虎
フランたちが団長に戻っている
数両の戦車を吐き出した後、魔法陣は完全に機能を止め、沈黙していた。これは接続されている魔力、機械で言えば燃料のようなものを使い果たしてしまったからだ。が――
戦車によって屠られた、魔術師と護衛たちの冷たくなった遺骸から流れでる血潮。音もなく広がるそれが、名状しがたい幾何学文様の連なりで描かれた、魔法陣の円環に触れる。直後、円陣が光を発し、その輪をひときわ大きくしたのだ。
獣のうなりを思わせる地響きと共に、魔力の奔流がその力を増していく。魔力の流れは幾筋もの不定形な光の筋や粒となって、円陣の中から飛び出し、部屋の中を狂乱した羽虫のように飛び交っていった。羽虫は不定形の魔力が実体をもったものだ。それは自身が発する青白いエーテルの色で、この仄暗い陰うつな空間を、まるで星空のように鮮やかに彩っていく。
これは一体何が起きているのか? 魔術師の操作から外れた召喚魔法陣。それに血潮という贄が注がれ、完全に暴走しているのだ。
やがて、魔法陣の中央に変化が現れる。
初めてこの世界にシャーマン戦車が召喚されたときのように、空間が陽炎のように捻じ曲がり、目を焼かんとする極光が溢れたのだ。光はすぐに収まったが、そこには先ほどまで影も形もなかった存在が現れていた。
それはまさに「箱」だった。
その姿は、先に現れたM4シャーマン戦車に比べ、妙に角ばった印象を受ける。シャーマン戦車は、車体の前面にすこしばかり角度がついて、台形に近い形だった。
しかし、新たに現れた戦車は、黄土色をした装甲のほとんどが地面に対して垂直に立っており、まさに箱としか言いようがない形をしていた。
形状も異様だが、大きさも尋常ではなかった。この戦車はM4シャーマンに比べると、横幅と奥行きが一回り以上大きい。そして、車体が大きい分、車体に乗っている砲塔と、それに搭載されている砲も、シャーマン戦車よりも長大で無骨なものになっていた。
この戦車は、ある世界の二度目の世界大戦の最中に開発された重戦車で、6号戦車「
そして実際にこの「虎」は、先に召喚されたM4シャーマン戦車を相手に戦場で戦っていた。そして、「虎を相手にする時は、必ず3両以上のシャーマン戦車で相手すること」と言わしめたほどの性能を誇っていた。
虎は少しの間、黒鋼の板を繋げた
虎は周囲の命あるもの、その
ひとしきり周囲の遺骸を干からびさせると、虎が背負ったエンジンの律動が高まった。しかし、その巨体の胃袋を満たすにはまるで足らなかったのだろう。虎はエンジンの回転を低くして、猫が不満を漏らして喉を鳴らすようにガラガラという音を立てた。
「まだ喰い足らない」そう言いたげな様子の虎は、シャーマンが開けた壁の穴を更に広げて、城の外へと出る。日差しを浴びた虎はその砲塔を左右に回して、長大な主砲を振る。それはさながら、獣が獲物を探しているかのようだった。
虎の砲塔には主砲が据え付けられているのだが、その主砲は防盾という、とても分厚い鉄の板で守られている。その防盾には幾つかの穴が開いている。この穴はただの飾りではない。
ひとつの穴は「同軸機銃」というもののためにあいている穴だ。これは主砲と同じ方向を向いた機関銃で、主砲を撃つまでもないトラックや自動車を相手にするときに使ったり、主砲の狙いが正しいかどうか、主砲を撃つ前に機関銃を発砲して、確かめるために使用するものだ。
もう一方の穴は、砲を照準するためのものだ。つまり、「虎」の目に当たる部分といってもいいだろう。
その黒点の奥で、「虎」ははるか遠く、眼下の世界を見下ろしていた。
中世さながらの城壁に囲まれたこの街を見た虎は、何を思っているのか?
それはようとして知れない。しかし、「虎」はある存在に気がつく。
虎の見る視界は、我々が見る世界の姿とはまるで違っていた。暗く、灰色で墨を撒き散らしたような一面灰が降り積もったような景色だ。しかし、その世界の中で唯一「色」がある。街路をまっすぐ降りていく、二つの光点だ。
ひとつは輝く太陽のような
防盾にあいた黒い点、それが見る先には、暗い四角の箱のようなものがあり、多数の光り輝く点が集まっていた。
虎は砲塔を正面に向け直すと、彼が背中に背負った発動機が唸りを上げる。すると牛乳のように濃い白煙が、空高く上がった。直後、金属の履帯がけたたましく石の床を連続してガタタタと叩き、敷石をその重量で砕きながら虎が前へ進む。
どうやら、虎は獲物を見つけたようだった。
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