第一部 第五章 彼の彼女(1)

「仕事もだいぶ板についてきたじゃない」

由梨にぽんと肩を叩かれた。

「そんなことないですよ」

と謙遜した後、頬を赤らめた。

この清掃のアルバイトを始めて1週間が経過していた。同僚のおばちゃん達ともそれなりにコミュニケーションは取れるようになった。

「ねぇ、もう一つの仕事ってなんなの?」

「配送の仕事です」

「へぇ~、やっぱりキツイの?今日この後時間ある?私ももう一つ仕事しようと思ってるのよ。ちょっと話聞かせてくれない?」

「ええ、構いませんけど」

「じゃぁ仕事終わったらご飯食べながら、でいい?」

「ええ」


彼は15階のビルのエントランスで由梨待っていた。

「ごめんね。待たせて」

「いえ、全然気にしてないです」

「あれ?今の若い子は全然大丈夫です、とか言うんじゃないの?」

「僕は世の中の風潮に簡単に同調するのが苦手なんです」

「まぁ、正しい日本語の使い方ではないことは確かね。でも言葉って時代につれて変わるもんだし」

「そうですね。ただ、僕は単に大して中身も知らないで良い悪いで判断して流行るものに乗りたくないだけなんです」

「へー、意外ね。今の子って流行ってるイコール是ってするもんだと思ってたわ」

「だから、常に世間に逆行しているような感覚でいます」

「でも、自分のポリシーを持ってていいと思うわ。全て世の中の流行を追ってくと疲れるし」

二人は足並みを揃えて、とある喫茶店へと入った。

「お二人様ですか?」

「ええ」

「おタバコは?」

由梨は彼の方を見遣ると、右手を左右に揺らしている。

「喫煙で」

「こちらへどうぞ」

窓側にある4人掛けの喫煙テーブルに通された。

「意外だった?私が煙草吸うの」

「いえ、個人の自由なので特には。正直ちょっと意外でしたけど」

「そう。昔はチェーン、チェーンスモーカーね、だったんだけど、都会じゃ喫煙者の肩身が狭くなってね。本数も自然減。吸ったことない?」

「だいぶ前、僕も吸ってましたが吸わなくなりました」

「そう、よかった。タバコ吸わない人には悪いしね」

「平気ですよ。吸う人の気持ちも理解していますし」

「ところで、あなたクールっていうか淡々としてるわね。いつもそんな感じなの?」

「そうですかね?物事にはあまりのめり込まない性格なんでしょうか」

「前は何してたの?仕事」

「IT系です。聞こえはいいけど現代の土方みたいなもんですよ」

「へー、凄いわね。プログラミングってやつ?もできるの?」

「仕事でしたから。でもやっぱり自分には合わないっていうか」

「はーん、それでこういう仕事することにした訳ね」

「まぁ、そんなところです。ところで、Wワークの件は」

「それは置いておきましょうよ。私は仕事よりあなたに興味があるの」

彼は由梨の口から思わぬ言葉を聞くことになった。

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