case2 罪の吐露

 その罪は有罪か、無罪か。


「――俺は友人を賭博で裏切りました」


 それは清々しくも、ずっと心の内に秘めた懺悔の自供だった。


「数年前、どうしても金が必要で違法の賭場と友人を騙して利用……しました」


 若い男性は息を飲む。過ぎ去ってしまった過去の罪と向き合うように、震えた声音で。


 高層タワーマンションの上階。窓から夜空と見渡す限り都会の明かりが、広い静寂の空間に緊張感をもたらす。築いてきた地位と財産は他者を蹴落として得たものである、とクレセアに告白するように。


「最初は騙すつもりとか無くて、純粋に楽しんでました。……俺も、あいつも。でも、嘘の情報やイカサマで儲けることが出来ると知ってしまって。そこから、法に触れる内容にまでハマって抜け出せなくなるのは簡単で……っ」


 喉元に何かが引っ掛かる感覚に男性は陥る。これまで誰にも語ることの無かった、或いは恐れていた秘密の打ち明けに本音と激しい後悔が彼を襲う。


「許して欲しい、とか。自供して罰を軽くしたいとか……そんな自分勝手なエゴが通じないのはわかっています。わかってはいます、けど」


 男性は口を閉じては視線を落とす。

 これ以上、言葉を紡ぐのは言い訳に等しいと理解してしまったがゆえに。今度は沈黙を貫いていたクレセアが、要点を纏めながら発言をした。


「成程、仰りたいことは一通り。ご自身の過ちに気付き、耐えきれなくなった、と言うことですね」




「…………はい」


 たっぷりと時間を使った後、バッサリと告げられた解釈に覇気の無い肯定で彼は返答する。


 犯した罪の吐露、そして告白と謝罪。

 それらを依頼したのは他でもない男性本人であり、秘めた想いが爆発する。


「怖かったんです、ずっと。いつバレるのか、何を失うのか。どうしたら忘れられるのか、とか……それでも。何をしていても思い出してしまうんです。あいつが、騙されていたあいつの目が丸く警察に連れ去られた顔が離れ、なくて」

「そのご友人は今、どちらに?」


「……留置所です。事の発端は数年前ですが、横領の件が明るみに出たのはつい最近で……あの日も、相談というテイで一緒に」


 男性はそこで一度区切りを付け、深い溜息をひとつ。自ら重ねてきた嘘の糸は想像以上に難解を極めていた。


「俺は……本当に、酷い奴です。救いのない最低な人間です――詐欺賭博の被害に遭っていた友人を、いや遭わせていた親友を被疑者として警察に渡した」


 彼の友人は素直で善人だった。自身も違法賭博の被害に遭いながらも、親身になってくれた人物と男性は語る。嘘で固めた自作自演で陥れたというのに。


「あいつとは幼馴染なんです。小学校からの。俺が金に困ってると知った時も自分のように悩み、考えてくれて。賭博は向こうが提案しましたが、道を外したのは紛れもない俺です」


 して、男性は大袈裟にも息を吸っては膝を床につく。土下座、そう呼称すべき行為と共にクレセアに依頼する。


「――代行屋さん、お願いします。自分から告げられないことが、どれほど情けないか重々承知です。ですが、この罪の告白代行をどうか、どうか……あいつに伝えてください。お願い、します」


 深々と下げられた頭、懸命に懇願する声音。それでもクレセアの表情に変化はなく、返答は問い掛けとなる。


「……本当に、私から『それだけ』を伝えることがあなたの為になるのでしょうか」

「え? どういう、ことですか」


 姿勢を維持したまま、彼は驚嘆の顔を上げる。


「確かに懺悔を兼ねた真相を告げることは可能です。使命ですので。ですが……それは、あなたの想いではない」


「想い、ですか」

「はい。対面を拒むことは構いません。本人を目先にして心の決意が揺らぐこともあるでしょう。しかし、私はあくまでも仲介者。あなたの想いまでは代行不可です」


「なら、どうすれば……」


 沸き上がる当然の疑問。それでもクレセアは落ち着いて提案をする。いつかの以前と同じように、本人にしか出来ない方法を。


「文字にしてください。あなたの字で、感情のままを。そうすれば、きっと」



 男性はクレセアの言葉を信じ、想いのままに綴った。嘘に嘘を重ねて手にした富と名声を壊すように。本音だけを文字にして想いの詰まった文章を束ねる。



 暫くして、男性は世間に自供した。

 極悪非道の詐欺師と批判を受けたが、彼の想いを知っている友人だけは改めてその身が自由になる日を心待ちにしたという。

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