反撃開始
何? 何が起きた?
猟犬の群れは泥濘の中に完全に鼻先まで埋まり、完全な混乱に陥った。
自分はぬたりとした泥の中にいる。6つの足は泥濘の中で浮き上がり、地面をつかめない。前に進もうとしても、より水底へ向かっていくだけだ。
さっきまで、こんなものはなかった。
何故だ。何故、どこにこんなものが――?
「よし、掛かったぞ!!」
「ひゅー!! いつまで集中が続けられるか、ヒヤヒヤしたぜ」
「いい練習になったんじゃないか?」
「冗談だろヴィットマン? これ以上シールドを張ってたら、干からびてたぜ」
そう。最初から土の壁は囮だった。
本命は壕に怪物たちを陥れることにあった。
騎士たちは壕の上にシールドを貼っていたのだ。
敵の弾を防ぐためではなく、偽装として使うために。
いくら怪物でも、バカ正直に壕へ突っ込むはずはない。
そう考えたロンメルとフランは一計を案じた。
目の前にある長大な壕全てに偽造のために木を渡し、砂で隠すことは出来ない。
なにせ壕は深さもそうだが、幅と奥行きも長大だ。
かといってそのままにしておけば、当然壕の存在を見られる。
そうなれば、迂回されるのは火を見るよりも明らかだった。
だが、そこでフランからあるアイデアが出た。
『閣下。シールドを垂直に立てる「盾」ではなく、完全に寝かせて「床」とすれば良いのでは?』
その場にいた誰もが唸った。
シールドは騎士の象徴。プライドそのものだ。
その誇りを足蹴にする。「床」として使うなど、誰も思いつかなかったのだ。
シールドをカリウスに散々使わせ、シールドをただの「板」として見ていた彼女だからこそ出た発想だった。
なんでこんな簡単なアイデアがでなかったのか?
騎士たちのプライド、あるいは先入観だったのだろう。
とにかく、このアイデアは実用性の高いものであった。
なにせ、騎士なら大抵の者がシールドを使える。(爆発魔法だけやたらに熟達しているフランを除いて)
術者の数を揃えることは容易だった。
全員で打ち合わせして床を貼ると、その上に土や砂を撒き、偽装する。
そうして猟犬たちを待ち構えていたのだ。
そして仕掛けはもう一つあった。壕に張られている水だ。
何分、軍というのは水を大量に必要とする。
古今東西、軍隊というものは川から離れて移動することができなかった。
しかし、この騎士たちは川から離れて移動出来るのだ。
なぜなら、「水魔法」によって自分たちで水を用意できるから。
彼ら騎士の機動力が高いというのは、この自分たちで水を用意できることにもある。重量物の水を運ばなくて良いということは、その分食料や武器を持てるということを意味する。結果、それだけ遠くに行くことができる。
中世の軍隊の補給には、馬車限界という概念があった。
補給馬車は軍隊に補給物資を届けるのだが、輸送する距離があまりにも長くなると、輸送すべき物資を補給馬車部隊が自分で食いつくしてしまう。
しかし、この世界の騎士はその制約がとても緩い。
特に水に関しては自由に使える。それがこの壕を水で満たすことを可能にした。
だが、鉄の怪物を溺れさせる目的で水をはったわけではない。
この鋼鉄の怪物が息が詰まって死ぬなど、そんなことは最初から彼らは期待もしていなかった。この水は、この次にすべき事の布石でしか無い。
「よし、仕上げにかかれ!!」
「おう」
土の壁に上がった騎士たちが、それぞれの構えを取る。
不味い、と猟犬たちは考えた。
しかし、V字の壕にはまった猟犬たちは水底を向く形で沈んでいる。
このままでは砲を頭上に居る者たちに指向することが出来ない。
彼らは壕を何とか抜け出そうと、背負った機械の心臓を唸らせる。
だが、騎士たちが魔力を望んだ形に練ることのほうがずっと速かった。
「いいぞ!」
「ヴィットマン、合わせろ!」
「ああバルティ、行くぞ!」
<甦るは始原の静寂、嘆きの風となりて集い、形為す
詠唱が終わると、騎士たちの吐く息が真っ白になる。
空気に白い霜が降り。ビシビシと音を立てて壕の水が固まっていった。
「ビシッ!ビシビシビシッ!!ギシ……!」
空気が以上に冷えると不思議と空間がシン、とした。
土壁の影は動かなくなり、まるで騎士たちも凍りついたようだ。
だが――
「やったぞ!!」
「今だ!! やっちまえ!!!」
壕の中で凍りついた猟犬たちに、騎士たちがワッっと殺到する。
彼らは自身の手に思い思いの武器と工具を持ち、鋼鉄の猟犬の体、その至る所に振り下ろす。憎しみ、あるいは悔恨。全てが入り混じった想いと共に、鋼の嘴が猟犬の隙間に打ち込まれた。
「ガンッ!!! ガキンッ!!!」
運転席の装甲が剥がされ、その内部に油壷が投げ入れられる。
氷結して身動きの出来ない猟犬にもはや為す術はなかった。
次に炎の弾が打ち込まれ、M8グレイハウンドの戦闘室が燃え上がる。
果たしてこれを戦いと言って良いのか。
一方的な「処理」だった。
「カリウスさん。騎士たちに言って、あの怪物の頭を取り出させてください」
「何……怪物の頭を?」
「はい。もし、私の考えが正しければ……ですけど」
「フラン、お前一体何を考えてる? ――まさか!」
何かを察したカリウスは、声を荒らげて気色ばむ。
「はい、そのまさかです。怪物が魔力を使ってアレを使っているなら……」
「……」
「――あの武器は私達にも使えるはずです」
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