第5話「国境の街ボンスン」
オウリュウ国の東端の街、ボンスン。
東に広がるセイリュウ国との境となる街。親密な関係の2国間には簡素な関所があるだけで、人も物の流れも特段制限されてはいなかった。歴史的に見ても強固な共存関係が確立されており、ボンスンはオウリュウ国の東側の窓口として、セイリュウ国や東海の果てにある秋津国からの物流で栄えた街だった。
夕刻過ぎ、ボンスンの町外れ。
息を切らせ力車を引く若い男が1人。全身汗まみれで何事かぶつぶつと文句を言いながら、彼は山道から滑り降りるように街道へ飛び出してきた。
「どうじゃ! 何とか間に合ったぞ! この儂の力を思い知ったか!」
疲労感を無理矢理叫んで吹き飛ばしながら、金蛇屋藤兵衛は力車の中に向かって怒鳴るように話しかけた。その声に反応しひょいと首だけ出したレイは、鼻をほじりながら緊張感のない声で吐き捨てた。
「けっ。やりゃできるじゃねえか。ま、俺だったら昼過ぎには着いてたけどよ」
「ならやってみせい! この道筋以外で、今日中にボンスンに到達するは絶対に不可能じゃ! 東大陸の道という道を知るこの儂が断言しようぞ!」
「ふふ。流石は藤兵衛です。本当に助かりました。しかし……思い返しても本当に凄い道でした。よくあんな険しく入り組んだ獣道まで知っていますね」
シャーロットがレイを押し退けるように、青白い顔に穏やかな微笑を浮かべて力車から顔を覗かせた。藤兵衛は道端にへたりこみながらキセルに火を付けると、曲げた口の端から煙を吐き出し、細い目を垂らして得意げに言い放った。
「おお、やはり儂の味方はシャーロットだけじゃて。今日使った道は、いわゆる旧街道というやつでの。現在の主流たる新街道は、利用者の純粋な利便の為に作られた訳ではないのじゃ。物流や人の流れを操作し、関わった者の利益の為だけに、本来在るべき姿から捻じ曲げ作られておる。一見すると真っ直ぐに見えるが、その実は複雑に曲がりくねっておるのよ。地元住民の生活道である旧街道が実際は一番便利で早いのじゃ。作った本人が言うのだから間違いないわい」
「それにしても地図もなく、よくもあんな複雑な道を迷わず進めるものです。レイなら元の場所に戻ってしまいそうなものですけど」
「お、お嬢様! そりゃ言い過ぎですぜ! 俺だってあんなもん……」
「グワッハッハッハ! そうじゃろうそうじゃろう。此奴の知能は蟻にも劣るという訳じゃな」
「チョーシ乗ってんじゃねえ! このクソが!」
「グェポ!!」
力車の窓から長い足が痛烈に藤兵衛の後頭部を薙ぎ払った。突然の衝撃にうずくまる藤兵衛だったが、そんなことを気にもせずレイは尊大に、それでいて微かな焦りの色を顔に滲ませながら言い放った。
「ほれ、ちゃっちゃと宿まで進めや。今回ばかりは急ぎなんだ。今のお嬢様には“儀式”が必要だ。夜まで時間はねえぞ」
ぽつりぽつりと街の中央通りを進む藤兵衛たち。賑やかな人の波が彼らを包む。商人、武人、農民、様々な職業の人々が通り過ぎて行った。シャーロットは興味深そうに彼らをきょろきょろと眺め、感嘆しきった様子で尋ねた。
「まあ。人がいっぱいです。ロンシャンもそうでしたが、世界にはこんなにたくさんの人が住んでいるのですね」
「ふむ。帝都は勿論じゃが、この街はちと特別じゃて。オウリュウとセイリュウとの協定の要じゃからな。緊密な関係の同盟国同士、行き交う人々も自然と多くなるのじゃ。儂も昔はこうやって、足を使い各地を渡り歩いたものよ」
「へえ、てめえが? 意外なもんだな。クソ商人の親玉なんざ、エラそうに店でふんぞり返ってるだけかと思ったよ」
