4.どうしてこうなった①
学園での生活は、とても充実していた。
試験の成績順にクラスが決まるので、2位の成績だったカルミーユはトップ集団が集まるSクラスに入り、初の同世代の友人が出来たのと、材料が高価で中々手の出しづらい物でも申請すれば手に入るので、商品のための研究がとてつもなく壮大な物になりかけている。今は主流の香水を他の形に変えられないか研究中だ。
充実といえば特待生に与えられる寮である。1人一部屋、個人の浴室や台所まで設備され、寝室に書斎、様々な用途に使えそうな空き部屋までついた2階建――カルミーユが部屋に入った時「高級アパートメント」と思わず言ってしまうくらい整えられた部屋だ。何より嬉しかったのは、バルコニーが広く、一階部分は外の視線が気にならないように柵で覆われているので、気兼ねなく精油の材料となる花達を植えに植えまくった。一年経てば茶会も出来る素晴らしい庭園である。また屋上の方も各部屋の仕切りがあり、そこも自由に使えるので屋台などの仮設屋根を設置し、屋外でした方が良い作業が天気に左右されず出来るように整えた。まさに住み心地の良い城が完成した。
この寮は、管理が厳しく寮の生徒以外は、身内でも立ち入り禁止。成績を維持する事とどの様な研究をしているのか報告を上げなければいけない決まりがある。無償で全てを整えて貰えているので、それに見合う努力をしなければならないという事だろう。
カルミーユは放課後になるとまず学院内の図書室で過ごす。寮に戻るとつい店や家に役立ちそうな物ばかりを考えてしまうので、此処で勉強や課題をこなしていた。
「えっと法関係は……」
目当ての本を見つけたは良いが、取るには少し高い位置にあり、踏み台を探そうと辺りを見回していると、小さな影がかかる。
「どの本を探しているんだい?」
「えっとその上の……」
素直に答えかけて背後を振り返ると、艶やかな黒髪を緩く結び横に流した見目麗しい少年がいた。彼は手にした本をカルミーユへと手渡す。
「有難う御座います。アルブル様」
「お役に立てて良かったよ」
綺麗に微笑む彼を見て、カルミーユは他の同級生の様に騒ぎ立てるも無く「貴公子と呼ばれるだけあって同年代より落ち着いて見えるわ」と客観的に見ていた。
「それ課題の?」
「ええ、そうで……「お姉様〜」」
遠くから聞こえた声に、カルミーユはハッとして、少年の手を取り足早に奥にある部屋へと向かう。戸惑った声が背後から聞こえ、「少しの間声を潜めて下さい」と伝え、カルミーユは扉に耳を当て外の様子を伺った。この間も「お姉様」と呼ぶ声が響く
「おかしいなぁ〜今日こそは此処にいると思ったのに〜寮は立ち入り禁止だって追い出されちゃうし、お姉様がいないと誰が私の課題をするのよ」
(課題は自分でするものよ。それに誰かに聞かれたらどうするの?図書室は静かだから思っている以上に響くのに……)
悪態を吐きながら扉の前を通り過ぎる妹メアリーにハラハラしつつふと、背後から視線を感じハッとする。
(メアリー聞かれたらでは無くて、聞かれていたわ。貴方が狙っている殿方に……)
そう今カルミーユの背後にいる少年は、ヤグルマギク・アルブル 伯爵家長男で、雲の上にいる公爵家と侯爵家に次いで最も影響力のある家の子だ。そしてカルミーユを抑えて学年1位を維持している秀才であり同級生でもある。最も毎日誰かしらに囲まれているので、会話したのが、今日が初めてと言っていい。そしてメアリーも彼を狙う1人である。何度か「お姉様、私あの方と仲良くなりたいです!私の
(あ〜もうどうしたらいいの)
まだ背中に刺さる視線に頭を抱えたくなった。
メアリーの独り言は、ばっちり聞こえているはずだ。周りからはちょっと抜けてる愛らしい少女と思われているメアリーだが、実家から離れていたこの一年の間にますます両親に似てきたメアリーに、カルミーユは頭を悩ませていた。欲しいと思えば確実に手に入れたがる。流石にこの方は無理だろうが……
とりあえずカルミーユは、ヤグルマギクに向かって頭を下げた。
「アルブル様、巻き込んでしまい申し訳ございません」
「気にしていないよ。彼女はいつもこの様な感じなのかな?」
カルミーユは、彼の声色と表情を見た途端、同じ7歳という同級生でもこの方は大人のそれと変わらないと頭がスッーと商人として切り替わる。
(探られているわよね)
貴族社会で生きていくには情報が何よりも武器となる。他者よりも早く正確により多くの情報を手にし、自身が流行の最先端に行く事で、更なる家の発展へと繋がる。貴族にとっての学園生活は、社交会に出る前の練習とも言えるが、入学当初から戦いは始まっているのも同然だ。彼自身は、自ら動かなくても周りが縁を繋ぎたくて寄ってきているようなものだ。
