灰色の猟犬

「来たな!!」


 怪物の頭部が動き始めたとき、フランの横にいたカリウスは「シールド」の詠唱を先んじて始めていた。彼はこれまでの戦いで完全に理解していたのだ。怪物がその頭部を左右に動かすのは攻撃の前兆、そしてニョッキリと生えた筒がこちらに向いたときこそが、攻撃の瞬間だということを。


 怪物の小ぶりな頭が気に障る音を立てて動き始めた瞬間、カリウスは既に魔力を編み始めていた。そして、フランが怪物をひっくり返した爆発魔法を使ったとき、自分に指示した事から、ある閃きを彼は得ていた。


 すなわち、怪物の攻撃を防ぐには盾を地面に垂直に立てて展開するよりも、平行に近い方が良いということだ。「シールド」に斜めの角度をつけ、それが水平に近いほど、怪物の攻撃に対して防御効果が高い。このことをカリウスは直感的に理解していた。


 これは避弾経始ひだんけいしという概念だ。装備している装甲を斜めにすることで飛来物のエネルギーを分散させて弾くという考えで、装甲の厚みや質はそのままでも、角度をつけることにより、更に高い防御力が得られるのだ。


 実際、第二次世界大戦の戦車でも、こうして装甲を斜めにすることで防御力を向上させていた。装甲は傾斜させることによって装甲の厚みが稼げる。そのため、ただでさえ頑丈な戦車は当時、難攻不落の存在となっていた。


 しかし、彼ら騎士が展開する魔力の盾、「シールド」に厚みは殆どない。

 この場合、防御力の向上は「斜面効果」の影響の方が高くなる。


 怪物の砲弾がシールドに接触したとき、その角度がほど、砲弾のまっすぐ進もうとする力は、シールドに穴を開けることではなく、あさっての方向へ移動するエネルギーとして無駄に消費されてしまうのだ。水が低いところに流れるように、弾丸も抵抗のない方へ流れやすい。

 角度をつけられると、簡単に弾かれてしまうのだ。


 不意打ちを防がれた怪物はブオンという音を立てると、後に下がり始めた。

 どうやら不利を悟ったのか、距離を取るか逃げるつもりらしかった。


 怪物は緑色をした金属の体躯から怪鳥の悲鳴のようなきしむ音をあげて体の向きを変えると、白煙を上げて走り始めた。


「逃さない!」

「こいつがうろついてると、後続が危険だ。仕留めるぞ!」


 とっさに二人は馬で追いかけたが、怪物との距離が縮まらない。

 いや、むしろ離されていた。


「嘘……アイツ、早くない?!」

「さっきひっくり返した怪物とは、まるで動きの速さが違うな」


 6つの車輪を持った怪物は、石畳の上を軽快に機動している。

 その素早さは先ほどミート&ミートで戦った怪物とは比較にならなかった。


 ――それもそのはずだ。分類上、この怪物は正確には戦車ではない。

「M8グレイハウンド」という装甲車だ。


 この装甲車は主砲塔に37mmの砲を持ち、足回りに6輪のタイヤを装備して軽快な機動性を発揮する。不整地での最大速度は毎時48kmで、舗装地での速度は毎時90kmにも達する。これはフランたちが先ほど戦ったM4シャーマンの倍以上の速度だ。M4シャーマン戦車は舗装された道路でも毎時38kmの速度しか出せない。


 M8グレイハウンドは「猟犬」の名にふさわしい、圧倒的機動力を持っていた。

 石畳の道は決して良い道路とは言えないが、それでもフランとカリウスの乗騎を引き離すには十分すぎる。


 猟犬はフランたちとの戦いを避け、そのまま街路の辻を曲がった先で姿をくらましす。追いかけていた二人は猟犬を完全に見失い、途方に暮れるより他なかった。


「クソ、あんな化け物まで居るのか!」

「馬よりも素早いなんて……逃げ切れるのかしら」

「フラン、それでも逃げるしか無い。どのみち皆混乱してて、このままじゃ満足に戦えない。あいつらと同じで、仕切り直さなきゃ始まらないよ」

「その通りね……それにしても、あの怪物が逃げるなんて。奴らには知恵があるのかしら?」

「かもしれない。普通のゴーレムとはそこらへんの雰囲気が違うな。いや、見た目からして全く違うんだが、なんというか……」


 フランはふと、自分の持っている連中への違和感を言葉にしてみた。


「――戦術を持ってる?」

「そう、それだ。何か指揮を出しているやつが存在するのかも知れない。あいつらが魔法生物、いわゆるゴーレムなら、指示を出している存在が必要だ」

「もしかして、召喚魔法の研究をしてたっていう大臣が?」

「それなんだが、もし大臣が反乱を計画してそれを指揮しているのなら、王城の中だけで済ませると思わないか? 騎士や住民を殺して、街を破壊する理由がない」

「どうして?」

「王を廃するのは、王都を支配したいからだ。肝心の王都、自分がふんぞり返りたい場所を廃墟にする理由が大臣には無いだろ?」

「あっそうか」


 カリウスの仮説を聞いたフランは、細い手を肩にそえて考え込んだ。

 奇妙な点は他にもある。あの怪物たちの振る舞い、それ自体に。


「あの怪物たち、一瞬で人を干からびさせるほどに魔力を吸い上げてた。私達はもちろん、あの怪物が必要とする量よりも明らかに多いわよね?」

「君が爆発魔法を使っても、干からびてお婆ちゃんになったりしないからな」

「ええ、大抵の魔法は魔力の風からつむげば間に合うもの」

「自身の命を削るような魔術は下の下と言われているからな。日常的に使われる魔法は、世界に漂う魔力を使うのが普通だ。普通ならね」

「大量の魔力を注ぐ必要のある治療術や、召喚術の場合は話が別なのよね?」

「そうとも」

「それに戦いよりも逃げを優先したあの振る舞い……まるで奪った魔力をどこかに運ぶみたい」

「……なぁ、フラン?」

「うん、多分わたし、カリウスさんと多分同じことを考えてる」


「「誰かが?」」


 二人がその言葉を口にした瞬間だった。

 地の底から突き上げるような地響きが王都を襲った。

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