第3話:英雄VSファーヴニル

「あっはっは! いやあ。まさかまさか、ネームドがわざわざ人型になって、使日本にやってくるとは思わなかった。おかげで急いで作らせた防空網が無駄に終わったよ」


 美女がカラカラと笑いながら俺を壁際へと移動させた。壁のおかげでなんとか座った状態を維持できるが、状況は依然として最悪だ。


 なぜか痛みは既にない。あるいは痛すぎてもう麻痺しているのかもしれない。


「人間社会に興味があるからの。飛行機の搭乗はなかなかによい経験じゃった」

「じゃあ、思い残すことはないな? じゃあさっさと死んでくれ。それが社会の為だ」


 そんな台詞と共に、美女が踏み込む。


 それから始まった戦闘はあまりに速く複雑すぎて、凡人でしかない俺にそれを描写する術はなかった。


 あの女、何者だよ。なんでネームドと互角に渡り合ってるんだ?


 もはや残像しか見えないが、ただ、何かしらの動きのあとに必ず俺の部屋のどこかが破壊された。ああ、あのパソコンに入っているデータ……もう修復できないだろうな。

 

 だけども、だんだん目が慣れてくると、二人の動きが見えてくる。


 素人目にだが、若干ファーヴニルが押されているように見えた。さらに俺の見間違いでなければ、美女が手に持つ剣の刀身がいくつかのパーツに分離して、空中に浮きながら自律的に動いているように見える。


「お前、さては人間の身体で戦うのに慣れてないな? 舐めプも大概にしとけよクソトカゲ」


 美女が笑いながら柄だけとなった剣をまるで指揮棒のように振った。するとドローンのように動く刀身のパーツが刃から赤い光を放ちながら、ファーヴニルへと殺到。


「厄介じゃのう……それは<勝利の剣>か? それに違う何かも混じっているな。面白い」


 ファーヴニルが通り過ぎた刀身によって右腕を切断されながら、笑みを浮かべた。


 なんでこいつら殺し合っているのに笑っていられるんだろうか。俺には理解不能だ。


「とりあえずお前をぶっ殺せばドイツ支部の連中にドヤ顔できるんで、そろそろ死ね」


 肉食獣のような笑みを浮かべたまま、美女が床を蹴って加速。分離していた刀身が再び結合し、両刃剣へと戻ると、その刀身が赤く発光してまるでレーザーのような刃が生成された。


 なんだあれ。あんなのゲームや漫画でしか見たことないぞ。


「あははは! なるほど! <勝利の剣>に<エクスカリバー>を混ぜたのか! 道理で勝てないわけじゃ!」


 どう見てもピンチなファーヴニルが嬉しそうにその赤い光刃を見て叫ぶ。


 勝利の剣? エクスカリバー? 

 

 おいおい、ここは現実だぞ。


「どう足掻いても。これはそういう剣だ」


 美女の言葉と同時にファーヴニルが横へと回避。ギリギリでその光刃を避ける。


「致し方ない。そこまで言うなら、見せてやろう――竜の力をな」


 両腕がなくなってなお、余裕そうなファーヴニルがその小さな口を開いた。


「っ!」


 何かに気付いた美女が一気に横へとダイブ。俺の方へと転がってくる。


 すると彼女が立っていた位置を――が空間ごと喰らった。


 一本一本が電柱なみにデカい牙同士が噛み合い、火花が散る。


 あいつ、限定的に元の姿に戻れるのか!


「あっぶねえ!」


 俺の横で立ち上がった美女が目の前の惨状を見て、冷や汗を掻いてた。


 俺の部屋はすっかり消えてなくなり、床も天井も破壊尽くされていた。いつ、上の階が崩れてきてもおかしくない状況だ。


「物理的にデカいのってやっぱズルいよな!? お前もそうは思わない!?」


 美女がまるで親しい友人とばかりに話し掛けてくる。


「いや、そもそもあんた誰だよ」


 俺は思わずそう返してしまう。そんな状況でもないのに。


「おっと、自己紹介がまだだったな。あたしは九耀くよう灯子とうこ、素敵で美人なヒーロー様だ――」

「人間はのんびりしておるな。まだ我がいるのだが?」


 ファーヴニルの声と同時に、目の前に突如現れた壁が轟音を上げながら迫ってくる。


 否、それは壁ではない。赤に金が混じった、巨大な鱗を纏った曲面状のそれは――ファーヴニルの巨大な尻尾だ。


「うおおおおおおお!」


 美女――改め、九耀さんが俺をまるで荷物のように抱えると、壁を蹴って飛翔。


「うわああああああ!?」


 そのジェットコースターどころか、ロケットのような動きに俺は悲鳴を上げてしまう。マンションの十階を横薙ぎに破壊していくファーヴニルの尻尾を真下に見つつ、九耀さんが壁を蹴ってどんどん上昇していく。


