ナイツ・オブ・タンク ~女騎士が戦車とガチバトル。第二次大戦の戦車と剣と魔法で戦います~
ねくろん@カクヨム
召喚
石壁で囲まれた広場に、甲冑を着込んだ者たちが馬にまたがり並んでいる。
彼らは騎士だ。馬にまたがり、甲冑を身にまとい、戦場をかける存在。
騎士たちは十数メートル先にあるカカシを前にして、微動だにしていない。
カカシは兵士を見立てているのか、木のバケツを
この場には何か、ぴりりと張り詰めたような空気が漂っている。すると、立ち並ぶ騎士たちの前を馬に乗って横切る者がいた。ひときわ豪華な鎧に、兜に羽飾りをつけた壮年の騎士。彼は整然と並ぶ騎士に向かって、声を張り上げた。
「次、フラン!」
「はい!」
フランと呼ばれた騎士が、鉄靴で馬の腹を叩き、列より前に出る。
金髪に近い赤毛をして、まだ少女の面影が残っている、小柄な女騎士。その鎧は周囲の騎士と比較しても、少々みすぼらしい。
「よし、訓練の成果を見せてみろ」
「はい! ロンメル団長!」
馬上の女騎士、フランは手に何も武器を持っていない。槍はおろか、剣すらない。いや、剣は腰にある。しかし、彼女はそれを抜かない。
兵士に見立てられ、木の桶をかぶったカカシ。それに向かって、フランは武器のない手をかざした。そして――
「イクスプロージョン!!」
フランがその言葉を発すると、緋色の光が彼女の手に集まり、一筋の光の筋となってカカシに放たれた。そして一呼吸に満たない間をおいて、カカシは轟音とともに爆炎に包まれ、跡形もなく粉微塵に吹き飛んだ。
<ズガアアアアアッ!>
フランが放った爆炎の高さは、広場を囲んでいる石壁の倍以上あった。圧倒的爆発によって生まれた熱気は広場を包み込み、真夏のようになる。
「ふっふー! 見たか、この威力!!」
「ふっふーじゃない、勝ち誇っとる場合か!!!」
フランは側に居たロンメル団長に、ガツンとヘルメットの上から殴られた。彼の顔は憤怒で真っ赤になっている。
「
ヘルメットを貫通した拳の衝撃にフランは悶絶するが、それでもロンメルは怒り収まらぬ様子で、その手を振り回して叫ぶ。
「見ろ!!」
先ほどまで、まるで見えない箱に詰めこまれたように、整然と並んだ騎士の列。それがメチャクチャになっていた。馬はてんでバラバラの方向を向き、立ち上がってはいななき、騎士を振り落とそうとしている馬すらいる。
彼女の乗騎、マリオンは平然そのものだが、他の馬は先ほどの爆発で怖気づき、完全なパニック状態に陥っていたのだ。
「お前が練習したというから……前より爆発力が上がってるじゃないか!!」
「だから、練習したんじゃないですか!」
「ワシが練習しろといったのは、威力を抑えろ、制御しろという意味だ!!」
「ああ、なるほど!」
「うう、胃が痛くなってきた……頭もだ」
「団長も歳ですか」
「お前のせいだ、お、ま、え、の!」
ロンメルは大きくため息をついて、彼女を諭す。
「爆発魔法しか使えん騎士があるか……その威力と、頑張りは認めるがな」
「でしょう? 頑張ったんです!」
「頑張る方向がまるで違うがな」
「うぅ……」
「ともかく、これでは訓練にならん。解散だな。お前を最後にしてよかった」
ロンメル団長は騎士たちに指示を飛ばし、彼らと馬をあるべき場所に戻させる。しかし、フランだけはその場に残された。つまり、居残りだ。
「魔力の制御はワシの専門分野だ、論文まで書いてるんだぞ? そのワシの部下で魔力の制御ができないもんが居てたまるか」というのがロンメルの弁だった。
もっともフランにとって、これはありがた迷惑だった。
彼女としてはさっさと兵営に帰って、城下街にある「ミート&ミート」のパイで腹を温めたかったのだ。だが、居残りとなってはそうもいかない。
冷めた干し肉とパンで、食事のための食事をすることになるのは明らかだった。
「マリオンは平気なんですよ?」
「そりゃそうだろう。お前の爆発を毎朝毎晩見てるから、慣れきっとるんだ」
フランの相棒の乗騎、マリオンは先ほどの爆発もどこ吹く風で、今もボンボコ爆発音がしているというのに、のんきにあくびすらしていた。
「でも、私なんかにつきっきりで良いんですか? 団長って忙しいんじゃ」
「ところが今日はヒマでな。城内の警備の予定がない」
「ついにクビですか」
「殴るぞ」
さらに大きなため息をつくロンメル。そのうち団長の中身が全部吐き出されてしまうのではと、ため息の原因であるフランは心配していた。