「ホッホッホ。確かにそうした類の者もあろうて。じゃが、そんな無能はいずれ必ず姿を消していくわい。大切なのは現場じゃ。現場を知らねば指示は出来ん。指示がなければ方針が定まらん。方針が縒れれば計画が立たん。計画が見えねば経営は破綻する。商売とは得てしてそうしたものよ」
藤兵衛がさらりと言い放った言葉に、シャーロットは心から感心したように手を叩き、にっこりと美しく微笑んだ。
「ふふ。さすがは帝都一の商人ですね。実に深い含蓄があります。私たちも見習わなければなりませんね、レイ」
(けっ。テキトーなこと言いやがってよ)
和気藹々と話し込む2人に対して、レイは黙って力車の中でそっぽを向いた。だがその時急に力車が止まり、レイはガツンと角の柱に頭をぶつけた。
「んだてめえ! 急に止まるんじゃねえ! 殺されてえのか!」
「ふん! 何かにつけて文句ばかり言いおって、誠に小煩き羽虫じゃて! ほれ、お望みの宿じゃぞ。儂はもう限界じゃ。少しだけ休ませい」
そう叫び宿の前でへたり込む藤兵衛。窓から首を出して心配そうに見つめるシャーロット。面倒そうに頭を掻きながら宿の中に入るレイ。
「大丈夫ですか、藤兵衛? 今レイが宿泊が出来るか聞きに行っていますから、じきにゆっくり休めますよ」
「なあに、儂なら問題ないわ。殺しても死なぬ不死身の蛇が渾名じゃからのう。貴様は自分の心配だけしておけい」
「……すみません。私たちのために、貴方に無理をさせてしまいまして。本当に申し訳ありません」
「だから問題ないと言うておろう! 貴様は儂の嫁か! そもそも貴様は……いつもいつも人の心配ばかりしおって! 偶には自身を思いやれい! 病か呪いか知らぬが、死んだら元も子もなかろうが! 貴様に死なれたら儂も死ぬ、つまりは大損じゃ! 儂は損だけは大嫌いなのじゃ!」
藤兵衛の言葉にぽかんとしながらも、やがてくすりとシャーロットは笑った。消え入りそうな青白い顔色に反して、太陽のような明るく美しい微笑みだった。藤兵衛はふんと顔を逸らし、キセルに火を付けて深々と煙を吐き出した。
「貴方の仰る通りです。私はまだ死ねません。私には成すべきことがあります。いつも感謝しておりますよ、藤兵衛」
「ふん。形を伴わぬ言葉など不要じゃ。……!? そう言えば給金も貰っておらぬぞ。まさかこの儂を無料でこき使うつもりではなかろうな?」
「申し訳ありません。お支払いしたい気持ちはあるのですが、なにぶん私はお金というものの持ち合わせがありませんから」
場に一瞬の沈黙が流れた。藤兵衛は脳内で今の彼女の言葉を反芻し整理すると、彼にしては実に珍しく遠慮がちに、彼女の目の奥を見つめながらおずおずと尋ねた。
「ひ、一つ質問なのじゃが、そういう話ならば……今日の宿代はどうするつもりなのじゃ?」
「さあ。私は存じ上げません。その辺は全てレイに任せてありますので。……ふふ、そんなこと言ってたら戻って来ましたよ。いつもながら勘のよいことですね」
(嘘をついておらぬ! やはり……此奴は本物の狂人じゃ。危うく心を許すところであった。今迄以上に引き締めていかねばならぬ)
嬉しそうにレイに手を振るシャーロットを見て、藤兵衛はこの旅が始まってから何度目か分からぬ、深い深いため息をついた。
一行が通されたのは、この上なく質素な部屋だった。質素と言うよりかは、はっきり言って家具など何もない、布団しかないわびしい部屋だった。3人では肌が擦り寄るほど狭く、すきま風が四方から吹き荒び、虫の声が極めて身近で聞こえる、あまりにもくたびれきった部屋だった。
「な、何じゃこの部屋は! こんな部屋に泊まらざるを得んとは、げに貧乏人とは辛いものじゃのう。まあ何を言うても仕方あるまい。我慢するしかなかろうて。おい、そこの虫や。茶でも汲んで参れ」
