第5話 悪趣味なおままごと

 「うお!?」


 無造作に振り下ろされる魔物の腕を避けながら、鏡はこの状況が受け入れられずにここにいないレイラに向かって叫ぶ。


 「一体何なんだよ!何で!あたしはこんなのに襲われなきゃいけねぇんだよ!」


 上から振り下ろすだけの単調な攻撃だが、空を裂く音が鏡の耳に入るほどその動きは速い。


 レイラの説明通り、鏡の身体能力は上がっている。


 反応が遅れたとしても何とか間一髪で避けれるほどにはなっていた。


 「クソが……何でクソキモイ奴を二回も一日で見なきゃならねぇんだよ!」


 大きく地面を後ろに蹴る。


 「うわあ!?」


 思ったよりも勢いよく後ろへと飛んで行ったために鏡は対応できずに床に背中から倒れた。


 「くっそ……思いっきり蹴ったらこうなんのかよ……」


 背中に走る痛みを手を当てて擦る暇もなく、距離を詰めた魔物の腕が振り下ろされて鏡を捉えようとする。


 「ひっ!」


 間一髪、身体を横に捻って転がって攻撃を避けると、急いで立ち上がって構える。


 『こいつの指先からは致死量の毒が分泌されている!当たったら死ぬぞ』


 空中に浮遊するタブレットの画面の中からレオーガが忠告する。


 「んなもんどうでもいいから倒し方教えろ!」


 振り下ろされる魔物の両腕をかわしながら、鏡は魔物を観察する。


 赤い体毛の先端は尖っており、触ることは容易ではない。振り下ろされる指先は猛毒。守りも攻めも厄介な相手だということぐらいしかわからなかった。


 「くっそ……このままずっとかわすだけっていうのも気分が悪いしよぉ……」


 もう一度、先程よりも力加減をして地面を後ろに蹴って距離を取る。


 今度はしっかりと着地して相手を見据える、鏡は先程のように一瞬で間合いを詰めてきた術を見ようとした。


 魔物は前傾姿勢になり、地面を蹴って間合いを詰めてきた。


 「うお!?」


 突進が来ると思い、鏡は咄嗟に横に避けたが魔物は距離を詰めるとその場で立ち止まって腕を振り上げる。


 「何で突進して来ないんだ?」


 『あいつは人が毒で苦しむのを見るのが大好物なんだ、だから突進をしないんだ』


 「悪趣味な奴……」


 振り下ろされる腕をかわしながら鏡は呟いた。鏡はじっと魔物の顔を見る。


 「全身針みてぇな毛で覆われてるけど、目は覆われてねぇよな」


 鏡はタブレットを握り締めた。


 「てめぇもそんなとこで見てねぇで役に立ってこい!」


 鏡はタブレットを魔物の顔面に目掛けて投げる。


 『ちょっと!何するんだよ!』


 魔物はそのタブレットに視線を動かすと左手を上げて振り払う。


 その瞬間、魔物の視界の右端に現れたのは人差し指の指先を目に向けて今にも突き刺そうとする鏡だった。


 「速さ勝負ならよそ見した時点で負けなんだよ!」


 思いっきり目に向けて突き出した指は鏡の想像よりも何倍も速く魔物の目を貫いた。


 ぐちゅり、生々しい音と生温かい液体の感触、血か涙か何かの液体か。


 指を引き抜くと響き渡る魔物の絶叫。


 地面に着地すると地面を横に蹴って見えない右側の死角へと移動する。


 魔物が無我夢中で振り下ろした腕が鏡に襲い掛かるが、悠々とそれを避けて背後に回る。


 魔物は勢いよく振り向くがすでに左目の眼前に鏡がいた。


 ぐちゅり。


 「終わったな」


 絶叫する魔物を見ながら鏡は距離を置いて辺りを見渡す。


 「もういいだろ」


 その声が聞こえたのか、隣にレイラが出現した。


 「すごいわね。ただ、完全に殺さないと魔物は何をするかわからないわ」


 「そうか」


 一言そう言うと、鏡は地面を蹴って一気に距離を詰めて魔物の後頭部目掛けて靴を蹴り飛ばす。


 後頭部に直撃すると魔物はうつ伏せで床に倒れる。近づいて足で仰向けにすると毛の薄い顔面を目掛けて殴打を繰り返す。


 ばき、ぼき、と骨が折れる音を立てながら何度も何度も拳を振り下ろす。


 最初は殴られると反応を見せていたが、段々と鈍くなり最後は全く反応しなくなった。


 「もういいわよ」


 その声と共に魔物は消えた。


 「これで満足か」


 血で真っ赤に染まった拳をちらっと見下ろしてレイラの方を見る。


 「ええ、では正式に魔法庁の魔法少女としてよろしく頼むわね」


 すると真っ白な空間が段々と真っ黒になっていき、レイラの姿が消えた。


 「あ、何だ?」


 次の瞬間、視界が真っ暗になった。


 「ん、あ……」


 目が覚めるとベッドの上で仰向けに寝ていた。


 「……何だここ」


 「魔法庁の特製仮想空間トレーニングよ」


 頭部に設置されていた機械をレイラに外されながら説明を受ける鏡。周りにも同じようなベッドが並んでおり、仰向けで寝ている姿が見える。


 「かなりリアルな夢を見ていたと思ってくれればいいわ。でも、魔法少女として戦った記憶や経験はしっかりと覚えているでしょ?だからトレーニングになるのよ」


 その説明を聞いて鏡は思い出したように背中に手を当てる。仮想空間で力加減が出来ずに床に打った背中だったが、痛みは全くなかった。


 「現実世界への身体の影響はないわ。所詮は仮想空間だもの」


 「……」


 「おままごとじゃここまでしないわよ」


 レイラは起き上がった鏡にプラスチックの薄い紫色のカードと仮想空間でも出していた小さなタブレットを手渡す。


 「このカードは?」


 「身分証よ、魔法庁の職員ということで社会的な身分が与えられるわ」


 「学校は?」


 「別に通ってもらっても構わないけれど、みんなは魔物のこと忘れてるから物凄く居心地が悪く感じてしまうかも」


 「……まぁ魔物の話さえしなければそんなこと感じる必要もねぇだろ」


 カードとタブレットを雑に制服のポケットに突っ込むとベットの下に置かれていた荷物を手に取って立ち上がる。


 「どこへ行くの?」


 「……帰る」


 「どうやって?」


 「……」


 鏡は見つめるレイラの方に視線を向けた。


 「どうやってここから出るんだよ」


 


 


 


 


 

 


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