第二部 第三章 彼の家の事情
彼の鬱病は特殊で、病歴が長いのもそうだが、退院後は比較的経過は良好で、月一の通院で済むようになった。
「仕事は順調ですか?」
「ええ、お陰様でうまく行ってます」
「そうですか。それは良かった。塞ぎ込むこともないですか?」
「ないですね。IT会社に勤めていたときより充実感があります」
「逆に気分が高揚することはありますか?」
「特には無いです」
「お薬はちゃんと飲んでますか?」
「はい」
「では、この調子で」
「ありがとうございました」
主治医の中井との問診は順調に行われていた。薬をもらい会計時に先だっての入院費等の請求書が渡された。
「入院費って高いわよね」
病院からの請求書を見ながらぼそりと母親がこぼす。彼の家は母子家庭で、母親は年金暮らしで仕事はしていない。決して裕福ではないことは彼も承知の上である。なので、自分の事は自分でするというのが彼のポリシーである。
「入院費はなんとかする」
母親は不満を口にすることはほぼ無いのだが、殊更お金のことには結構細かい。それは家庭の金銭事情から来るものなのだが、幼少から分かり切ってる事だけに彼には耳障りでならない。そんな母親を疎ましく思うこともある。なので、大人になってからは母親とは距離を置いている。
「入院するとお金掛かるから健康には気をつけるのよ」
「ちっ」
彼は母親には分からないように苦虫を噛み潰したように舌打ちをした。
「善人ぶりしやがって」
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