第2話 加奈子『チャプター2』

加奈子『チャプター2』


*****


 ―推奨年齢、二十歳以上―

 作中に『惨虐的描写』と『性暴力描写』があります。ご拝読においては自己責任でお願いします。


*****



「…いやぁ…ッ! やめてぇ……ッ!」


 ガンガンと耳を劈(つんざ)く音量は、少女の痛々しい悲鳴を掻き消していた。


 とあるカラオケボックスの一室。簡素なソファにその身を投げ出された少女は、あられも無い姿で両手首は乱雑にタオルで縛り上げられている。


「…やめて…お願い…ッ!」


「いーねぇ。そそるよ、その怯えた顔」


 ジーパンの前チャックから自身の逸物を自らの手で取り出した軽薄そうな男が舌舐めずりしつつ、


「亜子。『中出し』OKだよな?」


 背後で携帯をこちらに向けている女子高校生に聞いた。


「いいわよお義兄(にい)ちゃん。だって彼女は私の『おもちゃ』だから」


 亜子と呼ばれた女子高校生は天使の様な笑みを浮かべた。


「私の『おもちゃ』はお義兄ちゃんの『おもちゃ』でもあるもの」



「…だってさ、加奈子ちゃん」


 亜子に、お兄ちゃんと言われた男――斗真(とうま)は自身が組み敷いている加奈子を振り返りそう言った。



「ー…ッ!」


 両手首を塞がれた加奈子は怯えた表情を見せる。


「…なん、で…? 亜子…こんなの…やめて……」


 両目の端からジワリと涙が溢れるのを拭いもせず加奈子は亜子に懇願の眼差しを向ける。



 ――パシャリ



 亜子は構えた携帯のカメラシャッターをタップした。



「いいわね。その表情…」


 うっとりと微笑んだ亜子は、加奈子のすぐ側まで近寄り眼前まで顔を近付ける。


「…好きよ。かなちゃん」


 加奈子の耳元で甘く囁き、自身の舌先を加奈子の耳穴にチロリと入れ込んだ。



「…ぅんあ…ッ」


 ビクンッと身体を弾かせる加奈子。



「ウフフ」

 加奈子の反応に気を良くした亜子は、斗真に『腰抑えて』と軽く指示を出し、

「かなちゃん。もっと気持ち良くしてあげる」

 

 その場で膝をつき、加奈子のむき出しになっている胸を揉みしだき乳首を指の腹で擦る。反対側の胸には口でむしゃぶりつく様に舌を使い乳首を責め立てる。



「んぁ、あ、あぁ……」


 亜子に乳房と乳首の敏感な部分を愛撫されて、加奈子は出したくもない悦の声を洩らした。



「すげぇ感じてんじゃん」


 斗真が焦ったそうに加奈子の膣口の入り口を指の腹でなぞる。



 ――くちゅり。



 いやらしい淫音が加奈子の耳にも聞こえた。



「いやッ! 違うッ…ちが……ッ!」

「自らの快感には逆らえないのよ」


 涙目で首を横に激しく振るう加奈子の叫びに重なる様に亜子の甘い声が掛かる。



「さあ、かなちゃん。あなたの『イク』姿を私に見せてちょうだい!」


「いやぁーーッ! やめてぇぇッ!!」






*****






「…やめてぇぇ!」


 加奈子は叫びその身を飛び上がる様に起こした。


「はぁはぁ…ッ」


 激しい動機と息遣い。


 慌てて辺りを見回せば見慣れた部屋――自室だった。少し安堵して半身起こした身体を守る様に自身の腕で抱きいだいた。



 大きく深呼吸して動悸をおさめ、額に纏わり付いた汗を手の甲でそっと拭った。




 先程見たのは夢だった。否――夢ではなく身の毛もよだつ過去の記憶。


 加奈子は以前強姦に遭った。それも同級生の義兄から。仲良くしていただろう同級生の亜子は、少し行きすぎる程の接し方をしてきていたが、それは単なる『友情からの愛』だと加奈子は思っていた。だが亜子にとっての『愛』は違っていた。彼女は、自分の事を『おもちゃ』として見てなかったのだ。




「…う、ぐぅ……ッ!」


 あの頃の光景が頭を掠め加奈子は口元を抑えてトイレに駆け込んだ。


 身体が拒絶反応をみせて吐き気が込み上げてくる。吐くものが無く酸っぱい体液が身体の内側からせり上がり胃が収縮して痛い。胸焼けと胃痛で、胃液を吐き出した。



 苦しさと吐き気が通り過ぎると今度は身体が過去の記憶を思い出し震えがくる。脳内に焼きついた同級生とその義兄の顔が気持ち悪くて怖くて堪らなかった。



 それでも加奈子はそれを両親に言う事はなかった。いや、言えずにいた。


 加奈子の家庭は少し複雑だった。


 両親は加奈子が七歳の時に父親が浮気をして離婚している。母親に親権が渡り加奈子は今まで母親と暮らしてはきたが、その母親はどうやら離婚を機に『男』を作ったらしい。夜の仕事はしているがほとんど家に帰ってこない為、加奈子は物心つく頃から家事全般をしてきた。