「あ? 勘違いしてんじゃねえぞ。泊まるのは俺とお嬢様だけだ。てめえは外で野宿だ。もう慣れたもんだろ?」
どかりと部屋の隅に座り込んだ藤兵衛に、レイは親指を下に突き付けて侮蔑の視線を向けた。当然の如く即座に怒り心頭となった彼は、蒸気した顔をぶつかる程に近付けてレイに食ってかかった。
「ふ、ふざけるでないわ! 何故儂だけ外なのじゃ! この儂を誰と心得……ゴュン!!」
「ったく、いちいちうるせえなあ。いいか、俺らの予算は全員で1泊1万銭。それ以上はケツの毛ぬかれても出ねえからよ」
藤兵衛の腹部を蹴り飛ばしつつ、気だるそうにレイは吐き捨てた。だがそれを聞くと、藤兵衛は苦しみ悶えつつも顔色を変えて考え込んだ。
「この部屋が1万? それも2人でか? ふむ……成る程。そういう話かの。立地的に見てグィン組の息が掛かった宿か。中々にやってくれるのう」
「うるせえ! 宿の奴にそう言われたんだからしゃあねえだろ。もうこの辺は他に宿がねえんだと。文句あるならてめえで金払うか、宿に直接に言いやがれ!」
「うむ、勿論じゃ。金の持ち合わせは無い故、貴様の言う通り宿主に直接掛け合うとしようぞ。暫し待つがよい。一応確認するがの、料金が予算内で済めば、儂も宿で休める。逆に言えば、宿泊代が1万銭で済むならば、細かな使い道は儂に委ねられる。それで構わぬな?」
「へっ。ゴチャゴチャうるせえな。んなことが出来るもんなら……っておい! ったく、本当に行っちまったぜ。いつもいつもムダに行動早えクソだな」
レイが振り向いた時には既に藤兵衛の姿はなく、激しい足音と低いダミ声が宿内にこだましていた。シャーロットは心から可笑しそうに微笑み、優しい視線を扉の先へと向けた。
「本当にあの方は、お金のことになると凄い行動力ですね。あれが一流の商人というものなのでしょうか」
「んなエラそうなもんじゃないですよ。ただの銭ゲバ野郎ってやつで。ま、それくれえしか取り柄なさそうですから、テキトーにやらせとけばいいんでは?」
心底の呆れ顔でレイは肩をすくめたが、シャーロットは表情をこわばめて、突き刺すような視線を向けた。
「……レイ。貴女がどう思っているかは知りませんが、私は彼のことを買っています。闇力こそ未熟ですが、彼は人の世界を知り尽くし、人を操る能力に特化した逸物です。旅の間、至る所でその噂は聞いたでしょう?」
「たしかに……東大陸はもちろん、西大陸においてもあのクソの名前を知らねえやつはいませんでしたね。商売敵からの評価はクソミソでしたが、金蛇屋の連中や関係者からは狂信に近い圧倒的な支持を集めてやがる。あんなクソのために喜んで死ねるとかほざく、イカれたやつらも少なからずいましたからね。俺にゃまったく理解できませんが」
「彼は私たちに無いものを、私たちの旅に必要な要素を、過剰なほどに持ち合わせている。そのことだけは事実です。私たちの使命を果たすには、人の世に溶け込み、世界の協力を仰がねばなりません。貴女も彼と協力なさい、レイ。『楔』に到達するには、彼の尽力が必要不可欠なのですから」
「……ご命令とあらば。ただお嬢様と違って、俺はあのクソをいっさい信用しませんがね。そんなことより、まずはお嬢様は休息を。このままじゃいつお倒れになるかわかりませんからね」
「ええ。多分2週間もあれば多少は回復すると思います。私は貴女を信頼していますよ、レイ。どうぞよしなに」
「へっ。よしてくださいよ。そんなん今さらでしょうが。俺は、俺が決めたことをやるだけです。なんも心配いらねえんで、とにかくゆっくり休んでくださいや」
「ふふ。本当にありがとう、レイ。貴女にはいつも助けられてますね。あの時からずっと……」
「……そうですね。思えば長かったぜ。もうあれから8年か」
