第2話 素質
「あの魔物から逃げれるくらいの脚力、あれを持ってるのはなかなかいないわ」
鏡の足を指差しながらレイラは言う。
「······まぁ足には自信あるけどな、陸上やってたし、色々やってるし」
「色々?」
レイラが首を傾げると、鏡は目線を逸らして斜め下に伏せる。
「あんたには関係ねぇよ」
「……ふぅん、蜂谷鏡。両親は10年前に他界してるのね」
レイラはいつの間にか右手に持った黒い小さなタブレットを眺めながら呟いていて、左手には鏡の学生証があった。
「ちょ、いつの間に!!」
それに気づいた鏡は声を上げ、急いで奪い返そうと鏡は手を伸ばす。しかし、その手は前に進むことはなくその場で固まって動かなくなってしまった。
「な、何だ!?」
鏡は動かない体に戸惑いながら、その原因であろうレイラを睨みつける。
「何したんだ!」
その言葉に少し鼻で笑いながらレイラは口を開いた。
「魔法は便利よ。実力差がある相手にはこうやって魔力の流れを乱すだけでまともに動かすこともできなくさせる」
レイラは固まった鏡の人差し指に自らの人差し指を当てて話す。
「ま、魔法!?そういや魔法庁みたいなこと言ってたな!」
鏡は動かない体を必死に動かそうと歯を食いしばってみるものの全くビクともしない。
「そう、魔法。人間の中には必ず魔力が血液のように流れているの。普通はそれに気づくことはないのだけれど、極稀にそれに気づき、魔法を使えるようになる人間が出てくるのよ。そういう人間は人よりも何かが決定的に違う……貴女のその脚力のように」
次々と起こる理解の出来ない状況や話に鏡の苛立ちは最高潮に達していた。
「わけわかんねぇ状況にわけわかんねぇ女、わけわかんねぇコト言われて何なんだよ!!この状況!」
自由の利く口を大きく開けて苛立ちを発散させるかのように辺りに響くほどの大声を上げる。
「まぁそう思うわよね」
鏡の反応を予測していたかのようにレイラは表情一つ変えずに言った。
「ムカつくからさぁ、あんた一発殴らせろよ」
鏡の言葉に一瞬目を丸くしたレイラだったが、首を傾げて訊ねる。
「どうやって?」
「決まってんだろ?この手でぶん殴るんだよ!」
鏡は伸ばした手の指を握り拳にするために力を集中させる。
「無駄よ」
「その澄ました面ぶん殴りてぇ」
微動だにしなかった鏡の指先が震える。ゆっくりと僅かに指が下がっていく。
「噓でしょ」
無表情だったレイラの表情が驚きに変わる。目を見開き、口が開く。
「凄いわ……」
「驚くのはまだ早いぜ、こうやって……」
指が一気に動く。指を拳の形に握りしめて、肘をゆっくりと引いていく。
地面を踏み込もうとして宙で固まる足を動かし、地面を踏み込む。
「……!」
レイラの額を汗が一筋流れる。口角を上げて鏡を見据える。それは恐怖ではなくどこか興奮しているような、前のめりな表情だった。
「参ったわ」
その言葉の瞬間、鏡の身体は自由になりバランスを崩して倒れた。
「くっそ……急にやめんなよ……」
ゴミ箱の横に積まれたゴミ袋の中に突っ込んだ鏡が顔を上げてレイラを睨む。
「……あれらが人々の命、貴女の大切な命を奪うかもしれない。大半の人はそれらから守ることすら出来ず、懇願すらも許されずに殺される。でも貴女は違う。守れる力を手に入れられる。力だけじゃないわ、快適な生活だってもらえるわ」
レイラは鏡の前でしゃがみ込んで視線を合わせる。レイラの緑色の瞳がじっと鏡を捉えて見つめる。
「……」
鏡は何も言わずにただ見つめる。
「ほら、起きて。みんな救世主を待ってる」
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