユを従者2人は優しく見ていた。小さな主人の原動力はいつだって身近な誰かの為から始まる。それがとても大きな事だとつゆ程にも思っていないところがまた人を惹きつけている魅力だと自身は全く気づいていないのだ。
「そういえば、石鹸を改良するんですよね?」
「それね!フリージアの髪の話をしていた時にふと思ったのよ。貴族は高級な石鹸でも香油でも手に入る確率は高いでしょ?でも庶民は香油なんて手に入らない物だし、そもそも大衆浴場が普通でしょ?手入れが面倒で髪を切ってしまう人が多いって言ってたの」
「確かに髪は手入れしないと痛みますもんね」
「だから香油がなくても髪を手入れできる石鹸を作ればと思い至ったわけよ。上手くいけばそれに香りを足せるかも試してみたいわ」
レオンは、トマがカルミーユに渡した木箱の中身を確認する。
「私の知っている限りだと、庶民がよく使うのはこれですね」
「他は?貴族かしら?」
レオンが机に取り出し幾つかを一塊に置いている。
「右から順に貴族が使う物でも最高級品と言われている物。貴族の間では主流の物。商人なども使用している物。冒険者ギルドなどで購入できる物。庶民が使う物ですね」
「冒険者は種類が違うのかしら?」
「冒険者は獣の討伐等もあるので……」
レオルガは最後まで言わなかったが、カルミーユはその言葉で理解した。獣の血を浴びることもあるのだから普通の石鹸では匂いは取れないという意味だろう。
「貴族も庶民も気軽に買えるようにしたいのよね」
どこに主軸を絞るか悩ましいことだ。
「ベースは同じで貴族用に付加価値をつけるのは如何ですか?」
「そうね……見た目とか入れ物とかにこだわれば良いのかしら」
「庶民が買いやすくするとなると価格は大分落とさないといけませんね」
「損失をしないギリギリで押さえ込むつもりよ。お爺様の教訓の1つに"人々の暮らしに必要な物は広く長く使える物を提供し、そこに差はあってはならない"って」
「どうしてお嬢様が先先代の教訓をご存知なのですか?」
レオンが首を傾げた。カルミーユの祖父母はカルミーユが産まれた翌年の流行病で亡くなったのだ。赤子のカルミーユが覚えているわけもない。
「それがね。お爺様「商会運営の心得」という日記のような物を書いていたの。文字が読めるようになってすぐの頃にお母様に「最初に覚えるのはこれよ」と言って渡されたの」
レオルガは、カルミーユの話を聞いて懐かしいものを見るかのような笑みをこぼす。
「お嬢様のお爺様もミモザ様が文字を覚えたての頃に同じ事を言って何かを渡していたのですが……まさか自分の書いた本だとは思いませんでした」
やはり可笑しいのか愉快そうに笑っている。いつも冷静で穏やかな笑みを浮かべるレオルガのその様な笑みをあまり見た事無かったカルミーユは軽く目を見張った。
「レオルガから見てお爺様ってどんな人?」
「あの方は、とても自由な方でしたよ。気になったらとりあえず試したがるところはお嬢様に受け継がれていますよ。余りにも無鉄砲に試す事もあるので、幼い頃は両親に結婚してからは奥方にいつも怒られてましたけどね。私を必ず巻き込むので2人でよく正座をさせられましたよ」
少し厳しそうな絵姿しか見ていないので、意外な一面もあるものだと思った。ふと、先ほどのレオルガの言葉を思い出し、少しムッとして聞いた。
「もしかして私もかなり無鉄砲だと言ってる?」
「まだ可愛いものですよ。危ない事は我々が止めればやめて下さるでしょ?あの人はそれでも止まりません。1度でもやってみないと気がすまないらしいので……」
「あぁ、実験だと言って、小屋を燃やしかけた事も確かあったような……」
「どんな実験をしたら小屋を燃やせるの?」
「「知らない方がお嬢様のためです」」
(流石に火事になるような実験など出来ないわよ。修理費で頭が痛くなるもの)
カルミーユは心外だとばかりに2人を軽く見やると、考えていることが分かっているのだろう。
「お嬢様は、絶対興味持つと思うので教えませんよ。何も無いところで実験しそうですし……」
「場所を変えれば……と思わない事もないけれども……教えてくれないの?」
「教えませんよ。ミモザ様には、お嬢様の行動力は大旦那様に良く似ているので、見ておくようにと昔から言われてますので、危ない事は許可できません」
(これだと絶対に教えてもらえないわ。屋敷に帰ったらお爺様の日記に何か書かれていないか調べてみようかしら)
小さな好奇心がすでに芽生えている為、何があったのか知らないと気になって仕方がない。カルミーユは屋敷に帰ったら必ず調べようと内心意気込んでいた。
「そうだ。今回の長期休暇は初めから屋敷に戻るわ」
「お嬢様……」
レオルガが気遣わしげにカルミーユを見た。前回の休暇は、色々と学園で済ませる事もあり父達が避暑旅行へ行く3日前に屋敷へと戻ったのだが、半年以上溜め込んでものを吐き出すが如く3日間、何かと理由をつけては、カルミーユを顎で使い、言葉で己の常識を押し付け――と昼夜問わず三者三様の用件を遂行する事になったので、それが初めからになると1週間前回と同じ事になるのでは無いかとと心配をしての発言だろう。
「お父様は自分が当主の仕事をしていると思い込んでいるでしょう?私が基本的に休み以外は寮で生活していて屋敷に居ないからという理由で、当主の正式な発表の際に何か言われても困るもの。後、お父様の様子も一度見たいのもあるけど……メアリーを夜会に連れて行くのを控えるように言おうかと思って」
「それ婦人が嫌がりませんか?自慢気に連れ歩いているのでしょ?」
「メアリーの日頃の行動がすでに耳に入っている方もいるのよ?このまま行けば、良い嫁ぎ先など無くなるわ」
嫁へと迎える相手が、あまりよろしく無い噂が流れているともなれば、どれだけ良い条件を提示したとしても断られるのが目に見えているのだ。少なくとも今ならまだ「友人」という枠組みで済ます事の出来るギリギリの場所なのだ。
「私ならあの性格の時点で断りますがね……」
「レオン口を慎みなさい」
「いいのよ。私も噂を聞いて少し頭痛がしたくらいだし……」
3人仲良く重いため息を吐いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます