10.ため息が止まらない②
「ヤグル様は、私がフォンテーヌ家当主だとご存知だったわ」
レオルガとレオンは驚きに目を見開く、この件は王宮でもごく一部と学園長しか知らない話なのだから無理もない。
「初めから確証を持って話してこられたの」
「宰相補佐のダルマギク様から聞いた訳では無いのですよね?」
「聞いていなかったみたいよ?」
カルミーユが成人するまで、学園長に話す際も一度王宮にお伺いを立てているくらい極秘扱いになっており、そう言った案件の内容は、うっかり話してしまった等の問題が起こらないよう家族といえど他言無用となっている。簡単に言えば、後見者争いなどのお家騒動に発展するのが目に見えているからだ。
「では、確証を持った何かが合ったという事ですか?」
「フォンテーヌ家が、公には私とお父様が2人で当主代理という形を取っているのは、学園でも知れ渡っているのだけれど……フリージアと私が知り合ったきっかけは以前話したわよね?」
「一部の貴族主義による濡れ衣と罵倒でしたね」
「ええ、その時の私の言葉を聞いてフォンテーヌ家の当主は私1人だと確信を持たれたそうなの」
「お嬢様何か確信つく事言いましたっけ?」
カルミーユが、学園内で起きた事を共有はしているのだが、その話の中に当主と明言した内容は無かったからこその疑問だろう。
「私があの時話した内容は、当主として人を治める立場にあるからこそ話せる言葉だったと言っていたわ……」
「同じ年代でもお嬢様の様に当主になる方は居ませんからね。アルブル殿は秀才と貴族界でも噂になっておられる方ですし、お嬢様の言葉や立ち居振る舞いから情報を引き出したということですね?」
カルミーユは肯定を込めてうなづいた。
「私が当主であることは、去年から知っていらしたみたいなのだけれど、たまたまミモザの店主を探していたら私と結びついたと言ってたわ」
「ミモザの店主であるお嬢様に用が合ったとして、何故友人にまでなっているのですか?」
「分からないわ」
カルミーユの即答に、従者2人はやや呆れ顔だ。考える事もせず、分からないと言い切ったカルミーユも悪いのは悪いのだが……
「お嬢様〜少しは考えました?」
「だって……考えるも何も店主と客として話していたのに、気がついたら「友人として接してくれ」と言われたのよ?敬語も敬称も要らないとまで言われた時の恐怖分かる!?」
もう令嬢らしさとかどうでもいいと最後はやや投げやりの様に言ったカルミーユに、レオンは苦笑するしかない。
「そこで喜ぶのでは無く、恐怖心を抱いたあたりが気に入られたのでは?」
「うっ……ただでさえ崖っぷちの我が家なのよ。何か遭ったら終わりじゃない……しかもメアリーが虎視眈々と狙っている人で、今まで接点無いからと断っていたのに友人になった事がしれたら……」
毎日、探しに来るのに更に拍車が掛かったらどうするのだ。と絶望に近い表情で訴えるカルミーユにレオンもしみじみと言った。
「メアリー嬢の性格ならお嬢様の名前を使って突撃しそうですね」
「そんな事になったら我がフォンテーヌは終わりね」
そもそも学園では身分差が無いよう同学年なら最低限の敬意をはらいつつ接している(簡単に言えば身分関係なく声をかけたり出来る)が、まず後輩から先輩に声をかける事が出来るのは、本当に親しい間柄のみだ。その最低限を守らずに接してしまえば、最悪の場合――我が家を軽くみられたと言われ、縁を切られたりする。相手が高位貴族であればある程、その切られた縁から更に他貴族の縁まで切られるという負の連鎖が待っているのだ。
「課題は、いかにメアリー嬢に知られないかですね……」
レオルガの言葉に、カルミーユは深く頷いた。
「ヤグル様には、教室では今まで通りただのクラスメイトとして接して欲しいとお願いしたの」
「1日半で、お願い出来るくらい打ち解けてるんですか?」
レオンが少々驚きの混じった顔で問いかけたのをカルミーユ酷く真面目な顔をして言った。
「食堂の時みたいに話しかけられたら私の平穏な生活はその時をもって終わりよ」
「クラスの方は気になさらないのでは?」
「アルブル家の未来の当主よ?背後から刺されるわよ」
「公爵家のご子息は騎士学校の方に通ってる方か学園に行ってない方ばかりでしたね。侯爵家のご子息はまだ通える年齢でも有りませんし……超優良物件ですね!」
レオンの主に後半の発言が良く無かったのだろうレオルガに頭を綺麗に叩かれている。
ヤグルマギク・アルブルに対して、カルミーユが基本接点を持たなかった主な要因は、このお方が学園での授業以外の時間全て他クラスや他学年のご令嬢(先輩方)に囲まれているからだ。言わずもがな中には過激派貴族主義も多い。Sクラスにいるのは同じ伯爵家だったり、まぁ高度教育を受ける事の出来る人が多いためそう言った状況判断は出来る。むしろ毎時間囲まれて大変そうな恩方に同情している人の方が多かったりする。