「すでにご存知なのでは?」
カルミーユは、優雅に微笑み言った。ヤグルマギクは終始笑顔だが、カルミーユからすれば嘘くさい笑みである。
(この手の笑みって、値踏みされているようで落ち着かないのよね)
母の代わりに視察へ行きながら貴族としてではなく、商人として成長しているのだ。皆に鍛えられたとも言えるが……
「そうだねぇ〜私が知っているのは、フォンテーヌ家前当主の1人娘で、現フォンテーヌ家当主という事と今城下で人気を集めているミモザの真の店主で、植物等の研究をしていることくらいかな?」
(えっ……もしかしてアルブル様は……)
カルミーユは小さな息を吐き
「アルブル様疲れませんか?」
「え?」
「ずっと気を張り、無理に笑って疲れませんか?」
不敬としりつつはっきり言えば、ヤグルマギクが豆鉄砲を喰らったような表情をしている。
(初めて見る表情ね)
「ふふっふふふははは」
今度は突如笑い出し、「この人大丈夫なの?」と半ば本気で心配になった。
「失礼、このような事を言われたのは初めてで……私の笑みは不自然だったかい?」
「失礼を承知で申しますと私にはアルブル様の笑顔に温度を感じません」
「僕もまだまだという事か……」
小声で何か言っているヤグルマギクの顔が「面白い」と物語っている。今の表情には温度があるので、此方が素の表情なのだろう。カルミーユは自身がいつも使っている席の向かい側の椅子を引いた。
「アルブル様、ミモザ店主の私に御用があるのでしょう?警戒されるのはお立場を考えれば致し方有りませんが、私はこれでも商人の端くれです。お客様の情報はしっかり守りますのでご安心下さいな」
「すまない」
初めから違和感があったのだ。今の時間帯は、上級生たちはまだ授業を受けており、下級生の大半は家に帰っている。図書室に訪れる物好きなど中々居ない。同じクラスで、寮に至っては男女分かれているが、部屋は向かい隣り、話せる機会などいくらでもあったのだが、人目が無い図書室でわざわざ声を掛けてきたのは、知られたく無い事情でもあるのだろう……
確信に至ったのは、カルミーユがミモザの店主である事を突き止めた事だ。フォンテーヌ家は表向き代理当主として父とカルミーユの名がある。ヤグルマギクの家系を考えれば、真実など直ぐに突き止めることは出来るであろうだがわざわざ店まで調べる必要性が無い、ヤグルマギクはミモザの店主に用があり調べていくとカルミーユに行き当たったという事なのだろう。
「先に質問して良いかい?」
「どうぞ」
「ここは司書の方々が使う内の一室だよね?」
「ええ、色々ありまして司書様が此処で勉学しなさいと貸して頂いているのです」
メアリーが入学した当初、勉強をそもそも真面目にして無かったので、案の定上位のクラスには入る事が出来ず、義理の姉より劣っていると思われたく無かったのだろう。「お姉様はお勉強が大好きなのですって」や「家にずっといるから両親が心配してて」などカルミーユを心配しているようで、格を下げるような話をしたり、課題より遊んでいたいので、カルミーユを探してはそれを押し付け言いたい事だけ言って足早に去ったり、カルミーユが「それは自分でしなくてはいけないの」と伝えても聞かず、義母のように早口で道理を並べたて去って行くことが半年以上過ぎた頃、小間使い並みに便利な扱いを受けているカルミーユを見兼ねた司書達が、この部屋を貸し与えてくれた。
借りるだけでは悪いので、簡単なお手伝いをさせて貰ったりもしている。勉学の気分転換にもなり、新しい書物とも出会えるので、カルミーユにとっては嬉しい事尽くめである。
ヤグルマギクには
「確かに私がミモザ店主であるフォンテーヌ嬢に用があって探していたわけだけど、不快に思わせてしまったらすまない」
「気にしていませんわ。それと家名は言いにくいでしょうからカルミーユとお呼びくださいな」
「私の事も名で呼んでくれ、さて本題に入りたいんだけど……カルミーユ嬢は匂いに敏感な人に会ったことはあるかい?」
「ありますよ。お客様にもそういった方はいますし、私の身近に居る人では私の母が、匂いに敏感でした。ミモザも母がきっかけで出来た店ですし……匂いがどうかなされました?」
「頼みたいことと言うのは、妹の事なんだ」
ヤグルマギクには2つ下の弟が1人とお披露目したばかりの3歳の妹とが1人いる。
「ヴァイオレット様ですよね?先日お披露目だったのでは?」
「まさしくそのお披露目会で、妹の体質について知ったんだ」
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