検死(?)
「奴め! ひっくり返ってハラワタを撒き散らしてるぞ」
「その言い方、もうちょっとナントカならないですかぁ~?」
カリウスは動かなくなった怪物を目の前に興奮している。無理もない、彼はフランが来る前に、この怪物に盛大に痛めつけられたのだから。
「お前の爆発魔法があれば、この怪物も大した敵じゃないな」
「いえ、それは違いますよ、断じて」
「何だって?」
大手柄を立てたはずなのに、渋い顔の彼女にカリウスは怪訝な顔を向ける。彼の納得いかない様子を見てとった彼女は、彼の疑問に乱雑に積み上がった荷物を一つ一つ紐解くように答え始めた。
「まず、爆発魔法……デトネーションは強力ですけど射程が短いですし、ひっくり返すだけの威力が出たのも、この場所が狭くて、爆風が集中したおかげです」
そういわれたカリウスはあらためて周囲を見回す。確かに、彼女が言うようにこの場所は二人の身長よりも高い塀に囲まれており、狭苦しい場所だ。
もろもろが吹き飛んだお陰で、大分風通しは良くなったが。
「だったら直接ぶつければ――」
「爆発魔法は、あの怪物の体、たぶん鋼なんでしょうけど……あの厚みをどうにかできるほどの威力はありません」
そう言ってフランは怪物の死骸(?)を指差した。
「私たちの甲冑や盾は鋼を使ってると言っても、たいした厚みはありません。でもあれは……どこを切り取っても長机の天板くらいありますよ?」
彼女の指の先にある、怪物の頭。その鋼の外皮の厚みは大したものに見える。カリウスはこれほどの厚みをもった鋼の板はこれまで見たことがなかった。
鋼のバケモノの代名詞ともなっているアイアンゴーレムだって、その全てが鉄や鋼でできているというわけではない。それだと重すぎて、とても動けないからだ。
「大抵のアイアンゴーレムの内部はがらんどうですよね。関節とか、支えが必要な部分が木や
「ああ、確かに」
「でもこの怪物は違う。すべてが鋼。そして、あれ程の大爆発、衝撃を受けても歪んだり割れたり、形に狂いが出ていない……かなり強靭な鋼です」
たしかに怪物は爆発の衝撃でもって、頭が外れ、何かが壊れたかで動かなくなった。だがその外皮、鋼の箱の部分と頭の部分はそっくりそのまま形を保っている。壊れはしたのだろうが、外皮自体は全くの無傷と言ってもいい。
「きっと、攻城戦に使うバリスタの一撃だって耐えるかも」
「うん、こんな厚みの鋼は見たことがないね……どれ」
カリウスは、怪物に近づいて、外皮の厚みを掴んでみた。そして、その厚みを手に覚えさせ、フランの目の前に持ってくる。カリウスの手の隙間は、彼の人差し指の太さ以上にあった。完全に常軌を逸した厚みに、二人の眉間に力が入る。
「こりゃ……すごい厚みだ。僕たちの鎧で一番分厚い部分は、ヘルムの額だけど、これに比べたら、ネズミの皮みたいなもんだ」
「凄まじいですね。召喚ってことは、その世界ではこの厚みが必要だったワケですが……この怪物は、一体何と戦う為に生まれたんでしょうね」
「少なくとも、人間相手に使うものじゃなさそうだね」
「ですね。これなら戦象の突進だって真正面から受けれそうですもの」
この怪物が持つ鋼の外皮なら、槍や弓はもちろん、攻城兵器の太矢も絶対に通しはしないだろう。――そして魔法も。
「……ごく単純な物理的な防御こそ、最高の魔法防御、でしたっけ?」
「ああ。ロンメル団長の受け売りだよね? 血と汗で積み上げた土の壁に勝る防御は無いってやつ。しかし……最悪だね」
「ええ。魔法生物にも関わらず、対魔法に特化した存在ですね、コレ。」
軽く握った拳で、怪物の外皮をコツコツと叩くフラン。
それを見ていたカリウスは少し考え、何かを閃いた様子だ。
「なら、足の速さで翻弄すれば――」
「少なくともこの怪物、人間の走りよりは断然早かったですし、この怪物の発した閃光と爆音で、乗騎は混乱して逃げちゃったんですよね?」
「む……」
「翻弄どころか、やや劣るくらいだと思います。馬と違って、魔法生物は恐れも知らないし、疲れも知りませんし」
「じゃあ、どうしろって?!」
「さぁ?」
「さぁ……って、まるで他人事みたいに」
「他人事ですよ。こういうのを考えるのはロンメル団長の方がお上手ですし?」
「キミと話していると、どうにも調子が狂うな」
「カリウスさんはマジメですねー」
「キミが不真面目すぎるんだよ」
実際、フランが受けた指示は騎士たちの再集合と、怪物の情報を集め、ロンメル団長に持ち帰るだけだ。それ以上のことは命じられていない。彼女の態度は少し消極的に思えるが、これは、それだけ団長の対処能力を信じていることからくるものだった。
「怪物の情報も手に入りましたし、戻りたいんですが……」
「そういえば、キミの乗騎はどこへいったんだろう?」
「……アッ、さてはあいつ、この災難を察して逃げましたね」
(なんだか、不真面目っぷりが飼い主に似てるな)
フランが合図の口笛を吹くと、煩わしそうな顔をしたマリオンがとぼとぼと歩いて現れる。その顔は「もう終わったのか?」と言わんばかりの尊大な表情に見えた。
「マリオン! あんた……しれっと逃げたわね!」
「ヒヒン?」
声を荒げるフランだが、マリオンの反応は、そよ風でも吹いたかのようだった。
「なかなか友達甲斐のあるヤツじゃないか」
「この子、なんだか危険を察知する能力は高いんですよねぇ……あ、カリウスさんの乗騎は?」
「……あの怪物との戦いで喪った。」
「あ……すみません」
「いや、いいんだ」
乗騎を喪った彼に掛ける言葉が見つからず、継ぐべき言葉に迷うフラン。
そんな彼女を見かねたカリウスは、漆喰で白く汚れたギャンベゾンの裾をはたき、なんら変わらない態度で接する。
「ロンメル団長が訓練場にとどまっているなら、すぐに戻ろう。怪物の情報を届けるのは、早ければ早いほど良いはずだ」
「――ですね!」
馬上のフランは彼の手を取ると、マリオンの背にカリウスを乗せ、拍車をかける。怪物との真っ向勝負は明らかに不利とわかった。ともなれば、この情報を元に、きっと団長が有効な手段を考えてくれるだろう。
そうでなければ、最悪この首都を捨てる羽目になる。少し心に重いものを抱えながら、彼女はマリオンの蹄の音を、怪物の死骸が横たわる裏路地に響かせた。
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