餌箱

「ただいま戻りました!」

「なんだか大混乱って感じだなァ」


 マリオンにまたがったまま門柱をくぐったフランは、訓練場に繋がれた馬たちをすいすいとかわすと、報告のためにロンメルを探す。本来なら従士や召使いが彼らの馬の口取りをするが、その姿はない。


 慌ただしくも駆けつけたのだろう。本来整然と並べられる騎士たちの乗騎だが、訓練場に繋がれている馬の並びは酷く乱れ、土埃もひどい。この場にいる騎士たちの心持ちを表しているようだと、フランは思った。


 不安げな顔で右往左往する騎士たちに、興奮して落ち着き無く体をゆする馬たち。人の怒号と馬の嘶きが溶け合い、何もがひどく混乱していた。


 このザマではロンメルを探すのに苦労するかとフランは思ったが、その逆だった。混乱の中に、冷静な一つの塊があったからだ。


 ロンメルを中心とした、人の輪だ。


 この混乱のさなかでも、彼らの周囲だけは冷静さを保っていた。

 金の象嵌ぞうがんが施された豪奢な甲冑を身にまとい、ひょうの毛皮のマントを肩にかけた内陣騎士たち。側近の彼らに囲まれたロンメルは、何枚もの紙片を手にして深い皺を眉間に寄せている。

 

 側近に囲まれたロンメルは、周囲の部下に比べてみすぼらしい格好のままだ。

 紺に染め抜かれ、銀の鋲が打たれたギャンベゾン。彼はいつもの甲冑をつけておらず、どう見ても彼の周りにいる側近のほうが位が高そうに見えた。


 鎧を着る時間より、状況の把握を優先するというのは、なんとも団長らしい。

 彼をひと目みて、フランはそう感じた。


 普通の者だったら近寄るのも遠慮するところだが、馬から降りた彼女は、背にいたカリウスが「おい」と声をかけるのも気に留めず、物怖じせずに側近たち並んで作る、豹のマントのカーテンに近づいていった。


 他のお偉方ならともかく、ロンメルならば彼女の持つ情報を重要視し、細かいことはとやかく言わないだろうと確信しているのだ。


 小柄なフランが近づくと、本当にカーテンのようだった。

 彼女はその赤毛を乗せた細い首を突っ込むと、中を除く。


「王城の様子はどうだ? 陛下の安全は確保できたか」

「不明です。中層に怪物が居て、王族の方々の居住区まで近付けません」

「その怪物の詳しい情報が欲しい」

「それが閣下、逃げてきた生存者も混乱していて、どうにも詳しいことは」

「クソッ、それでは隊を正確に動かせんぞ」

「あのー……その怪物の情報、お持ちしました?」


 文字通り会議に首を突っ込んだフランは「何だお前は」と、ネコがされるように、首の後ろを持って持ち上げられる。「ひぃ」と悲鳴を上げる彼女だったが、ロンメルが手招きをしたので、つまみ上げられたまま、彼の目の前まで持ってこられる羽目になった。


「何をしとるんだお前は? 騎士たちへの声掛けを頼んでいたはずだが」

「えーっと……?」


 深く、長い嘆息をするロンメル。

 それを見たフランはあわて、取り繕うように言葉を繰り出した。


「あっあの! 成り行きだったんですけど、怪物と戦いまして……」

「何ッ?!」

「まさか、生きて帰ってきたのか!」

「――詳しく話せ。怪物に関して、マトモに話ができるやつがほとんどおらん」

「そうなんですか?」


 これに関してはフランにも意外だった。訓練場にあれだけの騎士が集まっているなら、少しは情報が集まっていると思ったからだ。冷静な幕僚たちがここまで色めき立つとは思わなかったのだ。ただの闖入者でないということがわかり、彼女はようやく地面におろされた。


「緑色の家くらいある箱、それにパンみたいな丸い頭が乗っていまして――」


 フランは、ミート&ミートに行った本当の理由、サボろうと思った事は伏せ、その場で起きた一部始終を彼らに伝えた。カリウスの隊を粉砕したM4シャーマン戦車と出会い、そして爆発魔法で持ってひっくり返して仕留めたことまで。