「今思うと私のクラスの方々は、少し変わってますね?」
「お嬢様と同じで、下手に動けば派閥争いや面倒な事に巻き込まれるのを理解しているのでは?フリージア嬢の件で皆の認識が変わったとアルブル殿は仰っていたんでしょ?」
「私大した事言った覚え無いのよ?ヤグル様は私が、あの時言った言葉が自身を含めクラスでも驚かされる内容だったって……あと、フリージアが「仕えるなら私がいい」って言った事も周りの認識を変えたのですって」
話を静かに聞いていたレオルガは、少し考える素振りを見せた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
「フリージア嬢は、平民の孤児院出身でお間違えありませんね?」
「ええそうよ。それがどうかした?」
「基本的に平民や特に孤児院出身の者は、自身で職を選べる環境下に無いものが殆どです。ましてや貴族の中には物のように扱う方々もいます。私を含め良き雇主に恵まれるのは中々に難しいのが現状です」
「私がこの国の階級社会について学んだ時にも皆んなが話していたわね」
今フォンテーヌで働いている人達は、商会を建てた当初から共に歩んでくれた一家やレオルガの様に戦争や様々な理由で行き場を失っていた子供を先代達が屋敷に連れて帰り育てたのだ。レオルガはお爺様と出会う前、情報屋として同じく親を失った小さい子の面倒を見ながら細々と暮らしていたのだが、たまたまお爺様の目に留まり、一緒にいた子達も含めまとめてお爺様が屋敷に連れ帰ったそうだ。理由が「私は色んな目線の話し相手が欲しい」ただそれだけだったらしい。
「フリージア嬢のように自ら主を周りに明言する方は中々居ないのですよ。心からの忠誠を表明した。裏を返せば、どれだけ金を積まれても他には行かないと周りに宣言したも同然です」
あの言葉にそれ程の意味が含まれていたとは気づかなかったカルミーユはハッとした。
「……ヤグル様が、フリージアは私の近くで害がありそうな人を牽制していると言っていたわ」
フリージアは友人としてだけでは無く、カルミーユを将来仕える相手として、守っているのだと――
「お嬢様。大事なご友人なら一度しっかりとお話された方が宜しいかと、私もお嬢様のお爺様とは友人兼従者としての関係を築いていましたから」
『自身が後ろ盾になる時もしくは、誰かに後ろ盾になってもらう時もしっかりとその人がどう言った人であるか見極めてから決断するのよ。私や貴女は、自分だけでは何の力も無いの。色んな人が私達を支えてくれるからこうして立っていられるのよ。だから忘れないで、どれだけ小さな集まりでも人の上に立つという事は、その人達の人生を背負うという事を――』
昔母が2人の時によく言っていた言葉をふと思い出す。そしてヤグルが言っていた言葉も――
(例え私がフリージアと友人として接していても周りもその認識で居てくれるとは限らないのよね。友人で居続けるために出来る事は何か……)
『どうしたらお母様みたいに強くいられますか?』
『私が、強く見えるのなら護りたいものがあるからよ』
『護りたいものですか?』
『ええ、ルミーや屋敷、商会のみんなに大事な友人とか沢山よ。ルミーはみんなの事好き?』
『大好きです!』
『その気持ちを大切にね。お爺様達が昔から言っているわ。貴女の隣にいる人は貴女自身なの。自分の事はとても大切だと思うのと同じ、自分の隣にいる人も自分だと思って大切にしなさい。ってね』
(「力あるものは、それの使い方を誤ってはならない。権力と武力で従わせても誰も残らないあるのは破滅だけ」もあったわね。護りたいものを守る時に使わなくては、ただの力の持ち腐れね)
「……手紙にも書いたのだけれど、フリージアの育った孤児院を訪れた後に、彼女の髪の手入れもするのよ。その時に話してみるわ」
レオルガは小さく微笑み頷いた。
「それと孤児院に行かれる際は、レオンを必ず共につけて下さい」
「分かったわ。元々リリアナを連れて行くつもりだったの。当日はミモザへ先に行くわ」
「商会の方は如何なさいますか?」
「そうね……孤児院には元々午後に行く予定なの昼頃に商会へ寄ってから直接孤児院へ行く事にするわ」
「ではその様に手配いたします」
「有難う。せっかくだし私達がするべき事の優先順位を決めましょう。何もなければそれで良いのだけれど、あまり良くない話を聞くのよね」
カルミーユは、書斎の引き出しにあるメモを手に取り、2人に見えるように広げた。
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