猟犬再び

――後日。


「こんなモンが怪物相手に役に立つのかねぇ?」

「ガタガタ言わずに掘るんだ」


 騎士たちは平原にクワとツルハシを使って「ほり」を仕上げていた。


 この土の溝は土属性魔法によって出来た「副産物」だ。


 ロンメルは土属性魔法が使える騎士たちを集めると、彼らに土壁を作らせた。

 騎士たちにとって、この作業は物珍しいものではない。

 

 平原での決戦では、事前に陣地の回りの土を魔法で土を盛り上げ、矢や投石を防ぐための壁とする。これはごく一般的な戦いの前の準備だ。


 だがロンメルは土の壁ではなく、土を盛り上げた際にできたクリークの方を気にした。


 土の壁には見向きもせず、溝を見た彼は「もっと深く。そして横と繋げろ」そう指示した。その不可解な指示に、騎士たちは首を傾げた。


 通常、土魔法を使ってできた溝は敵はもちろん、味方にとっても邪魔なものだ。

 なので大抵の場合、工兵や従卒たちの手によってならされるものだ。

 そうしなければ、反撃の際に味方が足を取られてしまう。


 均さずにそのまま空堀として使う場合もあるが、そういうときは杭や木の根っこを突き立て、逆茂木とするのが普通だ。しかしロンメルはそれも止めさせた。


 その代わり「もっと深く、狭くなるように掘れ」と指示をした。

 いま騎士たちが掘り進めているように、だ。


「それに、隣とつなげるように、って……これじゃあ誰も外に出れんぞ」

「うるさいなぁ。それ以上無駄口を開くと、お前の墓になるぞ」

「へいへい」


 騎士たちが辛抱強く土と格闘を続けたおかげて、U型の溝はV字型になり、かなり急な角度がついていた。穴の深さは3メートルほど。幅は10メートルほどだろうか? 出入りにハシゴを必要とするほどの深さだ。


 ここまでするのにかなりの苦労があった。

 土壁や壕を作る土魔法は効率は良いが、残念ながら細かい作業ができない。

 

 とくに「つなぎ」の部分は難しい。

 妙に盛り上がってしまうか、異常な深さになるため、通常は間を空ける。


 土壁のつなぎを作らないのは他にも理由がある。

 壁と壁の継ぎ目は騎士たち、乗馬した者らの出入り口になる。

 なので壁をぴったりつなげてしまうと、移動できず、攻撃もできなくなる。


 だから通常は、このようにつなげたりしない。だが、団長のロンメルはわざわざ人の手を使ってまで接続を指示した。


 しかも、矢玉を防ぐ壁ではなく、副産物に過ぎないほりの方をロンメルは優先させた。いまV字になった壕はかつての王都の側に向けて広がっている。


 逃げに逃げた騎士団。都は既に地平線のかなたにある。

 都を思い浮かべ、一人の騎士が言った。


「うちの家の連中……どうなったかな?」

「うまいこと逃げれてると良いな」

「ああ」

「俺は前々から、お前が捕まえられるような女房じゃないって思ってたんだ。

――だから大丈夫だよ、ヴィットマン」

「そんな励まし方ってあるか?」

「ハハッ!」

「さて……に取り掛かるとするか」

「おう!」



 M8グレイハウンド――鋼の猟犬は平原の痕跡を辿り、獲物を追跡していた。


 ほのかに残る魔力のおり

 獲物たちが残した痕跡は次第に濃度を増している。間違いない。獲物は近い。


 このまま情報を持ち帰れば、自分たちの仕事は終わりだ。


 だがそこで猟犬は、ふと考える。


 先に見つけたのは自分たちだ。

 何も仕事をしていないくせに、喰う量だけはいっちょまえな「虎」に「象」。

 太っちょ共に取り分をくれてやる必要はあるだろうか?


 獲物ども、アイツラは弱い。

 故郷に似た街で遭ったときは、他にやるべきことがあったから逃げに徹した。

 しかし、自分の力なら十分に叩きのめせるはずだ。


 ――猟犬は騎士に対しての記憶や知識があるわけではない。

 しかし、人がアリやネズミ、自分たちより小さなものを下位の存在と認識するように、この猟犬にもその心理が働いた。


 さらに彼はこう考えた。


 自分たちの仕事は走り回り、獲物を探し出し、それを知らせること。

 戦うことは第一の目的ではない。


 しかし、それではいつまでも腹をすかせたままだ。

 自分たちが現れた場所で確保したキラキラはそう多くない。

 ラーテが喰らったためだ。すでにその量はだいぶ乏しくなった。


 ラーテは自分たち猟犬を走り回らせるワリには、分け与える量はそれに見合わずちっぽけなものだ。自分のほうが早く腹が減るという理由、それだけの理由で。

 ひどく不公平だ。

 

 きっとこの獲物のことを知らせても、自分たちは後回しにされるだろう。

 なら、正当な取り分を先に確保するべきだ。


 ――仕事に見合った取り分を確保する。


 『『――我らのものを――我らのものにする――』』


 意を決した猟犬は声なき声を上げた。

 彼の体から突き出ている、虫の触覚を思わせる細く長い鋼線。そこから発せられた声は、かなたまで木霊した。すると、平原の彼方から遠吠えが返ってくる。


 ――同意――同意――同意――


 同じく猟犬の遠吠え。彼の決意に同意する、猟犬たちの賛意が無数に届く。


 ――ならばよし。


 群れの同意を受け取った彼の自尊心が満足する。

 自分たちは小間使いではない。自分たちで獲物を取る力がある。


 灰色の猟犬は背負った金属の心臓に火を入れると、平原を疾走した。

 自分たちの獲物に喰らいつくために。

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