2人の間に、感傷にも近い暖かくも儚い感覚が共有された。しんみりとした雰囲気が流れる中、ふとシャーロットが思い出したように口を開いた、丁度その時だった。
「グワッハッハッハ! おい、貴様ら平伏せい! 儂の力で大幅に値切ってやったわい! 部屋も最上級じゃぞ! これでようやく布団で眠れるのう!」
「……だ、そうですぜ。やれやれ、せっかくうるせえのがいなくなると思ったのによ。めんどくせえなあ」
「な、何じゃその言い草は! 3人で1晩8000銭じゃぞ! 破格の値段じゃろうて!」
「……驚きました。ほぼ半額ではないですか。一体どのようにしたら、そんな奇跡的な事が可能なのですか?」
「ケッヒョッヒョ! 儂にかかれば容易きことじゃて。この街の宿主たちは皆、物流を取り仕切る金蛇屋の“仲間”じゃからのう。決して知られたくない事の1つや2つ、誰しもに存在する暗き恥部を、たまたま儂が知っておっただけじゃて。具体的に言えば、ここの宿主は着古した下着にしか……」
「なにぬかしてやがる! お嬢様にくだらねえこと話してんじゃねえ!」
「グェポ!!」
夜が訪れた。しんと静まる深い夜。張り詰めた空気のない、久々の夜。藤兵衛たちは男女で別の部屋に別れ、ゆっくりと時間を過ごしていた。藤兵衛は何処ぞから調達した酒をゆっくりと口に含みながら、垂れた目を優雅に細め、外から響く鈴虫の鳴き声に耳を澄ましていた。
そんな彼の部屋の扉を、いきなり強引にこじ開けるレイの姿があった。彼は心底不快そうに視線だけちらりと向けると、再びグラスを口に運んだ。
「何じゃ、晩になっても騒々しい虫じゃの。儂に夜這いでもしに来たのならお断りじゃぞ?」
「ああ! てめえと寝るなんざ死んでもごめんだぜ。ちと伝えてえことがあっただけだ。終わったらすぐ帰るぜ」
「気が合うではないか。儂とて生涯に渡る屈辱の極みになるじゃろうて。用があるならさっさと済ませるがよい。久々の酒が不味くなるわ」
「あ! てめえいつの間に酒なんて……だまってりゃ好き勝手やりやがって! このクソが!」
「ふん。自由時間をどうしようが儂の勝手じゃろうが。ほれ、頭を垂れるなら一杯くれてやろうぞ。ここオウリュウの麦酒は天下一じゃて」
レイは反射的にごくんと喉を鳴らし、いつもなら怒鳴り叫ぶ藤兵衛の言い草にも反応せずにいた。藤兵衛は垂れた目尻を更に下げ、この“戦い”に勝機を見出した。
「う、うるせえ! てめえに頭下げるなんざ……」
「冗談じゃ。ほれ、そこに座れい。あれだけの料理上手じゃ。“これ”も当然好きであろう?」
そう言って返事も聞かず、もう一つのグラスに酒を注ぐ藤兵衛。レイは再び大きく喉を鳴らしてから、ふっと嬉しそうに表情を崩して受け取った。それはささやかながらも、彼に対して始めて向けられた好意的な笑顔であった。その整った顔が柔らかく変化していく様を見て、藤兵衛もにやりと不敵に微笑み、静かに軽くグラスを合わせた。
「……こりゃ美味えや。さらっとした口当たりだが、後からしっかり麦の味がしやがる。俺の知ってる酒とはかなりちげえな。麦自体が息をしてるみてえだぜ」
「ほう。流石じゃな。貴様の人格的な部分はさておき、やはり食については紛れも無い玄人じゃの。西の麦ではこの味は出せん。オウリュウ特産の二条大麦を使わんとの。今飲んでおるのも十分美味いが、いつか金蛇屋酒造の特級酒も飲ませてやりたいものよ。普段は王族や坊主どもにしか流通しておらぬが、儂が時間をかけて一から設計した自慢の逸品じゃて」
「へえ。そりゃ楽しみだな。てめえもクソ中のクソだが、舌だけは認めてやるぜ。旅の最中はなかなか飲めなくてよ。こうしてお嬢様が結界を張ってる最中は、闇の眷属は近寄ることも認知することすらできねえからな」