「なんでも……魔法大臣が重要な召喚術の研究をするとかで、警備が大臣が子飼いにしている親衛隊に限られとる」
「はー、召喚って何を?」
「それが全くわからん。」
「人払いしての召喚の研究……
「滅多なことをいうもんじゃない」
「はぁ」
「精鋭中の精鋭、親衛隊が警備してるから、大抵の悪魔を呼び出してもなんとかなるだろうが……まあ気にしても仕方がない。練習練習」
「はーい」
★★★
城の中では、石床の上に名状しがたく緻密な魔法陣が屍蝋によって描かれ、それを魔術師たちが取り囲んでいた。
彼らは不明瞭でリズムもデタラメな言葉を重奏し、何かの儀式を執り行っていた。それを満足気に見つめる男が一人。
彼はこの国の魔法大臣、パットンという男だ。
近くに控えていた黒ローブの魔術師に、パットンは何事かを話しかける。
「この魔方陣で最強の心なき兵士たちを呼び出せるのだな?」
「ハッ。閣下の理論を我々で取りまとめました。必ずや……」
「ふむ、そうなれば騎士なぞもはや不要。我が国は最強の魔法国家となるな」
「左様にございます」
今回の召喚魔法の実験で、騎士たちを護衛に使わなかったのはそれも理由の一つだった。彼は今回の召喚実験で、あることを目的としていた。
鉄だけで出来た、命なき兵たちを呼び出し、それを従えること。
それが大臣の目的だった。
彼には野望があった。魔法大臣にまで上り詰めたのも、自身の研究を私利私欲のために使うことにあった。心なき兵士ならば、自分の思うようにその力を振るわせることができる。そうすれば、この王国すら我が物にできる。
野望の実現が近いことに、大臣はほくそ笑み、呪文に耳をそばだてた。
このメロディーが終わる時、それが我が王国の始まりとなる。
<シャーマンシャーマン、タイガータイガー、ルクス、テトラーク、ラーテラーテ>
「全く奇妙な呪文だ……」
「そろそろですな……来ますぞ閣下!!」
まず起きたのは小さな地響き。
次に、魔法陣から漆黒の魔力の奔流が現れ、濃霧となって部屋を満たした。
「ムムッ!!」
目に見えるほどの濃密な魔力が、部屋に立ち込める。
漆黒の霧が晴れた時、魔法陣の上、そこに現れていたのは――
「箱…緑の箱?」
魔法陣の中に現れたのは――不細工な鉄の塊。
緑色の箱は奇妙な台形をしていて、表面にまるで役目の分からない多数の突起や小さな箱が付いている。
そして箱の上には、丸パンを押しつぶしたような形のものが載っていた。それには長い棒が生えていて、先端をみると、穴があいているのが見える。
「何だこれは……? か、閣下?」
「ふむ、サバンナに住む動物で、似たようなものを知っている。あのパンのような形をした部分から伸びるもの、あれは鼻のようだな」
「流石閣下……これは鉄の獣ですか」
「うむ、ほれみろ」
鉄の箱は、まるで生き物のように動き、大臣にその長い鼻を向けた。
「鼻を向けるのは興味を示した証、親愛を示す行為だ」
「なるほど」
せせら笑う大臣。が、次の瞬間、彼はその肉体を細切れにされた。
「鼻」からオレンジ色の閃光が走り、そこから出てきた何かが、大臣と魔術師たちをひき肉にしたのだ。そして部屋の中に満ちる絶叫と混乱。
緑の箱は唸りを上げ、雷のような音を箱の前から発する。すると、何が起きたのかわからないまま、親衛隊の兵士たちは体から血を吹き出して倒れた。
「呪いか?!」
「悪魔、悪魔だ……!」
バタバタとなぎ倒される親衛隊を見た魔術師たちは、競うように逃げ出す。緑の箱はそんな彼らの背中を、一切の慈悲もためらいもなく穴だらけにした。
彼らが召喚したのは戦車だった。大臣が鼻と思ったのは主砲だったのだ。
彼らには知る由もないが、この緑の箱は別の世界で「M4A2シャーマン戦車」と呼ばれているものだった。二度目の世界大戦で勝利に貢献し、偉大なる凡作とよばれた戦車だ。しかし、その戦車がなぜここに?
シャーマン戦車は背部から白い煙を吹き出すと、騒々しくガラガラとがなり立てて前に進む。そして、穴だらけの死体を踏みしだき床に広げると、魔法陣を血で塗り固めた。
すると、魔法陣に変化が現れる。
光の輪が生まれると、それが広がり、光の中から次から次へと戦車が出てきた。
鋼鉄製の戦車たちは、部屋の壁を物ともせずに突進し、それを破壊する。
そして、城の外、街へと向かっていった。
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