ミート&ミートの戦い(2)

 怪物が発した閃光は、ほの暗かった店内を真っ白に染める。

 刹那、フランは生まれて初めて「音で殴られた」。


 目の前に雷が落ちたかのような轟音は、存在そのもので彼女の頬を張る。直後、空を切る何かがガレキを貫き、ミート&ミートの中は舞い上がった埃で真っ白になった。何も見えない真っ白な世界の中で、飛び回る破片が壁や天井をデタラメに殴る音だけが、彼女の耳に聞こえた。


 爆発魔法を使い慣れ、閃光や爆圧に慣れ親しんでいるフランでも、目の前で起きたことに圧倒される。失神こそしなかったが、思考は完全に滑り落ちた。


 めまいで額を抑えると、ぬるりと温かいものが手に触れる。

 血だ。どうやら何かで切ったようだ。手にこびりつく鮮血を見たフランは、その焦点の定まらなかった目が据わり、正気に返った。


「――ッ!」


 我に返ったフランは目の前のガレキに血をなすりつけると、怪物を観察する。


(あの怪物、穴の空いた棒をこちらに向けたまま身動きしていない。連発はできない? こういう時は……まず仕切り直しね)


 そういえばカリウスはどうなった? そう思った彼女が横を見ると、彼は自分より衝撃を強く受けたらしく、失神していた。


(もう!)


 フランには二つの幸運が重なっていた。


 先ず、目の前の戦車が放ったのは「徹甲弾」だった。

 あまりに近距離だったため、自身に副次的な被害が及ぶのを恐れたのか、戦車は爆発する榴弾ではなく、ただの鋼の塊を発射するにとどまったのだ。もし戦車が被害もかえりみずに榴弾を放っていたら、無事では済まなかっただろう。


 そして2つ目の幸運は、彼女が魔力を練り、収束させていたことだ。

 収束した魔力は「シールド」ほどではないが、力場のようになって術者を保護する。もし何もしていなかったら、通り過ぎた弾体の衝撃波でもって、手足をもぎ取られていただろう。


 これは現実の戦闘でも起きている。

 直接砲撃を受けなくとも、数十センチ離れた場所を飛んでいた砲弾や射撃の衝撃波によって、人の手足が吹き飛んだという記録がある。


 ともかく、彼女が目の前にしているM4A1中戦車「シャーマン」は、生き埋めになるのを恐れるくらいには理性的だった。が――


「エクスプロージョン!!」


 フランはそうではなかった。

 略式詠唱で魔力を集中させて放つ。狙ったのはミート&ミートの天井だ。

 この店の行きつけだったフランは、この店の二階の客室の存在を知っている。

 ――そして、そこにある大量の家具の存在も。


<ズガアッ!!> 


 オレンジ色の小さな爆炎が、天をめざしてその力を開放する。二階を支える太い梁は、戦車の突撃と砲撃によってひどくダメージを受けていた、略式詠唱の小規模な爆発であっても、へし折るには十分だった。


 たちまちに天井が割れ、床材と一緒にテーブルやスツールが目の前の怪物に降り注ぐ。ついで建物自体が大きくきしみ、崩壊を予感させる。怪物は足元までガレキに埋まり、その背を降り注ぐ漆喰の粉でその身を白く染めた。


「カリウスさん…クッ重い!」


 鍛えているとは言っても、小柄な彼女では、大人の男を担ぐのはつらい。

 手間取っていると、連続した破裂音が怪物から聞こえてくる。


<タタタタタタタッ!>


 パシッ、パシッ、とフランの耳に、何かがガレキを叩く音が聞こえる。


(あの音、怪物が小さな爆発で何かを飛ばしているみたいね)


 爆発魔法を普段使いしているフランには、すぐに爆発と飛翔体の関係が結びついた。彼女は爆発を利用して、石や木を遠くに飛ばす遊びを試みたことがある。


 そして実際、倒木のを利用してそれをした。うろの中に石を詰めて、反対側に爆発魔法を狙いうちして石を飛ばそうとしたのだ。

 この無謀な遊びの結果、木は耐えきれず破裂して破片を撒き散らし、飛んでいった石は隣村の納屋を粉砕した。

 怪物はきっとそれと同じことをしている。フランはそう感じていた。


 怪物の飛ばしているは、木板くらいなら簡単に貫通している。身動きは取れないようだが、こちらも決め手を持っていない。フランはこれ以上怪物を相手にするのを諦め、そそくさと逃げ出すことにした。


