間合い

 「虎」が放った砲弾は、緑色の光線となって、低く地を這うように空気を切って飛翔する。そして、光の筋は訓練場を見下ろす騎士団の城館、その一階と二階の間に着弾すると、一拍おいて建物を破裂させた。

 騎士団と同じか、それ以上の歴史があった城館は、直立したレンガの壁は紙風船のように膨れ上がって弾け、取り付けられていたレリーフや花を象った飾りを撒き散らした。


 壁の装飾は一塊の大理石から手彫りで掘り起こしたもので、相当に頑丈なものだ。だがそれも近代兵器の爆発の圧力を耐えることはできない。

 ひしゃげてバラバラの破片になった花弁が、騎士たちの頭上に降り注ぐ。


 高速で飛び回る石材の破片は、弾丸と変わらない。不幸にもそれを身に浴びてしまった者たちは、緑や青、色とりどりのチュニックを自身の血でもって染め上げ、たちまちのうちに一様に赤い血みどろの姿となった。


「何ごとだ!!」


 突如起きた爆発。続いて瓦礫が崩れ落ちてくる音と、悲鳴が重奏する地獄めいた光景に、さしもの団長も混乱の色を隠せなかった。幸いなことにロンメルやフランにはケガ一つ無い。偶然にも、周りに居た側近たちが覆いになって守られたのだ。


 側近たちも甲冑で全身を保護していたため、大したケガをした様子はない。

 しかし、訓練場をうろついていた者たちの様子はひどかった。


 戦場に出たことのないフランは、今まで見たことがない血だまりと、地に伏し、呻吟しんぎんする戦友の姿に、その小さい胸を潰されそうになる。ロンメルはそんな彼女の姿を認めると、肩甲の上からでもわかる、華奢な肩を掴んだ。


「気を強く持て。これが戦場いくさばというものだ」

「……はい」

「手近な負傷者の手当にさせろ。城館は……後回しで良い」

「ハッ!」

「傷が深くて動けないものは、血止めをして街の外に避難させろ。」


 団長は一階から上を破砕された城館より、目の前で痛みにのたうつ負傷者の手当を優先させた。つまり、あの建物の中にいるものは、見捨てたということだ。フランは初めて、彼が実戦で見せる厳しさを知った。


 騎士たちの命を見捨てるなど、普段のロンメルからは想像もできなかった。


 だが、フランが見る彼の手は、指先の色が白く変わるほどに強く握りしめられている。ロンメルの判断は素早かったが、彼女が思うほどに、それは単純なものではないのだろう。


「一体どこから攻撃されたのだ? フラン、魔力痕を追えるか?」

「あ、はいっ」


 フランはすっと息を深く吸うと、目を伏せて暗闇の中で集中する。


 焦げた大気に残っている魔力の流れを彼女は追っているのだ。爆発によって木や石の魔力と混じり合い、擾乱じょうらんされて千々に乱れた空間。

 その中から、爆発に使われた魔力を探して、その先をたどる。


 言葉で言えばそれだけだが、魔力の追跡というのは非常に難易度が高い。

 まず、魔法が発動すると、魔力というのはあっという間に霧散してしまう。発動の導火線に使われた魔力がわずかに残るが、術者に近い導火線ほど早く劣化してしまう。


 追跡ではこの導火線に対して、自身の魔力を継ぎ足して、色を与えるということをしなくてはならない。これは、水に流した墨が溶け合う前に、新しく墨を垂らしてほつれた筋を直すようなもので、誰にでもできるものではない。


 爆発魔法を使うフランは、大雑把で粗雑な魔法使いに見られがちだが、意外にもこういった繊細な魔力操作が上手い。ロンメル団長が個別に講義をしているのも、彼女のこういった才能を見出しているからだった。


 爆発魔法は、魔法の分類としては火と風が混合された複合魔法だ。だから彼女は空気の流れを読むのにも比較的慣れている。使われた魔力量が大きかったのもあって、探知は思ったより早く済んだ。しかし――


「――まさか、アレ?!」


 たどった導火線の元、彼女が見つけた発火点は、まさに点でしか無かった。遠く離れた家々の間、ほぼ王城の膝下の目抜き通りからその魔法は放たれていたのだ。


 この6号戦車ティーガー、「虎」の射撃能力は非常に高い。88mm砲の威力はもちろんだが、射撃の精度も傑出していた。


 いくら強力な大砲でも、当たらなければ意味が無い。身を隠すものがない平原で虎と激突したソヴィエト連邦の報告では、虎は1600メートル以上の距離から射撃してきて、彼らが主力とするT-34戦車を射程外から一方的に破壊したという報告がある。さらに大戦中にイギリスに鹵獲され、試験されたティーガー戦車の主砲の精度は、1000メートルの距離から40センチ四方に収まったという。


 つまり、虎が得意とする間合いは1000メートル以上あるのだ。これは騎士たちの感覚では、異常な遠さだ。彼らにとっての間合いとは、数百メートルしかない。


 彼らが使う魔法の射程は、もっぱらが30から50メートル。もっとも長いとされる、魔法の遠矢でも200メートル。熟練者が使ったとしても400メートル程度だ。


 だからこそ、騎士たちは補助装備として攻城兵器を使用する。

 重厚な巻き上げ機を使い、機械的な力でもって太矢を発射するバリスタ、平衡式おもり装置で、40キロはある石塊を遠方に投擲するトレビュシェット。そういったものを投入し、射程の短さを補っているのだ。


 しかし、そういったものでも、その射程は300メートルから400メートル。

 虎がその主砲を放った1000メートルは、その倍以上だ。


 この距離を探知したフランの技量も凄まじいが、それでわかったのは、手の届かない相手から一方的に撃たれるという、絶望だけだった。

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