脱出の途上で


「王都を捨てることになるとはな……」


 誰かが口にしたその言葉に答えるものはなかった。

 ガラガラと音を立てて進む馬車と、それを囲む騎兵の列。

 誰もがうつむき、黙々と前へ進む姿は幽鬼の群れのようだった。


 ラーテが現れた後、フランたち騎士団は王都を捨てた。

 そして今は、当てもなく平原を進んでいる。


 騎士団には王城から現れた怪物たちに対して打つ手がなかった。

 フランは偶然M4シャーマンを倒せたが、その後現れた「虎」に一方的に撃たれ、ラーテに対しても騎士団は何もできることがなかった。


 怪物たちの規格外すぎる長射程と装甲に何も出来なかった騎士たちは、王都と守るべき民を捨てた。国をなくし、守るべき民もなくし、心もなくした。


 彼女はもちろん怪物を憎んでいる。

 だがそれ以上に、そんな騎士たちの様子を忌々しく思っていた。


 彼女はたびたび何か言おうとして息を深く吸い込むが、それが何かの言葉になることはない。


 普段、爆発魔法のことで軽んじられていた自分だ。この非常事態で何を言ったとしても、彼らの気を逆なでする以上の効果はないだろう。フランはそう考えた。


 マリオンに乗った彼女は、前を進む無蓋むがい馬車を見る。


 馬車の御者席には団長のロンメルが座っていた。

 彼は自ら馬車を牽く二頭の馬車馬の手綱を取っている。

 目の前で上下する彼の背中は丸まって、普段よりずっと小さく見えた。


 騎士団一行には、重苦しい雰囲気が漂っている。

 このザマでは、本物の幽鬼が混ざっていてもわからないだろう。普段ああだこうだと檄を飛ばす団長までこの体たらくなのだ。


 フランの体の内側からは、次第に怒りに似たものが込みあがってきた。


 人のことをバカにしておきながら、日向ひなたに忘れたタマネギのようにしなびた騎士たちはもちろんだが、それ以上に団長が何も言わないのが許せなかった。


「団長、このままでいいんですか?」


 気づいたら言葉が出ていた。

 ハッと思ったが、言ってしまったものは仕方が無い。

 彼女は言葉を続けることにした。


「怪物は決して無敵じゃありません。有利な場所で迎え撃てば倒せます」

「王城のあった丘にいたあの化け物も、か?」

「それは……」

「とても倒せるとはいえないだろう」

「ですが――『倒せない』ともいえません!」

「!!」

「団長には、あの怪物を倒せないという確実な証拠があるんですか?」

「……いや、フラン、お前の言うとおりだ」


 そこにきてようやく団長はフランの目に光があるのに気づいた。

 まだ彼女は諦めてない。

 冷え切っていたロンメルの心にわずかに火が灯る。とても小さな火が。


「まずあの怪物たちだが、共通しているところがあります」

「ああ。高い火力と防御力、そして機動力。そのどれもが高い」

「ええ、私たち騎士ととてもよく似てます。戦いの先陣を切る存在なんでしょう」 

「だろうな。あの怪物たちは攻撃をものともせずに前へ――」

「そこです。我々と同じ存在と仮定すると、話は変わってきます」

「変わるとは、一体何が変わるというのだ?」

「騎士がそうであるように単体では完結しないということです。団長がいつも私に行っているように」


 無力感で淀んでいたロンメルの目が燃え上がる。

 その煌々とした輝きを見たフランは思った。団長はまだ戦える。


 きっと彼は背中を丸めながら、頭の中では怪物たちと戦っていたのだ。

 じっと私達とあの怪物を棋譜の上で動かしていたに違いない、と。


「なるほど、ひとつひとつ、お前と私で考えてみよう」

「はい」

「あの怪物は異世界から召喚された存在だろう。恐らく人とは違う何かの存在が使っていたモノのように思う」

「同感です。人に対してあの攻撃力と防御力はあまりにも過剰すぎます」

「おそらくゴーレムのような……金属からなる生物が住む世界にいたのだろう。そうでなければ、あれだけの威力を必要とする説明がつかん」


 フランもロンメルの見解に同意した。

 

「そしてその世界において、あの怪物は我々と同じ軍の主力。そう仮定できる」


 ロンメルのいう「主力」の意味は、敵と真正面からぶつかるのが役目という意味だ。騎士は敵陣に対して「シールド」を展開し、攻撃を受け止めて前へ進み、同じく敵の騎士と激しくぶつかり合う。

 あの怪物もそれと同じ役目を持っているということだ。


「フラン、これの根拠は何だと思う?」

「すべての怪物が考えが同じくしているから、です」

「そうだ。偵察なら軽くすれば良い。攻撃ならより武器を大きくすれば良い。あの怪物はすべてを程々に、バランスを整えようとしている」

「はい。私が遭遇した怪物のようなものもいますが」

「お前の話にあったやつだな? 避難経路を探す時に、足の早い怪物を見たとのことだったが、逃げたのだろう?」

「はい」

「それは恐らく補助戦力。そいつはお前に敵わないと見たわけだ」

「おそらくそうでしょう」


 ロンメルはさらに続けた。


「我々にも補助戦力、偵察、射撃の支援を行う弓兵と言った兵科がいる。恐らく連中もそうだろう。だが、連中がおそらく持っていないモノが我々の手にある」

「おそらくだが、勝ち目は『そこ』にあるはずだ」

「団長、それは一体……?」

「それはな、連中がこの世界において『よそ者』ということよ。つまり――」


 フランは息を呑んでロンメルの言葉を待った。

 団長はどんな重大な事実に気づいたのか? 

 次の瞬間、フランの体はガクリと斜めになり、乗っていたマリオンから転げ落ちそうになった。


「穴掘りの時間だ」


 あれだけもったいぶった団長の答えは、指揮下の騎士たちにとっては何も珍しくもない、聞き慣れたものだった。


 穴を掘れ。壁を作れ。

 ロンメルの口から出る言葉の半分はこれだ。


「団長、怪物に対してそんなもので……」

「まあ待て、わしも阿呆じゃない。きちんと『修正』は加える。

「はぁ」

「これにはお前の力も必要だ。まぁ見ておけ」

  

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