第一部 第二章 彼の帰宅

「寛解とは行きませんが、日常生活は影響ないでしょう。しかし、再発には十分注意はしてください。気分が急に落ち込むのがいつものパターンですので」

「ありがとうございます」

 彼は病院を出て、自宅療養し通院する生活に戻った。

 主治医の中井は数年彼の診察を請負い、彼の病状や発症理由を治療する傍ら、ある意味研究している。病状が一向に改善されず、暫くするとすぐ再発するためだ。中井はこの病院の副医院長で次期院長になるのではないかと他の医師や看護師らの専らの噂である。威張ったところがなく、常に患者と病気に真摯に対峙する有能な精神科の医師である。

 しかし自身が診察し、治療投薬を行っているにも関わらず、彼は入退院を繰り返す。勿論、誤診などありえないと自負しているが結果が伴わない。もしや特異な病例なのではないだろうか、と思い中井医師は彼を観察すると共に研究し始めた。彼の今回の入院生活が長期化した要因はこうした事に起因するのも大きい。

 しかし、この退院後より、中井医師は彼の病状が不思議なことに時間が経過するたびに微妙に変化していることに気づき始めており、一般的に言われている(塞ぎ込み、意欲減退)や(自殺願望や未遂)は見られていたが、塞ぎ込みと意欲減退がほぼ見られない。逆に活動的になり、今までにない意欲が感じられるようになってきた。言動もはっきりとした口調に変わり、今まで他人や両親に流されがちな思考も自分の独自の考え方を持ち、自分の意見をはっきり言うようになった。

 中井医師はこの彼の病状の「改善」をもろ手を挙げて喜ぶことはできなかった、というよりもむしろ危惧の方が大きくなった。一見いい方向に寛解したようには見えるがその「反動」が大きく出てしまうのではないかと考えていた。

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