case3 何者でもない、私
それは都市伝説のような、綺麗事。
「初めまして。御岳和真さんより、伝達に参りました。彼はあなたという女性に好意があるようです」
メッセージカードと共に、クレセアは告げる。市立高校の放課後、体育館裏で愛の告白の如く――依頼を果たす為に。
一通りの状況と説明を終え、女子生徒は困惑を抱えながらも嬉しそうに去る。普段と同じやり方で、大きな障壁も無く此度も使命を完遂する……はずだった。
「みーちゃった、みーちゃった。こーくはーく現場」
リズミカルな耳を擽る声音の先から、ヒトが唐突に現れる。先程の女子生徒と同じ制服に身を包んだ、にこやかな男子生徒が。
「……どなたですか」
「おお、怖い怖い。そんな警戒しないでくださいよー。せっかくの美人が台無しですよ、不法侵入のお姉さん」
人懐こい笑みとは対照的に、クレセアの不信感は募る。顔は相変わらず無表情を貫いているが、滲み出るオーラが緊張を蔓延らせた。
「ってか、カズマ、マドンナのこと好きだったんだ。あんだけ恋愛には興味ないとか言ってたのに。しかもマドンナも嬉しそうな顔しちゃってさ、青春かよ。ね、お姉さんもそう思いません?」
その問い掛けに彼女は何も答えない、無言を選択した。
「あらら、無視。ま、別にいいですけどねー。あ、オレ、
「あなたに答える義理はありません」
「あはっ、それもそうだ」
騒がしい校舎とは違い、彼女らの場所は不気味なくらい静かだった。
第三者による、現場の目撃。
これまで数多の依頼を引き受けてきたクレセアにも、想定外の事態を体験したことはある。そして都度、柔軟に対応してきた。しかし、今回はそう簡単には事が運ばないようで。
「ねえ、お姉さん。――他人の秘密やら告白を代行する気分って、一体どういうものですか」
飄々とした口調から一変、問い詰めるような低い声と真剣な眼差しがクレセアを不安へ誘う。突然現れた学生、鳳彩世によって。
「あ、勘違いしないでください。オレは別に否定したいわけじゃないですよ。仲介者が入ることによって、関係を円滑に進める手段のひとつとしては良いと思います。同時に肯定的でもないですけど」
「何が言いたいのですか」
素朴な疑問に彩世は再び笑顔を灯す。何を考えているのか、彼女には理解不明な表情を。
「いや、特に。ただのお節介ですよ」
一区切り付いた、そう願わせる発言と雰囲気にクレセアは立ち去る勇気を振り絞ろうと試みた、が。
新たな依頼が舞い込む。
「それはそうと、オレの一世一代の告白も聴いてくれません? ああ、さっきみたいな甘酸っぱいヤツではないですよ」
「……何でしょう。可能なら手短に」
「うわー、わかりやすい差別。良くないです」
軽薄な忠告にクレセアは呆れる。それでも構わず彩世は続けた。意味深な話し方をして。
「オレね、人ならざる者が視えるんですよ。所謂、妖怪だとか悪魔とか、それに幽霊みたいな。お姉さん、そういう類いのヒトでしょ?」
「……でしたら、何ですか」
それは拒絶に近しい反応であった。
かつて、彼女は人間だったのかもしれない。そう、曖昧な単語を並べ立てたのはクレセア自身も覚えていないゆえに。苛立ちが募ったから。これまで数多くの秘密と心に触れても、記憶が揺らぐことは望めない。
そして、もうひとつ。彼女には悲しい役割も背負わされていた。
「使命をどんなに果たしても、皆さんは私のことを忘れてしまう……。だから、私は何者かと語る資格はないのです」
切実な想い、理解など望まない訴え。
人間という、自分によく似た姿を持つ尊き種族に同意など求めていない、はずではあった。だのに。
「ああ、わかります。意外とみんな薄情ですよねー」
「……え」
意外な返答にクレセアは自身の記憶がある中で、初めての驚きを重ねる。否、そもそも秘密を暴露したのも――。
「そうそう、人気者だった頃とはまるで別次元みたいな? ま、死んだから仕方ないことかもですけど」
「……っえ」
「おや、気づきませんでした? オレ、人間やめてますよ」
にっこり。
その屈託のない満面の笑顔と告白は彼女にも代行出来ないものであった。
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