6.猫被りの貴公子①
あの後、顔の熱が冷めるまで図書室で過ごしたカルミーユは、フラフラと寮へと帰って来た。
「カルミーおかえり」
「ただいま。フリージア」
カルミーユの部屋の扉をノックしようとしていた手を止めて此方を見たのは、カルミーユより頭一つ分高い一見少年と間違うような風貌の少女だ。声も少し低いので、服装を変えれば間違えても可笑しくはない
「食堂へのお誘いに来たんだけど……もう食べたかい?」
「まだよ。図書館から帰ってきたところなの。先に着替えても良い?」
「もちろん!」
外で待ってもらうのもアレなので、部屋へと招き入れお茶を勧めた後に、着替えるために寝室へと向かう。クローゼットを開ければ勿論服があるのだが、それを見る度にカルミーユの心は暖かい気持ちになる。
父達が家に来てからカルミーユは自身の身の回り品も基本可能な物は全て手作りするようになり、服に至ってはフォンテーヌ家お抱えの場所や店などの訪問時に着る服を2、3着以外は全て古着だったのだが、入学が決まり入寮まで後1週間となった頃、カルミーユの目の前に服がずらりと並んでいた。何着もあるので、金銭的な面で内心不安になったのだが……
「ミーユお嬢様。これ私達の手作りなんです!」
「手作り?」
「はい!お嬢様の事だから「私にお金をかけてはダメよ。みんなのお給金や屋敷などに回して」と言われるのが目に見えてましたから作ったんです!」
ニッコリと微笑みながら言われ、まさに考えていた事なので気まずくなり目を逸らせば苦笑される。
「フォンテーヌ家は元々物を仕入れて売っていたので、種類や量を増やせば布も安価で買えるのですよ。因みにお嬢様これは帳簿を確認しても書いてませんからね」
「え?」
カルミーユが驚き顔を上げると、皆手に何かしら持っている。
「「「お嬢様学園の入学そしてお誕生日おめでとうございます。これは我々からの気持ちです!」」」
慈愛の籠った目で皆から一斉に祝われる。ポロリと頬に雫が落ちる。
(私は1人ではなかったのね……)
涙が勝手に溢れ、皆が慌て近寄ってくる。カルミーユは、そのまま懐に飛び込むように抱きついた。子供の腕なので1人に飛びつくのがやっとで、手前にいる人から順に有難う乗ら気持ちを込めて抱きついていくと優しく抱きしめ返してくれる。
服に至っては、カルミーユの性格を熟知しているだけあって、長く着られるように少し大きめなのと動き易さを重視してくれている。農家が着るような作業着まで用意されていたのを見た時は、流石に「皆んな私をどう見てるの?」と思わず聞いてしまったくらいだ。それに対する返答が「お嬢様なら確実に何か作りますよね?」だった。
屋敷から離れていても常に皆を感じる事が出来るのは幸せな事だとカルミーユは思っていた。
食堂以外は自室で過ごすつもりなので、簡素なワンピースに着替え、戻ればフリージアは毛先を睨んでいた。
「どうしたの?」
「髪の毛ってどうしても伸ばさないとダメなのかな?長いとジャマなんだよね」
食堂へ歩みを進めつつ問えば、毛先を手で遊ばせながら問いかけてくる。貴族では女性の髪は命だと切らずに軽く整えるくらいで済ませる事が多いいのだが――
「貴族では結い上げることもあるから長い方が美徳っていうのもあるけど……」
「平民は今まで頻繁にお風呂に入れたわけでもないし、髪が短い人も結構いるし」
「長いと手入れも大変でしょうしね」
自然に乾かしているので、髪が痛みやすく、髪に艶を出すために香油なども必要になってくる。揃えていくと高くついてしまうというのが、一般的な認識である。
(髪の手入れをする香油を安価で作れないかしら……香油じゃなくても良いのよ髪を洗う石鹸に少しでも成分があれば……目標は髪を傷めず艶が出る石鹸ね。香りは後回しにして、そうと決まれば石鹸と香油の作り方を調べないと)
「お〜いカルミー聞いてる?」
「ごめんなさい。もう一度言ってくれる?」
「手短なナイフで髪をバサリと切ろうかなって思うんだけど……」
カルミーユがそれを聞いて前のめりで止めたのは無理もない、今度の休日に髪を整えるの手伝うと言ってナイフで髪を断髪するのをなんとか留めて貰った。
「ねぇフリージア、教会には食べ物とか匂いを苦手にしている子とか居た?」
「居たよ」
「シスターはどんな事をしていたか覚えてる?」
フリージアは記憶を辿るように、孤児院であった出来事を話していく。彼女は、カルミーユが入学して最初に出来た友人で、この寮に入寮した成績優良者3名の最後の人物だ。数少ない平民出身で、教会が管理している孤児院で育った子だ。
「なるほどそういう事ね」
「食べ物とかも工夫すると良いみたい。どうしたの急に?」
「知り合いの子が苦労しているみたいで、何か助けてあげられないかなぁって」
もちろん相手はヤグルマギクの妹ヴァイオレットの事だ。将来的には、彼女に合う商品を作るにせよ。耐性が何処までつけられるかが大事になってくる。
「シスターが、そういった人の症状を異国の言葉でアレルギーって言うんだって言ってたね」
「アレルギー?」
