第3話 誘拐女

 「おい、どこ連れてくつもりだ」


 車の後部座席に黒いベルトで拘束された状態で座らされている鏡が、運転するレイラをルームミラー越しに睨む。


 「魔法庁の施設よ」


 「誘拐だぞ、こんなことしていいのか?」


 「誘拐?人聞きが悪い、強めのスカウトよ」


 「何だよそれ!おい、解けよ!降ろせ!」


 「降ろしたくないからそうしてるのよ」


 レイラは信号待ちで停車すると後部座席の方に向いた。


 「あたしは救世主になんてならねぇぞ」


 レイラの目をじっと見つめながら鏡は言った。


 「……困ったわね」


 言葉とは違い表情は無表情のまま、レイラはそう言って、前に向き直す。


 信号が青になり、アクセルを踏む。


 鏡はふと周りを見ると車がいつものように道路を走っていることに気づいた。


 「おい、あんなことがあったのに何で普通に車が走ってたり、人が街歩いてたりするんだよ」


 「……魔物は人の警戒心を高めないために特殊な物質をばら撒いて、魔物に襲われた記憶を消してしまうのよ」


 「何だよそれ……」


 「だから大半の人は魔物の事なんか知らずに、いつものように生きるわ」


 「魔物のせいで死んだ人のことはどうなるんだよ」


 「初めから存在しなかった。そういう風に思ってしまうわ」


 「じゃあ何であたしたちは忘れてねぇんだ?」


 「救世主、だからかしらね」


 「……胸糞悪い」


 鏡は後部座席に深くもたれて、窓の外の景色を眺める。


 配達の業務だろうか、リュックを背負って自転車に乗っている人、信号待ちをする親子、店の中を見てみるといつものように人がいる。


 本当に先程のことは忘れているようだ。


 「自分だけがあの忌々しい記憶を持っていて、他の誰も覚えていない。周りに言えば頭がおかしい人扱いされること間違いなしね」


 「……」


 「これからも魔物はやってくる。その度に自分ひとりだけ魔物記憶が積み重なっていく……誰にも話せない、理解されない、共有できない。段々と孤独に「わかったよ!なればいいんだろ!」」


 淡々と話すレイラの言葉に被せるように車外に漏れそうなほどの大声をだす鏡。


 「そう言ってもらえると思ったわ」


 「お前が言わせたんだろ!脅しじゃねぇか」


 「強めのスカウトよ」


 「……胸糞悪い」


 再び後部座席にもたれ、今度はうつむき目を伏せる。そのまま鏡は眠りについた。


 「あら、寝ちゃった」

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