部屋の隅に腰を下ろし、微かに頬を赤らめてレイは言った。藤兵衛もレイに向かってどかりと座り込むと、考え込むように慎重に言葉を発した。
「よく原理は分からぬが、戦わずに済むのは重畳じゃて。いやあ、何という開放感じゃ。久々によく寝れそうじゃわい。しかしの……そんな便利な方法ならば、最初から使いまくればよかろうて。何か理由があるのかの?」
「その通りだ。こりゃな、ある意味じゃ最終手段なんだよ。お嬢様には敵が多い。てめえみてえな新入りには想像もつかねえだろうがな。結界を張っている間、お嬢様は移動も術も使えねえ無防備な状態になる。その意味はわかんだろ?」
「……つまり、万が一襲われたら手も足も出ない訳じゃな。現在の状態自体が危険であると、そういう認識でよいか?」
「ふん。まんざら間違ってもねえな。だから俺もてめえも、闇力抑えて静かに過ごす。それが今の俺らに唯一できるこった。ま、金のことも含めて後は俺に任せて、てめえはちっと休んでろや」
レイは深くため息をついて、ごろりと横になって天井を眺めた。憂鬱げに佇むレイに、藤兵衛はグラスに残った酒を飲み干しながら尋ねた。
「金じゃと? 路銀を調達するのかの? 儂に手伝える事なら手伝おうぞ」
「あ? 珍しく素直じゃねえか。ま、でもいいさ。お嬢様から直々に、てめえにムチャさせんなって言われててよ。ちっと路銀が不足しててな。こういう時に稼いどかねえと、後で素寒貧になっちまうぜ」
「成る程。世界を救う旅とやらにも金が要るとはの。何とも皮肉な話じゃな。ふむ。そこまで言うなら儂は静観していようぞ。最低限の警護は任せい」
「へっ。てめえじゃ頼りになんねえけどな。おい、それ瓶ごとくれや。てめえの代わりに働くんだ。最後の一本くれえもらってもいいだろ?」
答えを聞く前に、レイは藤兵衛から瓶を掻っ攫った。その際の不自然な力の入り方、一瞬だけ浮かんだ彼の焦りの表情を、レイは決して見逃さなかった。今までの弛緩した表情から打って変わり、鋭い獣の視線がジロリと瓶の周囲に注がれた。至って平静に見える藤兵衛の額から、濃縮された汗が一滴顔を伝った。
「……おい、この値段はなんだ? 1本1000銭、3本で3000銭だと!? こんな大金どこから調達しやがった!」
「そ、それはじゃな。無論、儂の懐からじゃて。儂を誰と心得るか? 天下の大商人、金蛇屋藤兵衛その人ぞ!」
「おい。てめえ言ったよな? 持ち合わせがねえとかなんとか。なのにこりゃどういうことだ? あ?」
「き、決まっておろう。商人は決して懐の底を見せぬものよ。儂の隠し財産は優に億を超え……」
レイと藤兵衛の視線が激しくぶつかり合ったその時、部屋の扉が控えめに叩かれた。2人の言い争いに隠れ、その声は静かに、だがはっきりと部屋の中に響き渡った。
「も、もし……金蛇屋の社員の御方。部屋代の領収書をお持ちしました。確かに3名様一泊で5000銭、これ以上はどうかご勘弁下さい」
「……だ、そうだ。なにか言い返すことあっか?」
「ふむ。……今日のところは儂の負けじゃな。さ、それでは寝るとするか。明日からよく働くが良いぞ」
「それで済むか! この横領野郎が!」
「グェポ!!」
レイの拳が藤兵衛の腹部に貫かんばかりに撃ち抜いた。遠ざかる意識の中で、彼は確かに声を聞いた。憎々しい言い方で、怒りと苛立ちを込めたレイの吐き捨てる様な声を。
「ったく、油断も隙もねえクソ野郎が! お嬢様がどう言おうが、もう許しゃしねえ! てめえが働けよ! 今日んとこはよく寝とけ! 明日の朝は早えからな!」
藤兵衛の全身を、とんでもなく嫌な予感が駆け抜いた。だが疲れ果てた彼の脳は、神経は、筋肉は安息を求め、血流の酒に包まれて緩やかな泥の中に沈んでいった。