「うん」
「そのシスターにお会いする事は可能かしら?」
「教会に行けば会えるよ」
「なら次の休日、髪を整えたらシスターのところへ案内して貰える?」
「もちろん!」
食事を摂りつつ会話に花を咲かせていると、フリージアがふと思い出しかのように言った。
「そういえばあの子今日も来て追い出されてたよ」
「図書館にも来てたわ……」
フリージアは顰めっ面をしながら呆れたようなため息を吐いた。
「学習能力無いのかねぇ〜」
「私からは何も言えないわ」
「カルミーは悪くないよ。悪いのはそれを諌めることもなく助長している親だ。君にとっては気分のいい話では無いと思うけど」
「気にしていないわ」
基本下級生が上級生の教室に訪れることはしない。それが学園でのマナーだ。目に留まりたい、関係性を築きたいと願う下級生は、共用スペースやカフェテリアなどで、挨拶という名の待ち伏せをする。メアリーに至っては、入学2日目には堂々とカルミーユの教室を訪れ、カルミーユのクラスメイトに諌められたらしい……というのもフリージア初めクラスの誰も何があったのか教えてくれなかったのだ……しかしメアリーは、そんな事を気にする子では無く、教室が駄目ならと色々な場所に出没しては、カルミーユに色んな物事を押し付けて去っていく。人の無有で話す内容や表情を巧みに変える小技まで習得していたのには驚いたくらいだ。因みにカルミーユのクラスでメアリーの印象はあまり良く無い。フリージアは度々色々な場面で現場を目撃していたらしく、カルミーユとメアリーの間でおきていた事を洗いざらい問われたので、ざっくりとだが父と義母そしてメアリーとの関係性について話した。その際フェアじゃ無いからと彼女が自身の過去について教えてくれたのだ。入学当初からクラスや寮も同じなので親しくしていたが、これを機に関係性が深くなったともいえる。
「そうだ。カルミー明日あたりに新しいメニューを試そうと思うんだけど、食べてくれるかい?」
「ええ、楽しみにしてるね」
「僕の目標は将来君専属のシェフになる事だからね」
どこかの舞台俳優のような茶目っ気たっぷりな仕草が様になっている。
(不思議ね。綺麗な顔立ちをしているとどんな言葉でも様になるの生まれ持った才能とも言えるわね)
『またねルミー』
カルミーユは自身の頬に熱が集まるのを感じた。
(どうして思い出すのよ)
寮に戻るまでに必死に忘れてきたと言うのに、脳裏に浮かべば、簡単には消えてくれないそれくらい衝撃的だったのだ。そもそもルミーと呼ぶのは母だけだった。同じ呼び方なのに自身に届いた響きが全く違う。カルミーユは当主や商人として過ごす事に重きを置き過ぎたせいか、この様な異性との触れ合いに免疫が全く無いことに、加え変な虫がつかぬように、本人が預かり知らぬところでフォンテーヌ使用人一同が、鉄壁の守りを敷いてた為、今の今まで近しい距離で、異性と会話どころか愛称で呼ばれる事など無かったカルミーユの動揺は過去1番のものだ。
だがしかし――
(愛称だけで動揺してたらダメよね……貴族ならこういった事も日常的にあるのかしら?それなら毅然とした対応をしなければいけなくなるわよね?)
ひょっとしたら全く出来ていない貴族の対応を学ぶ機会なのでは?と斜め上をいく思考を止めてくれる貴重な存在が近くに居るはずもなく、何故か拳を握って決意を固めていたカルミーユをフリージアが不思議そうに見ていた。
「隣いいかい?」
「ええ……」
(え?)
無意識に返事をしたカルミーユは、そのまま固まった。どちらかといえば怖くて声の主を見れないと言ってもいい。
「珍しいね。アルブル殿がこの時間にここいるの?」
「偶にはね?後2人がここに居るかなぁと思って覗いたのもあるんだけどね」
「僕達を探していたの?」
「ほら今日の授業で出てた今の貴族のあり方についての考察があっただろ?フリージア嬢たちの意見を聞きたくてね。クラスだと難しいものもあったし……」
クラスの人だけならまだしも他クラスから訪問者が押し寄せるこの男ならではの困った顔に「あぁ」と納得したフリージアを呆然と眺める。
「僕の事はフリージアでいいよ。嬢って付けて呼ばれるの慣れないんだ」
「フリージアさんって呼ばせてもらうよ。私の事も名前で構わないよ。同じ寮仲間だしね」
「じゃあヤグルマギクくんだね。今日の考察ね。一平民として言えば……」
何故かカルミーユの隣に座ったヤグルマギクとその向かい側にいるフリージアは、楽しそうに会話を始める。この寮では、左右で男子寮と女子寮に分かれており、食堂と中庭と談話室が共用スペースとなっているので、ここにいる事自体は不思議では無いのだが――
(この1年一度も声を掛けてきたこともないのにどうして今なのよ……もしかしてヴァイオレット様の事を他の人に言わないように監視?それとも釘を刺しに来たとか?私ってそんなに頼りない……いや信用がない……)
カルミーユは思考の渦に呑まれていった。
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