 いや、男を一人抱えてそんな動きができるってどんな身体能力だよ。


「流石〝存在率〟九十%超えのネームドだけあって、やっべえな。本気出す前に倒しておけば良かった」

「た、助けてくれええええええ」


 俺は情けなくもそう叫んでしまう。視界に映るのは空。


 マンションの屋上までどうやら昇ってきたようだ。


「あーあ、我が呼んだドラゴン共が全滅しそうではないか。全くこれだから雑魚は困る」


 着地した俺達を、まるで待ち受けるかのようにファーヴニルが屋上に佇んでいた。


 彼女の視線の先で、ドラゴンの群れが次々と撃ち落とされていっている。あれだけいたはずのドラゴンの群れが、もう十匹ぐらいしか残ってない。


「うちの隊員は優秀だからな。ネームドでもない雑魚竜なんざ一蹴よ」

「面白い。ようやく人間も戦えるようになってきたか。


 そう言って、ファーヴニルが俺の方へと視線を向けた。

 全身の鳥肌が立つ、嫌な感覚。


「モテモテだなお前。一体何をやらかしたら、ファーヴニルに付け狙われるような人生を送ることになるんだよ」


 九耀さんが愉快そうにそう聞いてくるので、俺は憮然とした表情のまま答える。


「俺のサインが欲しいんだとよ」

「そりゃあ結構。ドイツにも読者がいるなんて、大先生は流石だな」


 ……おいおい、こっちにまで俺が闇作家だってことがバレてるじゃないか。


「話は済んだか?」


 ファーヴニルの言葉に、九耀さんが肩をすくめた。


「律義に待ってくれてて助かるよ」

「とりあえずお前は――邪魔だな」


 ファーヴニルが竜化すると、屋上の天井を喰らいながら俺へと向かってくる。前脚がないせいか、まるで蛇のように蛇行していて、マジで怖い。


「ぶった切ってやるよ」


 しかし九耀さんは一切恐怖を感じていないのか、剣を上段に構えた。赤い光刃が空を焦がす。


「かはは! 剣の名前を叫びながら振り下ろしたい気分だよ! しないけどな!」


 そんな九耀さんの言葉と共に――巨大な竜へと、赤い光刃が振り下ろされる。熱波が吹き荒れ、地鳴りのような音が響く。


 しかし、次の瞬間。


「あん?」


 ファーヴニルの尻尾が九耀さんを


 驚くと同時に九耀さんの身体が吹き飛ばされ、宙を舞う。


 ファーヴニルのやつ、突進すると見せかけて、一つ下の階に密かに尻尾を伸ばしていやがったんだ。


「しまっ――」


 九耀さんの声。


 気付けば、すぐ目の前に少女の姿に戻ったファーヴニルが立っていた。


「これで終いじゃ。話は多少ずれてしまったが、まあ構いはしない。あとは――」


 しかしファーヴニルの言葉の途中で、頭上から声が降ってくる。


「のんびりしてるのはてめえの方だろうがクソトカゲ。あたしの剣は<勝利の剣>。主の手を離れてでも、相手を殺そうとするから<勝利の剣>なんだよ」


 空中にいた九耀さんの手には柄だけとなった剣。


 刀身は?


 そんな俺の疑問に答えるかのように――分離し飛来してきた刀身から放たれた横薙ぎによって、ファーヴニルの細首をあっけなく切断される。


 首から血が噴き出し、俺は全身にファーヴニルの血を浴びた。


 足下に転がってくるファーヴニルの首。


 しかし、なぜかその顔は笑っていた。


 そう、笑っていたんだ。


「これで、。剣によって我が屠られ、その血をお前が浴びた。それが……意味する……こ……とは……」


 それがファーヴニルの、最期の言葉だった。


 俺は一体、何を見させられているんだ。


 これは現実なのか。それともフィクションなのか?


 分からない。


「なんだよそれ……どういう意味だよ、ファーヴニ――ゲホッゲホッ」


 俺は、口の中に入った血を吐き出した。


 何が起きたんだ。

 

 理解が追い付かず、俺は混乱するしかなかった。


 混乱する余裕があるだけマシだったかもしれない。そう数秒後に思い知らされた。


「あ……あ、あああああああああああ!!」


 まるで、火炉に突っ込まれたかのような灼熱が俺の全身を襲う。


 痛い熱い痛い熱い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!


「おい! お前大丈夫か!?」


 遠くで九耀さんの声が聞こえた気がしたが、それどころじゃない。

 

 世界が真っ赤に染め上がっていく。やがて痛みと熱が身体を一巡すると、それは胸の中央へと集まってきた。


 痛みと熱が倍どころか、二乗していく感覚。身体が何度も痙攣し、俺はもう意識を保つのすらも難しくなってきた。


「おい、すぐにヘリを呼べ! くそ、どうなってやがる! まさか、アイツ……」


 そんな声が遠くに聞こえる。


 ああクソ……最悪な最期だ。


 助かった、と思ったのに。

 誰かに助けられた、と思ったのに。


 やっと――英雄ヒーローに出会えたのに。


 俺はここで死ぬのか。


 嫌だ。嫌すぎる。


 まだ死にたくない。だって俺は……俺は――


『英雄になりたいのだろ?』

「うん」

『ならばなるしかあるまい』

「なれるかな?」

『なれるとも――我が共にいる』


 そんな会話をした気がした。


 熱が――冷めていく。


 鼓動音と共に。ドクドクと。


 俺はそこでようやく……気絶したのだった。

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