 そしてまた運の悪い事に、母親が繋がっている『男』は、あの亜子の義叔父であると言う事。亜子はそれを知って加奈子の弱みを握り『おもちゃ』として扱うようになった。




「…なん、でッ、こんな事にッ?!」


 自室に戻った加奈子はその場で膝から崩れ落ち悔しさで涙を流した。


「…いや……もういや……」


 何度も何度も蘇る忌まわしき記憶。あの頃の事がフラッシュバックして、加奈子はPTSD (心的外傷後ストレス障害)となってしまった。


 フラフラと立ち上がり簡素な勉強机の引き出しからある物を取り出す。


 チキチキと取手部分に付けられたダイヤルを捻る。そのダイヤルを前の方にスライドさせると幅一センチの程の刃物が迫り出す。


 加奈子は徐にその刃物を左手首に押し当て力一杯に引いた。



 ――スパッ!



 そんな音がしそうな勢いで、切り裂かれた左手首の切り口からジワリと赤い体液が滲み出る。溢れたそれは重力に従い床にパタパタと赤い斑点を作る。

 加奈子はその光景を虚ろな瞳で見続けた。無意識にもう一度同じ動作を繰り返す。また赤い線が左手首に引かれて床に斑点を描いていく。


 数回同じ事をした後に加奈子は刃物――カッターを手放し、しばらく天井をボウっと眺めて、


「…あいつ…絶対に…許さない……」


 と、小さく呟いた。




「復讐…して、やるんだ。もう決めたんだ」



 いつか聞いた、『復讐代行』の話。加奈子は左手首の傷を隠すように薄手のジャケットを羽織り、携帯と密かに貯めておいたお金を鞄に詰め込むとその足で、復讐代行の事務所らしき場所へと向かった。

 





 ――加奈子はあてがわれたソファに腰掛けると辺りをキョロキョロと物色し、

「ふぅん?」

 と、とりあえず間の抜けた相槌を打つ。


 差し出された紅茶を何も言わず一口飲んで、


「…ねぇ。本っ当に復讐なんて代行出来るの?」


 少し身を乗り出すような素振りで向かいに座る男性に詰め寄った。



「…疑うなら他所へ行け」


 男性が表情を変えず端的に言い放つと、加奈子は悪びれる様子もなくケラケラと笑って見せた。


「あ。怒ったぁ? ただちょっと聞いただけじゃん〜〜」


 シンの真向かいに座る少女は、いわゆる【今時】の女子高生だった。明るく快活なイメージとは裏腹に、彼女は人には言えない悲しみとそれに呼応する様な酷い憎しみを抱えているのがシンには『分かった』。



「あ。アタシィ、『加奈子』って言うの。みんなからは『かなたん』って呼ばれてるの〜」


『よろしくねぇ〜』などと言い、加奈子は右手でVサインを作りそれを顎にあてがった。過去の記憶を払拭したいかの様にわざと明るく振る舞う。



「…お前の名前などどうでもいい」

 シンが呆れたように溜め息を吐き、

「要は、誰にどう復讐したいかだ」



「…ヤバ。『お前』って酷くない? 『かなたん』って呼んでよォ〜」

 加奈子は心底驚いたように目を丸くしていたが、次には頬を膨らまし少し拗ねた素振りを見せた。



「…ハァ……」

 シンは思いっきり深い溜め息をつき、

「…写真、寄越せ」

 と、手のひらを加奈子の前に差し出した。



「えぇ〜? 『かなたん』って呼んでくれなきゃ見せなーい」


 言いつつ頬を膨らます加奈子。今時の【女子高生】を演じるのは、男性が怖くなってしまったから。下手に怯えた態度を見せると奴等は途端に牙を剥き襲ってくる。こんな事で怯んじゃダメだ。あいつに復讐するまでは――




「……」


 目の前の少女から醸し出される不安定な復讐心をシンは感じ取り密かに溜息を吐く。彼女の、なけなしの【復讐心】に敬意を表し、

「写真を見せてください。かなたん」

 これでもか、と言うくらいの笑顔を向けて加奈子に頭を下げる。



「よろしい!」

 加奈子はようやく満足したのか、膝の上に抱えていた鞄を弄ると携帯を取り出し、

「じゃあ見せてあげる」と、慣れた手つきで携帯を操作する。


「これ。この子に復讐したいの!」

 一枚の写真画像を携帯越しにシンに見せてきた。



 そこには、目の前の加奈子とは真逆の、清楚な少女が一人、横姿ではあるが全体像が写っていた。


(もう、こいつの姿を見るのも今日で最後…)


