大混乱

 城下にある街におどり出た戦車たちは、さっそく蹂躙を始めた。

 体当たりで民家を住人ごと押し潰し、何事かと様子を見に来た者たちを、兵士であろうと民間人であろうと、お構いなしに車体全面の機関銃でなぎ倒す。


 まさに一方的な殺戮さつりくだった。

 しかし、これに待ったをかける者たちがいた。


 ――騎士たちだ。


 魔法大臣によって今日に限り、騎士たちは王城の警備を外されていた。つまり、非番であったために、騎士たちは街の中に散っていた。

 その彼らが異常に気づき、この蛮行に立ち向かったのだ。


 騒ぎに気づいた騎士たちは、馬に乗ると手近にいたものたちと隊伍を組む。

 訓練の行き届いた彼ら騎士は、ロンメルの指示がなくても何をすべきかを知っている。


「正体不明のバケモノが住民を襲ってるって?」

「らしい、嫌な予感がしたんだ。大臣のやつがしくじったに違いない」

「卿、火事も起きてるぞ」

「クソッ、そことそこのお前、主門を開けに行け」

「勝手にそこまでして良いのか?」

「このままだと住民が火に巻かれる、避難が優先だ。団長だってそうする」

「承知した」

「俺たちはバケモノどもを足止めに行く」

「十騎に満たんぞ」

「わかってる。無理とおもったらすぐ引くぞ」


 非番ということもあって、騎士たちは十分な装備をしていない。身につけているのは胸甲だけだし、腰に下げているのは軍用剣のみだ。

 だが、彼らには魔法がある。それでなんとかするつもりなのだ。


「相手が何をしてくるか分からん。防御寄りで行くぞ」

「わかった、合わせよう」


 馬上で軽く打ち合わせをした彼ら騎士は、逃げる人々に逆らうように進む。

 目指しているのは王城につながっている大通りだ。


「なんだこりゃ?!」

「ひでぇな……」


 騎士がたどり着いてみると、市街はめちゃくちゃになっていた。家々は壁を崩され、ハラワタをこぼすように、中の家具や住人を散らばらせている。


「こりゃひでぇ」

「どことなく、フランが魔法を撃った跡に似ているような……」

「――見ろっ!」


 声を上げた騎士が指さした先に、緑色をした箱――シャーマン戦車が居た。

 戦車は騎士に気がついたのか、主砲の照準を彼らの中心に合わせる。


「なにかしてくるつもりだぞ、シールドを合わせろ!!」

「応! 多重詠唱!!」

「「光を織り成し、布帛ふはくとせん『シールド』!!」」


 騎士たちが呪文を詠唱すると、彼らの目の前に金色の光の壁が出来上がる。光の壁は半透明で、その壁を通して見る戦車の姿は、陽炎のように揺らめいていた。


 今までに聞いたこともない「ヴィィン」という気味悪い唸り声とともに、怪物の頭が動き、黒い点となった瞬間、カッと光る。


 刹那――とんでもない爆音が騎士たちの目の前で起きた。


「――ッ!?」


 これまで食らったことのない衝撃、そして音と光に、一瞬我を失う騎士たち。

 多重詠唱で展開した「シールド」は、クロスボウはもちろん、投槍機や投石機の一撃も容易に食い止める。しかし、音や光までは止められない。


 ショックにより、騎士たちは集中を失った。

 そのために光の壁は消え失せ、騎士たちは猛烈な熱気と煙に襲われた。


「ゲホッ! ゲホッ!!」

「うわあッ!!」


 パニックに陥ったのは騎士だけではない。彼らの乗騎もだ。

 馬は火がついたように暴れだし、ヤギのように後足を蹴って飛び跳ねる。


「どうどう!」

「こりゃ駄目だ!! 退くぞ!!」


 リーダー格の騎士が声を上げるが、回りの騎士は引く様子がない。

 つづけて怒鳴るが、やがて何が起きているのか理解する。


「……ッ」


 自分の方を向いている騎士、彼の口が動いているのに、その声は全く聞こえないことにようやく彼は気付いたのだ。


(クソッ! あの音のせいで、みんな耳がバカになってるんだ!)


 彼は怪物のいる方向とは反対側の方を指差した。すると、それを見た周りの騎士たちが首肯する。騎士たちは足止めすら諦め、逃げに徹した。


 しかし、半分の騎士は馬に振り落とされていた。運良く裏路地に逃げ込めた者も居るが、そうでない者は、空を切って飛ぶ、見えない何かの餌食になった。


(怪物め……前もって逃げると打ち合わせしてなかったら、全滅していた)


★★★


「なんか、スゴイ騒ぎになってません?」


 怪物が放った爆発音は、遠雷のような音となって、石の壁に囲まれた広場――

 訓練場にいたフランとロンメルにも届いていた。

 分厚い石の壁越しでも、とんでもない混乱が起きているのをヒリヒリと感じる。


「ああ、妙だな。これはまさか……」

「召喚で何かやらかした?」

「その可能性が高いな。情報だ、何が起きているのか、情報が欲しい」

「見に行きましょうか?」

「ああ。私はここを本部としよう。騎士達は、私がお前の居残りに付き合って、ここに居るのを知っているはずだから、動くことができん」


 ロンメルの推測は正しかった。最初に接敵して怪物から逃げ出した騎士たちは、ほうほうの体で逃げ出し、訓練場を目指して集まっていた。


「じゃあ行ってきますね」


 そう言ってフランはマリオンにまたがる。すると、考え込む様子をしていたロンメルが、彼女に向かって口を開いた。


「情報もそうだが、道すがらに騎士にあったら、私がここにいることを伝えろ。まずはここに騎士たちを集合させるのを優先する」

「了解です」

「妙な怪物に出会っても、うかつに手を出すなよ」

「はーい」


(やっと抜け出せた。こっそり「ミート&ミート」に寄ろうっと)


 まだ状況の深刻さに気付いていないフランは、マリオンを走らせながら、そんな呑気なことすら考えていた。しかし、彼女が向かうミート&ミートは、騎士たちが蹴散らされた、あの目抜き通りにあったのだ――

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