怪物鍛冶屋

<ガンガン!><カンカン!>


 天幕が並んだ野営地に槌を振るう音が響く。


 本来であれば、金床の上に乗って叩かれているのは剣や兜といった騎士の武器や防具だ。しかし、いま叩かれているのはそのどちらでもない。


 4人がかりで槌で躾けられているのは風呂桶ほどの大きさの鉄の板。

 騎士たちがM8グレイハウンドから引っがした鋼板を仕立て直しているのだ。


「調子はどうですか、大将」

「おおフラン。鋼の質は良いが……こうも硬くちゃな」


 大将、と呼ばれた職人は「それでもなんとかしてみせるがな」といってガハハと笑った。名前こそ大将だが、彼は将軍でも何でも無い、一介の鍛冶屋だ。


 騎士団にはこういった職人たちもいる。

 人間の医者はもちろん、馬の医者、調理人、鍛冶屋、そういった戦い以外の仕事を行う者たちだ騎士団にも居る。

 彼らは騎士たちが存分に働けるように、専門技術の腕前を振るう。


 大将もその一人で、彼は今フランに頼まれて、あることに取り組んでいた。


「怪物の鋼の皮を仕立てて着込むなんて、お前さんも酔狂だね」

「えぇ? 物語には龍の翼でマントを作る英雄がいるのよ? 鋼の怪物を倒したなら、鋼の板でマントをつくったっていいじゃない!」


「ハハッ! お前さんの心臓もそうしとくかい?」

「やめとく! 団長の胃を先にやって上げて」

「ちげぇねぇや!」


 「大将」と軽口を叩きあったフランは、ふと本来の用事を思い出した。


「そうだ大将、ってばどうなってるの?」

「おお、先にやってほしいって言うからな、の一番仕上げて、ほれ……そこの天幕に突っ込んである」

「さすが大将!! 団長の代わりになってほしいわ!」

「ガハハ! 褒めても屁くらいしか出さんぞ」


 天幕の入り口を覆っていたシートを手で払って、フランは中に入る。

 中央には丸いテーブル。そしてその上には――


「これが怪物の武器……」


 フランはM8グレイハウンドが残したM3 37mm砲を細い指で撫でる。

 外は陽光に初夏の陽気を感じる程なのに、鉄の肌は驚くほど冷たい。


「さて……注文のとおりになってるみたいね」


 猟犬の使っていた37mm砲はプレートアーマーの肩から手の先までの部位を流用した腕甲に固定されている。


『私の腕甲に怪物が使っていた武器をつけて』


 フランはそれ以上具体的な注文はしていなかった。

 だが、「大将」の手によって、腕甲には機能的なアレンジが加えられている。


 まず目立つのはバネを利用した骨組みだ。

 この「キャノンガントレット」は彼女の甲冑の右腕部分がベースになっているのだが、元の部分を取り囲むように骨組みが追加されている。

 これは腕甲の構造的な補強と、力の増強を兼ねているようだ。


 フランは腕甲に腕を通してみる。

 武器は肘先ではなく、二の腕部分に固定されているので腕を自由に曲げられる。


 動作を阻害しないよう、よく注意が払われている。しかし――


「わかっていたけど、死ぬほど重いわね」


 M3 37mm砲は通常、車両に懸架するものだ。

 そもそも人間が生身で使うことは考えられていない。


 そう。絶対に使うことは出来ない。


「さて、試してみましょうか」


 フランは依頼の品のそばにあった銀の鎖を体にまとった。

 これはある魔法を使う際に使用するものだ。


「身体強化系って苦手なのよね……まぁ、爆発魔法以外は全部苦手なんだけど」


『我凡夫なれど血肉は変わらず――我が肉体に英雄の名を刻めハーキュリアン!』


 フランの詠唱と共に、体に巻いた銀鎖が輝きだした。


 銀は魔力の伝導率が良い。

 いわゆる身体強化系という、術者の力を強化する魔法の補助に使えるのだ。


 肉体強化魔法の「ハーキュリアン」は獅子やヒュドラといった人知を超えた怪物と格闘して打ち取った古代の英雄の名を取った魔法で、その英雄と変わらぬ力を術者に与えるという魔法だ。


 この魔法の効果中なら、フランのような少女でも携えることが出来る。大将が色々と削り取ってなお、40kgを超える重さの大砲を。


「うん、ちょっと……だいぶ重いけど、これなら使えないこともないわ」


 フランは怪物との戦いをイメージして砲を振り回した。

 左から右へ、2秒から3秒と言ったところか。


「悪くないわね」

「だろう? なかなか面白いもんをいじらせてくれたな」

「大将に覗きの趣味があったなんて。奥さんに言いつけるわ」

「おお怖い。っと、的の準備はできてるぞ」


「ありがとう。それじゃ、試射といきますか」


 フランは天幕を出て、的のある場所へ向かう。


 37mm砲は腕甲に固定されているが、常に水平になるよう、半固定式になっていた。なのでフランが歩くと、彼女よりずっと砲が大きいので、まるで大砲が歩いているように見えた。


 すこしして、彼女は前回の戦いで大手柄を上げた土壁の前に立つ。

 壁には、高さも大きさもバラバラな、何枚もの「的」がならんでいた。

 ここは大将の手によって作られた、簡易射撃場なのだ。


「さて、怪物が魔力を使ってこれを使っていたなら、私にも出来るはず……」


 彼女は自身の右腕に括り付けられた、砲、「鉄の筒」をじっと見つめた。

 腕を回し、半身になって腰を落とし、衝撃に備える。


 かつて故郷でやった、爆発魔法と現世の物体の物理的相互作用とその利用。

 仰々しく言ってみたが、簡単に言えば、爆発魔法で物を飛ばすというアイデア。


 これが実現できなかったのは、爆発魔法に耐えうる「筒」がなかったから。

 でも今私の手元にあるものなら、きっと耐えられる。


 彼女は魔力の風、その流れを手繰り寄せる。

 そして、自身の右腕にぶら下げられた鉄の塊に魔力の束を注いでいった。


「まずは……いつものイクスプロージョンの半分の半分で試してみましょうか」

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