狩るもの、狩られるもの


 ――奇妙だ。

 猟犬の群れは獲物たちの息遣いを追いかけ、その近くまでやってきた。

 だと言うのに、その姿が見えない。


 痕跡は確かにある。しかし奴らの姿が見えない。

 代わりに見つかったのは壁。壁。壁。


 1000メートルほど先に立ち並ぶ土の壁が堤防のように並んでいた。


 分厚い土の壁の向こうに漏れ出る「温度」と気配を感じる。

 獲物はあの奥にいるはずだ。


 ならば、こちらから仕掛けて脅かしてみるか。

 この距離なら37mm砲で一方的に叩ける。


 ――M8グレイハウンドの主砲はM3 37mm50口径砲。


 元々は対戦車砲として開発された砲で、1940年から生産が始まった砲だ。

 だが、不幸にもこの年代の戦車は、凄まじいスピードで進化を続けていた。

 そのため、このM3対戦車砲は早くも威力不足になってしまった。


 だがそれは、正面から待ち受ける「対戦車砲」として使う場合の話だ。


 M3の貫徹力自体は決して悪いものではない。

 装甲の貫通力は条件にもよるが、1000メートル以内では30mmから50mm弱。

 これは大抵の中戦車の側面、重戦車でも背面なら貫けることを意味する。


 時代遅れになってしまった感が強い砲ではあるが、作ってしまったものは仕方がない。機動力を持つ車両に乗せれば多少はマシだろう。


 軍のお偉い方々がそう考えたのかは定かではないが、M3 37mm砲は対戦車砲としての使用を早々に諦め、車載砲として転用された。


 M3は軽戦車の主砲という順当な使い方の他、ジープと言った車両の搭載砲にされた。そして、M8グレイハウンドのような装甲車の主砲としても。


 なぜ、戦車に対して貧弱な砲がこれほど多種多様な車両に搭載されたのか?

 それはなによりも使い勝手だ。


 陣地はもちろん、一見空き家に見える場所、草むら、低木の影。

 何か怪しいぞ? そう思った場所に手当たり次第に打ち込むのに、軽便な砲というのはとても都合がいい。


 そう、ちょうど今のような――


 ――ガコン。

 猟犬の主砲の薬室に、魔力が形作った砲弾が装填される。

 本来、猟犬はこの瞬間が好きだった。自分の中に鉄の魂が込められる感覚。


 しかし、この世界に来てからは何もかもが嘘っぽい。

 いま込められる砲弾はもちろん、自身の存在ですら空虚だ。


 何か気に食わない。気に入らない。不快だ。

 自分には何か……自分以外の何かがいたはず。それがなくなった感覚がする。


 不愉快なほどに寒々しい。

 そんな感覚に襲われた猟犬は唐突に懐かしさに襲われた。


 しかし一体何が懐かしいのか? 何を懐かしんでいるのか?

 自分が何が欲しいのか、それがわからない。


 次第にそれは苛立ちとなり、憎悪と変わる。

 猟犬は腹立ち紛れに、土壁に向かって言葉にならない怒りを叩き込んだ。



――チカッ!


「来るぞ!」


「ズガァッ!!!!」


 怪物の頭が光ると、次に「何か」が飛んでくる。

 騎士たちもすっかりこれに慣れ、攻撃に対応できるようになっていた。

 しかし……。


――チカッ!チカチカッ!!


「ドガッ!!!!ズガ!ズガガ!!!!」


 攻撃が激しすぎて、隠れる以外に何も出来ない。

 集まってきた猟犬の数は10を超えるだろうか。


 それぞれの猟犬が発砲し続ける。

 土壁を叩く砲弾の音には、まるで切れ目がない。


 規則性のない砲弾の音は、さながら、幼児が弾く調子っ外れのピアノのようだ。

 土の壁がなかったら、この音楽性の欠片もない演奏会にフランたちの悲鳴が交じるところだ。だが今のところは土の壁が騎士たちの出演を拒んでいる。


 土の緞帳どんちょうの裏で、フランはカリウスと砲弾の音を聞いていた。

 

「いやー!! すごいですね!!!」

「なのなぁフラン!! 飲んでるばあいか!!」


 こんな攻撃のさなかでも、フランはのんきに片手に茶の入ったカップを持って、土壁に寝そべっていた。


 彼女の手の中にあるカップの表面は、さながら嵐でも来たように荒ぶっている。

 それを飲み込むと、フランは不敵に笑った。


「大丈夫ですよカリウスさん。連中、そのうち諦めて足を使うようになります」

「本当かぁ?」

「えぇ。あの射撃も無限じゃない、これはただの探りですよ」

「それよりカリウスさんたちは『集中』し続けたほうが良いかと」

「ああ、判ってる。」


 フランの言う通り、猟犬たちは接近を始めた。

 しかし、そこで猟犬たちは彼女の予想を少し超えることを行った。


 チカッ!――ドババババッ!!!


「なんだ?!」

「ッ?! 爆発する弾の他にも、何か妙なのを持ってますね」

「このままだと壁が崩されるな」

「ええ、


 フランの知っている怪物が使う技は、硬いものを貫く槍のようなものを打ち出すものと、爆発魔法によく似た、広い範囲を加害するものだ。


 今、土の壁に打ち込まれたものはそのどちらでもない。


 バババババン!!と広範囲にわたって穿ち、土の壁を崩し始めたのだ。


(怪物には、槍と爆発の中間に属する弾丸もあるのか)


 ――猟犬が放ったものは何なのか?

 これはキャニスター弾というものだ。

 M3 37mm砲が歩兵支援用として信頼されたのも、この弾丸の存在にある。


 この弾丸は砲弾の先端に細かい鉄の弾が複数入っている。

 つまり散弾だ。ショットガンをそのまま大型化したものと考えても良い。


 このキャニスター弾は榴弾と異なって、程々の貫通力を持っている。


 榴弾は確かに広範囲を加害する。


 だが37mm砲の弾丸は榴弾としては「小さすぎる」。この小さな砲弾では、充填できる炸薬の量が少なすぎて、それほど広い範囲を「掃除」できないのだ。


 そのため、より素早く、効率的に物や人を破壊する必要がある場合、榴弾の代わりにこのキャニスター弾を使用することがある。


 実際にこの砲弾は、遮蔽物となる建物の残骸や、土嚢、下草、そういったものを力づくで吹き飛ばす事に使われた。


 たちまちのうちに土壁の一部が穴だらけにされて崩壊を始める。

 ロンメルの指示によって、土壁は奥行きが深くなるように作られていた。

 だが、土壁の高さの方はせいぜい2メートル強しか無かった。


 土壁が崩れたことで、もはや壁は障壁としての役目を果たさなくなった。

 猟犬はその切れ目に向かって殺到してくる。


「壁、崩せるんですね、アレ」

「思った以上に凄まじかったな」

「予想とはちょっと違いましたけど……」

「ああ、『勝ったな』。」


 猟犬は土壁を目指し疾走する。

 目指すはその裏にいる獲物たちだ。


 ――征け!――征け!――征け!――


 声なき声が戦場に満ちる。

 もう少しだ。


 自分たち痩せ犬をバカにしていた太っちょ共。

 こんどはお前たちが残りカスを食らう番だ。


 こみ上げる愉悦を前に、彼の怒りはいずこかへ行っていた。

 思い浮かぶのは蹂躙の愉しみしか無い。


 そして――次の瞬間、彼は土の中にいた。

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