第一部 第五章 彼の彼女(2)
時計の短針は「5」手前位を指していた。外の日差しは色薄く柔らかくなっている。
「僕に興味があるなんてあなたも珍しい女性ですね」
「そうかもね。でもあなた悪くないわよ。考え方もしっかりしてるし。今度夜会いましょうよ。お互い仕事がないときに」
「ええ、構いませんよ。お仕事のお話は良いんですか?」
「あなたと話す口実だからまた今度でいいわ」
「じゃぁ、これから配送のバイトに行くんで」
彼は喫茶店の伝票を取ろうとしたとき、由梨に右手首を掴まれた。
「ここは私が持つわ。その代わり次回はあなた持ちね。これで次会う口実ができたわ」
「ま、そうですね。ひとまずごちそうさまでした」
「頑張ってね」
彼はそっと会釈をした。
彼の配送のバイトには午後から夜間にかけてで、始業が夕方だと22時を過ぎることもあった。だが、仕事中は時間を忘れて働いた。が、由梨との一件のあと、彼の頭の片隅に由梨の顔がぺったり貼り付いていた。
その土曜日、彼は終日休み、由梨は清掃のバイトだけの為、夜に会う約束をした。勿論清掃の仕事うちにはこの件は知れていない。
19:00にJR吉祥寺駅北口の交番側という待ち合わせにした。
几帳面な彼は10分前には待ち合わせ場所に到着し、それでもなお時計を気にしている。19:00になった。が、彼女は現れない。由梨の連絡先が分からないため、このまま暫く待つか少し思案した。彼は近くのコンビニに向かった。店内に入ってレジカウンターの上部を見やる。
「101番を一つ下さい」
「はい、こちらで宜しいですか?」
銘柄はショートホープ1箱。暫く止めていたタバコを吸うことにした。
「300円です」
電子マネーで決済すると、駅裏の喫煙所へと向かった。他人に裏切られることには慣れているというものの、若干物悲しい。ショートホープをぐっと握りしめた。
2、3分ほどで喫煙所に着いた。徐ろにタバコのビニール包装の赤い線を引っ張る。銀紙を半分めくって一本取り上げ、口元にそっと持っていった。
「あ、」
彼は火種がないことに気づいた。
(タバコも久しぶりだったからなぁ)
すると、ライターの灯がすっと出てきた。
「火、無いんでしょ?」
由梨の顔が左側からひょいと現れた。
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