(……まあよいわ。如何なる仕事かは知らぬが、あの忌まわしき化物共と闘うより酷いことにはなるまいて。金を稼ぐは儂の本業じゃからな。さて、このまま大人しく寝るとするか)
しかし藤兵衛はすぐに思い知ることとなる。自分の見込みの甘さと、レイの果てしない底意地の悪さを。だがそれを知った時は、世の中のあらゆる概念がそうであるように、もう何もかもが遅すぎたのだ。
「おい新入り! いつまでへばってやがる! もう休憩は終わりだぞ!」
突き刺すような秋の日差しの中、激しい怒声が降り注がれた。シャベルを持つ手の中で血豆が破れ、押し寄せ続ける痛みは増す一方だった。地べたにへたり込んで束の間の休憩を取っていた藤兵衛は、何とか身体を奮い起こして、いつ終わるとも知れぬ労働に再び戻った。
(くそ! 何たる奸計じゃ! この儂が斯様な目に合わせられるとは……)
朝一からレイに強制的に連れられた先は、街外れの道路工事現場だった。屈強な坑夫たちが汗水垂らして働き続ける現場に、色白の貧弱な若い男が叩き込まれたのだ。レイは現場監督らしき男の前に肌着一枚の藤兵衛を投げ捨てると、彼の尻を蹴り飛ばしながら吐き捨てた。
「話してあったのはこいつだ。死んでもかまわねえから、いくらでも働かせてくれや」
「ふ、ふざけるでない! 何故儂だけが働かねばならんのじゃ! 確かに昨日の件は儂が悪かったが、せめて貴様も働くのが道理であろうが!」
「しゃあねえだろ。誰かお嬢様を守らなけりゃなんねえんだ。それともてめえ、俺より適任だってのか? いざって時に連中と戦ってくれんのか? あ?」
「そ、それはそうじゃが……せめてもっと……」
「ガタガタぬかすんじゃねえ! さっさと稼いでこいや! 逃げたら全身の骨を粉々にしてやるからな! メシだけは用意してやるからありがたく思え!」
炎天下での作業、過酷な労働に晒された1日は極めて長い。体力も気力もごっそり削ぎ落とされ、藤兵衛はただひたすら目の前の作業に没頭せざるを得なかった。骨身に染みる陽の光と労働の反動。藤兵衛は全霊でレイを呪いながらも、頭の奥の冷静な部分で思考し続けていた。
(しかし……さっきから黙って見ていれば、何なのじゃこの工事は! 如何なる計画も思想も存在せぬわ。これでは労働の意味も纏まりもなかろう。凡そ仕事と呼べる水準の作業ではないわ! ……ええい、いかんぞ。今の儂は単なる一労働者じゃ。昔を思い出せい。作業中は何も考えるでない。今はただ端金の為に1日を切り抜けるだけじゃわい)
「そこのゴミ! また遅れてるぞ! しっかりやりやがれ!」
「タゥア!!」
現場監督の鞭が乾いた音を立てて、藤兵衛の元へと飛んでいった。既に何状もの跡が、藤兵衛の半裸の背中に刻まれていた。激しい痛みを必死で堪えながら、彼の中に渦巻く負の意思はただ一点、憎きほレイの元へと集中していった。
(低能な虫めが! この屈辱は必ず返してやるわ! じゃが……それにしても体が重いのう。こんな事は旅を始めてから一度も無かったわ。儂は一体どうしたというのじゃ?)
藤兵衛は滝のように流れる汗を拭いながら、無言で心中に呟いた。だが長い1日はまだまだ終わりそうもなかった。怒声と鞭が鳴り響く中、金蛇屋藤兵衛の過酷な労働は続いていった。
「……今戻ったぞ。すぐに飯にせい。このままでは飢え死にじゃて」
藤兵衛の弱々しい声が、更けた夜の静まり返った宿の部屋内にしんと響いた。だが誰も応ずるものはなく、レイの高いびきだけが轟々と奥の間から聞こえてくるだけだった。
(な、何という態度じゃ! ええい、こんな事などやっておれぬ! 今すぐ虫めを成敗し、儂の恨みを晴らしてやらん!)