 そんな思いが加奈子の頭を軽く掠めた。


「横向きだけど、大丈夫そ?」


 シンに携帯を差し向けつつ加奈子は少し不安そうに聞いた。――引き受けてくれなかったらどうしよう。焦燥する思いが胸の内に広がった。



「ああ、問題はない」


 そんな加奈子の思いを吹き飛ばす様にシンはひとつ返事で頷いた。


 彼女の身に起きた過去。今現在抱える病を【識(し)っている】シンは、その事柄には触れず静かな口調で問い掛ける。


「…どうやって復讐したい?」



「…あ…うん…」


 加奈子は小さく頷いて携帯をそのままテーブルに置き顔を俯かせ、我が身を守るように自身の腕で肩を抱きかかる。



 こんな事したって自身の疵は消えない。けれど【あいつ】さえアタシの前から消えてくれたら…ううん。【消える】なんて許さない。アタシより酷い目に遭ってほしい。アタシと同じように。アタシ以上に苦しんで苦しんで後悔して一生を過ごして欲しい。



 アタシだってもうこの疵は消えないんだから――



「…なんか…、死んだほうがマシだって言うくらい……辛い思いを、してほしい……」


 消え入りそうな声だが、それ以上の憎しみもがこの少女の瞳に宿っている。


「…成程」


 目の前の少女から発せられる【憎悪】にシンは密かに歓喜した。


(これだから悪い玩具の連鎖は途絶えない。ーー本当に愚かな玩具共だな。)



「…出来る?」


 俯かせた顔を上げる加奈子の瞳は憎悪も醸し出しつつどこか泣き出しそうだった。



「ああ。必ず」


 加奈子の言葉にシンは力強く頷いた。



「それで報酬のほうだが……」

「シン」


 シンの言葉を突然遮ったのは側にいた神門穢流(みかどえる)だった。


 シンが彼女のほうをチラリと見ると、穢流(える)は首を小さく横に振り、それを見たシンは何か言いたげに口を開きかけたが、観念したように軽い溜め息を吐いた。




「…アタシ、お金ならあるよ?」


 そんな二人のやり取りを見た加奈子が何かに気付いたように鞄から財布を取り出すと、


「いや、いい」

 と、シンに止められてしまう。



「…でも……」

「報酬は金じゃない」

 

 言い淀む加奈子にシンは端的に返す。



「え? お金じゃないの?」

 目を丸くする加奈子。


「ああ」

 小さく頷くシン。加奈子の目を真っ直ぐに見つめて、

「報酬は、お前の寿命だ」



「…ぇ……?」


 加奈子は何を言われたのか理解出来ずに思わずキョトンし、次に自身に問いかけるようにゆっくりと聞き返した。


「…アタシの? ……寿命…?」


「……」

 シンは黙って頷き、

「…死まで希望しないなら、まあせいぜい半年ってところか」



「…アタシ、の……半年の寿命……」

 加奈子は喉から搾り出すような声で呟き顔を俯かせた。



(…どういう事? 寿命ってなに?)


 加奈子は寿命という言葉を反復する様に心で呟いた。



(あいつを再起不能にするのに、お金じゃなくアタシの命を使うって事…?)



 少女の戸惑いの感情を【訊いた】シンは淡々と告げる。


「…お前の寿命があと半年しかないなら、復讐が遂行された途端にお前は死ぬって事だな」


「ー…ッ」


 シンの冷たい言葉に加奈子は顔を上げ唇を噛み締め目の前のシンを睨みつける。



(…もしかしたらアタシは死ぬかも知れないって事? あいつに復讐して死ぬんだったらそれでもいいか)



 ――だってもう辛い思いしなくていいもの。



「…それでもいい」


 加奈子は意を決した様に低くではあるがしっかりした口調でそう告げた。



「こいつが再起不能な感じになるんだったら、アタシの半年の寿命あげるからッ」


 早口で言ってシンに詰め寄る。


「アイツを…あの子を必ず……ッ、死んだ方がマシだって思わせるまでにしてほしい!」




「…契約成立だな」


 シンのどこか含みある言い方に若干の違和感を覚えた加奈子だったが、それを無理矢理心の片隅に追いやって、逃げるように背を向けてその場から去った。






「…ねえシン」


 加奈子の気配が消えたのを見計らい穢流(える)は徐に口を開いた。


「何だ」


「あの子は少し『可哀想』だわ」


 言いつつ、シンの隣に腰掛ける穢流。自らシンの身体に寄り添い肩口に身を預けた。



「『可哀想』ねぇ…」

 穢流の言葉を反復しつつ寄りかかってきた穢流の肩に腕を回すシン。


「依頼者は貴様等にやるよ。その代わりこっちの女は『消して』もいいな?」


 ふと天井を見たシンは、【復讐対象者】である清楚な少女を病院送りにした。


「ええ。それは要らないわ」


 厭らしく笑うシンに対し、穢流は無垢の微笑を浮かべたのだった。



 ――帰宅途中、送迎車の事故により清楚な少女は、視力と意識以外は全身麻痺となり、彼女が入院している病室の扉の前には少し安堵の笑みを浮かべた加奈子が立っていた。



―了―

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復讐代行・真 伊上申 @amagin

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