地上に現れた地獄
ラーテの280mmの主砲から放たれた光弾は、平らな弧を描き飛んでいく。
その先には、王都から逃れようと門に殺到する市民たちの塊があった。
空気を切り裂く「ひょぅ」という音。
それに気がついたある市民が振り返る。何人かが向かってくる光を見て「あっ」と声を上げた。
「ドガァァァァァ!!!」
次の瞬間、その場にいた誰もが、隣人たちと混じりあった。
一体、誰がまっさきに光を見て声を上げたのだろう?
もはや誰も見分けがつかなくなった。
「うわぁぁぁッ!!!」
「ああああっ!!」
意外に思うだろうが、砲弾の爆発というのは存外美しい円の形にならない。
弾丸が加速しているため、その慣性によって爆発の被害を受ける空間というのは、コーンの形、すなわち円錐状になるのだ。
それが何を意味するか。
横にいたもの、後にいた者たちは意外と生き残ってしまうのだ。
「あっあぁぁぁ……」
彼らはさっきまで人だったものが一面に散らばった光景に放心、あるいは狂乱していた。半身を湯気の上がる血液で真っ赤に染めた男が、地面をまさぐる。
「エリ―、エリー、あぁ……ッ!!」
子供のものだろうか、男は布切れを手にする。
どろりとした肉混じりの血で光るリボンを手にした男はヒッヒッヒと引きつった笑い声を上げ、その間も命が石畳に滲みていった。
ラーテはその慟哭が伸ばした糸を通して、ドクリ、ドクリと自身に流れ込むのを感じた。彼に人でいうところの感覚や感情めいたものはない。
だが何か、頂きに来た陽の光で天板が焼ける時にも似ているが、それとは違うもの、何かジリジリとした……感情とも言えない何かを感じ取っていた。
ラーテの腹の中で「ガコン」と金属の抜け落ちたような音がする。
閉鎖機、砲尾にある弾丸を込める機構がひとりでに開いたのだ。
今さっき喰らったモノがあれば、もう一度撃てる。
しかし彼は何故かそうする気になれなかった。
代わりに足元の魔力の絨毯を滑らせると、ゆっくりを動き出す。
あの光は気に食わない。
小さくてチカチカ。ガチガチ、ギラギラ、小さいのに
だけど、あっちは良さそう。
ポワッとしてふわふわ。あったかい。
ラーテが巨大な照準器をキリキリとひねる。
焦点の合わさったその先には、オレンジ色の光があった。
・
・
・
「すごい一撃……」
「あんなのをまともに食らったら、シールドで逸らすどころじゃないぞ?」
「カリウスさんが押しつぶされるだけね」
「何で俺だけやられることになってるの?!」
「私攻撃のために、カリウスさんの後にいないとですし」
「えっひどくない」
「ともかく、王都の主門は使えなくなっちゃいましたね」
フランの言う通り、ラーテの一撃で主門は崩壊してガレキの山になっていた。
多少の不整地は馬なら乗り越えられる。だが、ああも見事に崩壊してしまい、ブロックがデコボコに積み上がってしまうと、馬の脚では流石に難しい。
越えようとまごついている間に強烈な一撃を食らうだろう。
ならば――
視線を横にずらせば、爆発の余波で崩れた城壁が見える。門は派手に上から下へと崩れ落ちて山を作ったが、壁の方はそうでもない。
子供が積み木を手ではたいたように、外へ向かって無数の石材がまばらに散らばっている様子が見えた。あっちの方は主門ほど移動が難しくなさそうだ。
(壁の石材があんなに飛び散るなんて、凄まじい力ね)
フランはラーテが見せつけた大砲の威力に戦慄していた。
その身で王城を卵の殻のように打ち砕いた怪物。
怪物の一撃は、自分の爆発魔法の威力とはまるで比較にならない。
(私が1としたら、やつは100? いやもっとありそう)
自分が100人いて詠唱したとしても、きっとああはならない。
「顔色が悪いぞ」
「――いえ、耳鳴りが酷いだけです」
「そうか」
フランは「耳鳴り」といってカリウスに誤魔化し答えた。
目の前で起きていることを、自分の口で説明したくなかったからだ。
騎士ではない人たちでも、死ねば多少の魔力が漏れる。
城門の近くには、名もなき人たちの魔力が漂い、渦巻いている。
色とりどりの魔力が細い線となり、お互い寄り添い、巻き合うようにして舞い上がるとパチリと弾ける。色がにている。あれは家族なのだろうか。
どれだけの人があの近くで無惨に砕かれたのか。
一本一本の魔力は糸くずのようなものだ。しかし目の前のそれは、朝方に地面のすぐ近くでたち込める霧のようになっている。
幻想的な光景の下に起きている惨事を思うとフランは体が固くなり、指の先まで凍えるようだった。
「――?」
「どうした」
「いえ、何かに見られているような」
「お前の感覚を信じよう。さっさと立ち去るぞ」
「はい」
フランとカリウスは騎士だ。
戦う力をもたない人々のために力を振るう。そのために乗騎にまたがり鎖帷子に袖を通している。しかし、いまは逃げることしか出来ない。
フランはあることに気づいていた。
あの城門の近くでは、まだ誰かが生きているに違いないということを。
いくつかの魔力の筋は、地面に向かって鎌首をもたげている。
宿る肉体が打ち砕かれ、寄る辺をなくした魔力が、家族といった比較的近い血筋にある人間を探し、寄り添っているのだ。
地面に向かって流れるそれは、涙を流しながら、それでもその下にいるものたちを慰めようとしているように見えた。
本来なら助けにいかなければいかない。
だが、自分たちでは死人に混ざる意外何も出来ない。
口惜しさに唇を噛んだフランは、そのまま乗騎の踵を返して帰るしか無かった。
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