その意思が藤兵衛の身体に伝わるや否や、何かを察知しぴくりと動き出すレイ。慌てて腕を引っ込めた彼に、レイはいかにも面倒くさそうに乱雑に告げた。
「……あ? 帰ったか。メシはそこだ。さっさと食って明日に備えろ。俺は寝るぞ」
そう言って再び高いびきをかくレイ。テーブルの上には、粗末な粥が椀一杯だけ用意されていた。沸々と込み上げる怒りに、藤兵衛は思わず我を忘れそうになった。
(こ、此奴めが! 今日という今日ばかりは……)
藤兵衛の堪忍は限界を超え、怒りに打ち震えその場に立ち尽くすのみだった。だがその怒気を制するかのように、奥の間から優しい声でシャーロットが語りかけた。
「……レイを責めないでやって下さい、藤兵衛。全ては私のためなのです」
「シャーロット……起きておったか。しかしの、儂一人に朝から晩まで働かせ、粥一杯だけ用意し自分は眠り呆けるとは、幾ら何でもやりすぎではないか?」
「実は……私が止めたのです。実はレイはああ見えても限界なのです。先日の出来事を覚えていますか?」
「……ああ。覚えておる。一昨日の夜のことじゃろう?」
藤兵衛は思い出していた。巨大な眷属オーガー10体以上に囲まれ、絶体絶命の窮地をレイが只一人で打ち破ったことを。その代償として、全身に重傷を負っていたことを。
「……しかしじゃ、あの下等生物にとって傷など、僅かな時間あらば再生するものじゃろう? 儂らに流れる闇力とはそうした類の力と聞かされておるぞ」
「通常ならば、貴方の仰る通りです。けれど今は状況が異なります。私が結界に入っている間、敵に察知されぬようレイは闇力を最小限まで抑えているのです」
「あの傷で、かの。よくもまあ平然と……下等生物は神経まで矮小じゃのう」
「ええ。レイはいつもそうです。私のために全てを犠牲にし、私のためだけに生きているのです。私はいつだってそれを……いえ、今はその話はいいでしょう。それに加えて、貴方に注意点を。貴方もお気付きでしょう、藤兵衛? 今の貴方の身体を襲うその疲労感は、人間のそれと大差ありません。それは私の中に眠る貴方の魂までもが、私と共に休眠状態にあるからなのです」
「……成る程の。道理でまともに動けぬ筈じゃて。貴様が弱り切った状態では、更にその傾向は強くなる訳じゃな。となると……虫も同様の状態なのかの?」
「いいえ。レイと私はそうした関係にありません。ただレイが使ったのは、ある種の“呪い”です。闇に全てを捧げた者にしか使い熟せぬ、圧倒的な力と引き換えに、己の魂を削り続ける秘術なのです。その粥も、レイなりに必死の思いで作ったもの。どんなに隠そうとしても、私には全て分かります。先ほど味見をしましたが、薬草がふんだんに入っていて、とても美味しかったですよ。貴方が疲れて帰ってくるでしょうからとレイなりに考えて、少ない路銀の中で工夫したようです。どうか……それだけは理解してあげて下さい」
「ふん! あの阿呆がそんなこと考えておるものか! こんな粥の何処が……」
藤兵衛は納得せず不服そうに器を手に取ると、勢いよく粥を口の中にスプーンでかきこんだ。しかし一口食べたその瞬間に、彼の脳髄に電流が流れた。しっかりとした栄養分を含んでいながらも、舌の上でふわりと解ける味わい。まろやかで出汁の効いた滋養が、疲れた身体を隅々まで優しく包むんでいった。一瞬で粥の器は空になり、十分な満腹感と充足感に包まれながら、藤兵衛はふんと鼻を鳴らした。
「……おい、シャーロット」
「はい。何でしょうか?」
一息置いて、明後日の方向を見つめながら、藤兵衛は去り行く背中越しに小さな声で言った。
「もう少し塩を利かせい、虫にそう言っておけ。現場作業には塩分が必須ぞ。儂は明日も早い故、さっさと戻って寝るわ。まったく……儂の人生はこうもツキがないものかの」
「……ええ。ちゃんと伝えておきます。おやすみなさい、藤兵衛」
くすり、とシャーロットは優しく微笑んだ。どかどかと床を踏みしめる音を背景に、美しき魔女は青白い顔色なれど、静かで穏やかに眠りについた。
流れる汗の滴りが、顎の先から滝のように降り落ちていた。暑さと疲労で目がくらみ、藤兵衛は思わず膝が落ちそうになるのを感じた。
「またお前か! このままじゃ無賃だぞ! 金が欲しけりゃしっかり働け!」
