第4話:竜心

 目が覚めると同時に俺は跳ね起きた。


 そこは白を基調とした室内にある清潔そうなベッドの上で、俺は薄いグリーン色の入院着を纏っていた。


 静かな部屋の中で、ベッドの横にある心電図モニターの電子音だけが響いている。


「ここは……?」


 いや、それよりも。


 俺は無意識で使起き上がったが――


「なんで腕があるんだ……?」


 俺の両腕はファーヴニルに切断されたはずだ。見れば傷すらもなく、まるであの出来事が幻だったかのようだ。


 一瞬、光の加減で腕の表面に、鱗のようなものが見えた気がしたが、瞬きしたあとにはただの皮膚に戻っている。


「なんだよ……どうなってるんだ」


 そんな俺の疑問に答えるように、この部屋に唯一ある扉が開いた。


「お、ようやく目覚めたみたいだね」


 気さくに手を挙げて中に入ってきたのは、ブラウスの上に白衣を羽織った女性だった。化粧っ気がないせいか顔付きは幼く見え、綺麗というより、可愛いと形容した方が良さそうなルックスだ。背が低いせいもあってか、女子高生が医者のコスプレをしているようにも見えた。


「良かった良かった。このまま寝たきりだったら、本部の研究部門に引き渡さなきゃいけないところだったから」


 そんなことを言いながらその女性が俺の下へとやってくる。ベッド脇にある椅子へと彼女が座る。


「あんたは誰だ。ここはどこだ。俺は……どうなった」


 あの灼熱。痛み。今は引いているが、忘れるわけがない。


 それにこの両腕。なぜ、何事もないようにくっついているんだ。


「あはは、気持ちは分かるよ。起きたら、そこは知らない天井だった、なんてのはなかなか経験できないことだからね。羨ましい」

「質問に答えてくれ」


 俺がその女医を睨むと、彼女は肩をすくませた。


「つまらない男ねえ。こんなに可愛い主治医が横にいるのだから、少しは会話を楽しもうって気持ちはないの?」

「あんたが主治医だってことを今初めて知ったからな」

「そりゃあそうだ、あ、コーヒーいる?」


 女医が立ち上がると、ベッド脇にある湯沸かし器へと手を伸ばした。


「いらん」

「ま、君はまだコーヒーを飲まない方がいいね。どんな拒絶反応が出るか分からないし」


 自分のカップだけを用意しながら、そんなことを言いやがる。じゃあ聞くな。


「私は、五錠ごじょう麻衣まい。ここ、へカーテ機関京都支部の研究員だよ。一応医師免許は持っているから安心して」


 コーヒーを淹れながら、その女医――五錠先生がそう自己紹介しはじめた。


「待ってくれ、へカーテ機関の京都支部? 俺、さっきまで都内にいたはずじゃ――」


 俺の記憶が正しければへカーテ機関の支部は、日本に二カ所あったはずだ。東京に一つ、それと半独立状態となっている京都に、一つ。


 ということは、ここは京都なのか?


「んー。ファーヴニル東京襲撃事件からはもう……一ヶ月は経っているよ」

「……は?」


 一ヶ月?


 じゃあ、俺は一ヶ月もの間眠っていたのか。


「ファーヴニルによる傷および……これによって君はショック反応を起こし、生死の境を彷徨っていた。通常の医療機関では到底持たないと判断した灯子ちゃん――ああ、君を助けたあの美人ね」

「九耀さんが……?」

「あの子が君をここへと連れてきたんだよ。なんせ君は立場が立場だから、東京支部だと色々危うくてね。だから仕方なしに、日本政府や警察の手が届かない京都支部まで運んだ」

「どういうことだよ」


 意味が分からない。


「だって君、闇作家でしょ? しかもファーヴニルに直接狙われた。そんな素性がバレたら……まあタダではすまない。むしろ匿ってあげているのだから、感謝してほしいぐらいだけども」

「……そういうことか」


 俺はようやく納得がいった。


 おそらくあの襲撃事件で、かなりの被害が出ただろう。それが誰のせいかと問われれば、ファーヴニルが亡き今、奴を呼び寄せてしまった原因である俺に責任があるという理屈だ。


 クソ理不尽だが、それは大いに有り得る話だった。


 しかも俺は闇作家。間違いなく逮捕されて、その後どうなるかは……考えたくもない。


「そこは感謝するよ。ありがとう。それとこの腕も治療してくれたのだろ?」


 俺が両腕を五錠先生へと見せた。しかし彼女はそこから目を逸らした。


「君の、今の状態を少し説明しておこう」


 五錠先生が俺の問いに直接答えず、心電図モニターの横にある別のモニターの電源を入れた。


「君がここに運び込まれた段階では――何度検査しても君から異常は見付からなかった。灯子ちゃん曰く、凄い熱があったという話だが、平均より少し高い程度で、平温の範疇だったよ。強いて言えば……脈動に多少の異常はあったけど、まあ許容範囲内だった」

「異常なし……?」


 流石にそれはありえないだろ。


「脳波も異常なし。なのに君は起きなかった。まるで眠り姫さ」

「つまり、何も分かっていないってことか」

「その腕もね……ここに運び込まれた時点で、

「……は?」


 なんだそれ。ここで治療したわけじゃないのか!?


「灯子ちゃん曰く――〝勝手に生えてきた。見てて気持ち悪かった〟、だそうだ」

「トカゲの尻尾じゃあるまいし、そんな簡単に人間の腕が生えるか。そもそもトカゲの尻尾だって生えてくるまでに時間がかかる上に、元通りの長さにならないことがほとんどだろ」

「だね。それこそ――、そんな自己再生能力なんてありえない」


 なんだその含みある言葉は。


「それに加えて、一週間前に行った検査で新たに見付かったこれは……流石に私も絶句したよ」


 五錠先生が、ここでようやく電源を入れたモニターへと何かを映し出した。


 それは白黒のレントゲン写真のような画像だった。


「これは核磁気共鳴画像法……MRIと言った方が分かるかな? それで撮った君の心臓の画像だよ」

「……申し訳ないが、見てもサッパリわからん」

「だろうね。だから最新の技術でこれを3Dモデル化したものが……これ」


 モノクロだった画面に、色彩が入る。


 赤色のそれはしかし、俺が知る心臓の形ではなかった。


「通常の成人男性の心臓と比較してみると――」


 俺の心臓の横に、別の心臓の3Dモデルが並べられた。ああ、そうだ。これなら分かる。


「君の心臓は一般的な心臓と比べ、まず大きさが二倍近くある。これはもう異常以外の何ものでもない」


 比べると分かる。俺の心臓はバカみたいにデカくなっている。俺は思わず胸を押さえてしまう。鼓動をやけに大きく感じた。

 

「五錠先生。大きさよりも、この形……」


 確かにこの大きさも問題だろう。だがそんなことよりも、もっと直感的に分かる異常性が俺の心臓にはあった。


「この形……どう見ても――


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