ミート&ミートの戦い(1)

 相棒のマリオンに乗ったフラン。

 彼女は小走りで訓練場の門柱をくぐると、左右を生け垣に囲まれたゆるい坂を駆け上って、目抜き通りに向かった。


 彼女の任務は情報収集と騎士の誘導。そして、個人的な目標はミート&ミートで糧食を調達することだ。遠くに爆発音が聞こえるというのに、けだるそうにしているマリオンの腹にフランは拍車を押し付けて、急かす。


 マリオンは本当にのんびりとした馬だ。

 肝が座っているといえば聞こえは良いのだが、のんきすぎるきらいがある。

 爆発に対する恐怖とか驚きと言ったものが、完全にマヒしているのだ。


 だがこれには、フランのせいもある。


 なにせ彼女は練習と称して、マリオンに乗ったまま、その目の前でボンボコ爆発を起こしている。そして、一応の安全管理はしている、マリオンは安全な爆発と、そうでない危険な爆発をちゃんと見抜けるようになった。


 他の馬と比べると、爆音に関してマリオンは肝が座っていた。

 だがしかし、坂を登りきって、通り近くの道に入ると、マリオンの耳がせわしなく動き始める。呑気な彼が珍しく緊張しているのだ。


 目抜き通りに入ると、彼の緊張の理由がフランにも理解できた。


「……これは、一体何があったの?」


 美しかった石畳はめくれ上がり、大小の穴がいくつも開いている。そして、街路の左右にある、漆喰仕上げの家々と商店は穴だらけになって、大きく崩壊した建物は、その中身を道の中央までこぼし、散らばらせていた。


「ミート&ミートは……ああ、そんな!」


 ここに来てフランはようやく自体の深刻さに気付く。

 街は崩壊し、彼女のお気に入りの店も穴だらけになっていた。


 にこやかに笑う、擬人化された豚のイラストが描かれていた、ファンシーな木の看板は真っ二つになって焼け焦げ、取れかけている。豚人の絵は炭で汚れ、さながら焼死体のようである。


「なんてひどいことを……」


 馬上で鞍にもたれかかるようにして嘆くフラン。


「ミート&ミートの限定サンドイッチは永遠に失われたというの」

「ヒヒン」


 主の嘆きに小さないななきで答えたマリオンだが、その顔はどことなくバカにしているようだった。そして、その時だった。


「シッ、馬から降りて中に隠れて!」

「えっ?!」 


 ガレキの山になっていた店の中から、人影が現れる。

 見慣れた顔だが、店主ではない。訓練場にいた騎士の一人だ。


「カリウスさん、何でこんなとこに? あ、お店に居るんだからサンドイッチか」

「あのね? 君と一緒にしないでよ、避難してるに決まってるでしょ」

「えっ」

「相変わらず、呑気なやつだなァ」


 フランのことを小馬鹿にしたような態度の騎士。

 もっとも、彼女の言動は小馬鹿にされても仕方がない。むっとして怒りを隠さないフランだが、カリウスはそれをさらっと受け流した。


「馬を奥へ。道を堂々と走ってたら、怪物に見つかるよ。運がいいね」

「あ、その怪物って何なんです?」

「アレは、うーん……なんとも説明し難いね」

「はぁ」


 ひとまずマリオンを店の奥にひっこめると、彼女はカリウスにロンメル団長が訓練場で待っていること、そして怪物の情報を求めていることを伝えた。


 すると彼は、出会った怪物とそれに出会って何が起きたのかを語り始めた。


「唐突に王城から爆音が聞こえて、それがだんだんと街の方に降りてきたんだ。で、手近な連中が十騎くらい集まって、隊伍を組んで止めようとしてね」

をした怪物を見たんですか?」


 崩れ、焼け焦げたミート&ミートの店内を見るフランにカリウスは頷く。


「ああ。王城から街道をつたってきた怪物は、緑色をした箱の上に、丸パンが乗ったみたいな形をしていた。奇妙だったのは、そいつ、足がないんだ」

「足がない、ですか?」

「ああ。それが奇妙なんだ。車輪がついているのに、それで走ってない」

「……よくわからないです。ただ、車輪が付いてるなら、すくなくとも普通の生物じゃなさそうですね」

「ああ、あれは魔法生物、ゴーレムなんかの類だろうな。中に人が居るとは思えない。多分空っぽだろう」


 フランは口元に手をやって考える。王城で行われていた、召喚魔法の研究。それがおそらくカリウスが出会ったという魔法生物を呼び出し、それのコントロールに失敗したのだろう。何とはた迷惑な。


「他の人達は?」

「わからない。最初の戦いでまるで歯が立たなくて、バラバラになって逃げた。何人か死んだのは見たけど、後はどうなったか……」

「歯が立たないって、怪物ってそんなに強いんですか?」

「ああ。『シールド』の多重詠唱で、直接の爆発は防げたが……とんでもない光と音で失神しかけた」

「なるほど……」


 「シールド」の魔法は、騎士の代名詞のようなものだ。

 この魔法は弓やクロスボウはもちろん、攻城兵器の直撃すら防ぐ防御魔法だ。

 

 騎士は「シールド」を唱えて金色の盾を掲げる、そして、誇りや勇気と共に敵陣に真正面から突撃して、これを粉砕するのが役目だった。


 シールドはただの魔法ではない。騎士の精神的な支柱でもある。

 そのシールドが防げない、通用しないというのは、爆発魔法を得意とするフランにも、多少なりともショックを与えた様子だった。


 そこまでカリウスの話を聞いていたフランは、唐突に目眩めまいを感じる。

 「ウッ」となった彼女が反射的に地面に触れると、彼女ではなく、地面の方が揺れているのがわかった。


「――カリウスさん、これって!」

「近いぞ、怪物だ!」


 先ほどまで締まりのない顔をしていたカリウスが、騎士の顔になり、手で彼女に「隠れろ」と指示をする。


 通りに面した方を向き、ガレキに身を隠すフラン。最初はわずかな振動だけだったが、それは次第に大きくなり、音が混じりだす。

 すると、ミート&ミートの軒先が崩れ落ち、それがあらわになった。


 緑色をした車体に、丸パンのような頭部(?)を乗せ、短い棒をつけた怪物が崩れかけたミート&ミートに体当たりをしかけてきたのだ。


 ガレキをその体躯に乗せながら、中を伺うように頭を左右に振る怪物。理由は分からないが、フランたちがこの廃墟の中に居ると怪物は最初からわかっているようだった。


 ミート&ミートをきしませながら、ジリジリと前に進んでくる怪物。フランは向かいのガレキに身を隠したカリウス見る。すると彼はコクリと頷いた。その目はやるしか無い。そう言っていた。


「隠れてやり過ごすってわけには……行かなそうかな」

「やるぞフラン。お前の爆発魔法がやっと役に立つ時が来たぞ」

「うう、初めての実戦が怪物ですかぁ……」


 魔力を練るフラン、すると怪物はクイッとそのをもたげ、真っ直ぐにフランの方を向き、直後、閃光がはしった――

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