 ロンメルはおし黙って、拙い報告をする彼女の顔をじっと凝視した。射竦いすくめてくるグレーの瞳に、フランはロンメルが自分の顔に穴でも開けようとしているのではないか? そんな気分になっていた。


「とまあ、そんな感じのことがありまして」

「カリウスの隊の練度は?」

「少なくともこの爆発娘よりはベテランです。3年は鞍の上で戦ってます」

「だろうな、となると……相性の問題が大きいのだろう」


 ロンメルのその言葉を耳にしたフランは、むっとして唇を曲げる。

 それを見た彼は、きまり悪そうに顎をかく。


「言い方が悪かった。お前の爆発魔法を軽んじたわけじゃない」

「いえ、閣下の言うとーり、技巧はなく威力だけですから」

「……その威力が、今回は役に立ったということだろう? 実際のところ、直接的な威力よりも、応用力や防御力を重視していたからな……」

「ドッカーンですべて吹き飛ばしちゃえばいいのに」

「あのなぁ……お前はこれまでワシの講義の何を聞いていたんだ? 何よりも戦場の先の読めなさ、それに対応するのが重要だと――」


 話が逸れるのを予感したフランがこれみよがしに派手な咳払いをすると、ロンメルは自身の悪癖の講義癖に気付き、切り上げた。


「それで……生存者の話によると、怪物『も』爆発魔法を使うとのことだが、お前としてはどう見る?」

「うーん、ちょっと違う気がします。爆発魔法を直接発動させていると言うより、それを利用して何かを飛ばしているみたいです」

「ふむ、具体的には?」

「怪物の頭部には筒がついているんですけど、確かに何かを爆発はさせましたが、爆発で攻撃すると言うより、その力を使って何かを飛ばしてガレキの壁を貫いたんです」

「ふむ……お前の話によると、爆発魔法それ自体では、怪物に傷ひとつ付かなかったんだな?」

「はい、そーです」

「やはりな。怪物には2種類の攻撃があるようだ」

「……どういうことです?」

「つまりだ、爆発攻撃で傷つかない怪物が、カリウスの隊を粉砕した爆発を戦いの主軸にするとは考えにくい。おそらく主軸はもう一方、ガレキを貫いたほうだ」

「うーん? よくわかりません」

「怪物は別の世界から召喚されてきた。これはいいな?」

「はい」

「つまり、連中はその爆発で傷ひとつ付かない装甲を持ちながら、戦う相手が居たわけだ。つまり、怪物と似たような手合だ」

「あっなるほど。怪物は怪物同士、同種と戦ってた?」


 ロンメルは我が意を得たりという顔を彼女に向け、フランはまた始まったと煙い顔をした。


「その可能性が非常に高いな。奴らがどういったものか、大体見えてきたぞ」

「というと?」

「奴ら怪物が戦争の道具なのは間違いない。戦い意外にはまるで何の役に立たない、そういった存在だろう。弱点が見えてきたぞ」

「はぁ、それが何なんですか? 戦いにしか役に立たないって、利点にしか思えませんケド……?」

「わからんか、それが重要なんだ――」




 「虎」はその魂無き目で光のあふれる囲いを見ていた。

 騎士にとっては心強い城館も、虎にとっては単なる餌箱に過ぎなかった。


 虎はその主砲をまっすぐ餌箱に向ける。この主砲の元になった88mm砲は1万メートル以上の上空に10kgの砲弾を届ける能力がある。しかし砲尾にある無骨な閉鎖機はその中に肝心の弾を何も詰めないまま、ひとりでに閉まった。何も入っていないはずの砲。しかし、薬室は赤黒い燐光をまとい、圧力を高めていく。


 この世界に現れた戦車は、魔術的な何かで弾の代わりとなるモノを込めているのだ。ロンメルならばあるいは、この現象を解析できたかも知れない。

 直後、閃光が奔り、雷轟が響いた後、特徴的な耳鳴りのような金属音が残った。

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