 気合を入れると、失神したカリウスを肩に担ぎ、彼女は勝手口に走った。

 裏手の通りにはマリオンが待っているはずだ。勝手口の戸を開けて、土塀に囲まれた狭い裏路地に回る。すると、地響きと共に目の前の土塀が膨れ、弾けた。


<ドドド、キュラキュラキュラ!>


 土塀の中から現れたのは、店の中でガレキに埋もれていた怪物だ。

 緑の怪物はまだフランたちのことを諦めていない。


「しつこいやつ!!」


 カリウスを担いだまま、開けた通りは避けて彼女は裏路地を逃げる。

 下手に通りに出たら、身を隠す場所がないからだ。


 彼女は怪物と正面から戦っても、まず勝ち目はないと悟っていた。爆発を伴う攻撃は、魔法の集中を中断させ、最悪失神させる。

 騎士と怪物の戦いの相性は、最悪と言っても良かった。


「どうなってる……」


 逃げるフランに、カリウスが問いかける。走って激しく揺さぶられ、さすがにカリウスも気がついたようだ。


「逃げてます! あれはムリ!」

「だろうな……おろしてくれ、自分で走れる」

「そうしてくれます?!」


 カリウスを下ろしたフランは、更に逃げるが、行き止まりに追い込まれる。

 3方を石壁に囲まれた完全な袋小路だ。

 魔法で爆破するにしても、距離を取るために道を戻らねば。が――

 

「げっ」

「クソッ、ここまでか……」


 左右の壁を砕きながら、地響きと共に怪物がその姿をあらわす。怪物はその頭部をまっすぐこちらに向け、棒は黒い点になった。


「カリウスさん、イチかバチかです。私の言う通りに――」

「……なるほど、やったことは無いが…この際だ」

「はい、合わせてください」


 袋小路にフランとカリウス。そして逃げ道を塞ぐようにしてこちらへ来る怪物。

 その体で押し潰すつもりなのか、真っすぐこちらに進んでくる。


 カリウスは何度も繰り返した手順をなぞり、手早く魔力を編み込んで形作る。


「シールド!!」


 彼は金色に光る盾を作り上げる。しかしそれは通常のものと少し様子が違った。

 通常、「シールド」は術者の真正面を塞ぐ、垂直に立った壁として現れる。


 だが、カリウスは膝立ちの姿勢をとり、垂直に立てるのではなく、地面に対して30度のごく浅い角度を取って展開したのだ。


 次に、それを見たフランが壁の裏で呪文を詠唱する。


「集いし力、逆巻く風となり弾けよ『デトネーション』!」


 彼女が唱えたのは、エクスプロージョンより上位の爆発魔法「デトネーション」だ。これは鉱山で岩盤の破壊などに使われる、より強力なものになる。


 しかしフランはその魔法を直接ぶつけることはしなかった。彼女は経験上、爆発は開放された状態ではそれほど威力を発揮しないことを知っていたからだ。

 爆発魔法は部屋の中など、閉所で威力を発揮する。

 そう、「狭い場所」に打ち込むべきなのだ。


 そしてその狭い場所は彼女目の前にあった、怪物の腹の下、足もとの空間だ。


 魔力の導線が奔っていくのを確認した彼女は、即座に光の壁の後ろに隠れる。カリウスに指示してシールドに角度をつけさせたのは、光の壁の隙間から魔法を狙った場所に打ち込むこと、次に壁に隠れて爆発をいなすこと、この二つの理由のためだった。


<ズドォォォォ!!!>


 凄まじい熱と光が生まれ、爆轟が響く。「デトネ―ション」による爆発は、こちらに進んでくる怪物を持ち上げ、きれいに真後ろにひっくり返した。


「ヨシッ!」

「ヨシじゃない!!!回りを見ろ!!!」


 怪物はひっくり返って頭が外れているが、デトネーションの余波で回りの土塀はもちろん、2軒となりの民家まで屋根と壁が吹き飛んでいた。


「民間資産だぞ」

「やむを得ない犠牲ということで、ここはひとつ」

「……まあ、もし裁判沙汰になったら、弁護はしてやるよ」

「うぅ……」


 フランの前でカエルのようにひっくり返っているM4シャーマン戦車。

 猛烈な爆発の衝撃によって、その内部に搭載されている機械や備品、それらの取り付けが外れ、焼け焦げた土の上にこぼれている。


 だが、そこに私達が知っている、本来あるべきものはなかった。


 そう、乗員の姿はどこにもなかった。

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