現場監督が鞭を地面に振り下ろした。昨日から完全に藤兵衛を標的とした彼は、猟奇的な笑みを浮かべて何度も鞭で打ち据えていた。彼は気力を振り絞り、何とか立ち上がろうとした。金蛇屋藤兵衛という男は、一度やると決めた以上、断固として成し遂げる男だった。目的の為ならばひたすらに耐え忍び、屈強な意思で物事に当たってきた。それは今回も例外ではなく、どんなに抑え込まれようとも、彼は文句一つ言わずに必死で運命に抗っていた。周囲の労働者たちはそんな彼を同情的に見つめながらも、己に火の粉がかかるのを恐れ、手を差し伸べられずにいた。
しかし、夕刻を迎えようとしていう頃、遂に藤兵衛の肉体の限界が訪れた。ばたりと倒れ込んだまま、膝が笑って力が入らない。力尽きようとする度に、気合いで無理矢理に誤魔化してきたが、遂に限界が訪れてしまったのだった。
(くっ……儂はここまで無力なのか。昨日に増して力が入らぬわ。何とも情け無い話じゃ。全ての商売は現場が基本だというに、こんな様では社員連中に笑われようて。特に蔵八あたりは手を叩いて、これでもかと罵るじゃろう。じゃがもう……儂は……)
「おい、ちっと資材持って来るぜ。一緒に行くべ」
その時だった。隣で作業をしていた大柄の若い男が、むんずと藤兵衛の手を強く掴んだ。彼は一見すると細身なれど、褐色の皮膚の下にはしかと筋肉が乗り、ぴっちりとツーブロックに固めた黒髪が風にそよいでいた。くっきりとした目鼻立ちが特徴的な芯の強そうな若者で、その立ち居振る舞いには人を惹きつける何かが感じられた。慌てて彼を制しようとする現場監督だったが、男は決して怯まぬ視線を真正面から向けた。
「誰かと思えばお前か。ここらじゃ知れた名らしいが、あんまり調子に乗ってるとえらい目に合わせるぞ」
卑屈な笑みを浮かべ、鞭を振りかぶる監督。しかし男は一切動じることなく、灰色の薄汚い作業着の下から鍛えられた太い腕を捲り上げて、藤兵衛の肩をしっかりと支えながら激しく啖呵を切った。
「ああ? やれるもんならやってみろ。俺らが抜けて納期守れんのか? ただでさえ押しに押しまくってんだろうが。てめえの指図に従った結果がこれだ。この兄さんだって災難だぜ。こんなクソみてえな現場に配属されてよ。えらい目にあうのはそっちだぜ、なあ野郎ども!」
その言葉を合図にしたかのように、周囲の10人ばかりの男たちが一斉に監督の方を向いた。暫しの間、緊迫した空気が流れた。だがすぐにその重圧に耐え切れず、彼は後ろを向いて捨て台詞を吐きながら逃走した。
「お前ら……後で覚えてろよ! とんでもないことになるからな!」
「は! なにも出来ねえくせによく言うぜ。何がとんでもないことだか。……おい、野郎ども。監督は私用でお帰りだそうだぜ。そろそろみんな休憩するか」
彼の声を聞き、男たちから安堵と歓喜の声が漏れた。藤兵衛もその場にへたり込み、懐からキセルを取り出して深く煙を吸い込んだ。そんな彼の側に男は近寄り、陽気に声を掛けてきた。
「よう、兄ちゃん。災難だったな。アンタここらのもんじゃねえだろ? 旅のもんか?」
「まあそんなところじゃな。いや、本当に助かったわい。礼を言うぞ。見たところ……お主はこの辺の顔役のようじゃが」
「へっ。そんなんじゃねえよ。俺の名は小三郎。この街でチンケな土建屋をやってる。こいつらは俺の仲間だ。よろしくな」
藤兵衛の問いに、小三郎はハハッと照れくさそうながらも豪快に笑った。やがて彼の周りには、屈強な男たちが何人も集まって来た。彼らは親しげに話し始め、その輪はどんどん大きくなっていった。藤兵衛はその様子を満足げに眺めると、キセルを一旦置いて深々と頭を下げた。
「儂の名は……藤吉じゃ。察しの通り旅の者での。主人の為に路銀を稼ぎにきたのじゃが、結果としてこの体たらく。お主にも多大な迷惑をかけてしまったの。この恩、儂は生涯忘れぬぞ」
「へっ。よせって。一時とはいえ、同じ職場の仲間だろうが。困った時はお互いさまだ。それによ、あのアホのやり方は最初から気に入らなかったんでな。いいきっかけになったってもんだ。しかし……帝都の大企業からの仕事が、こんなショボいもんだとはな。噂とは大違いだぜ。まったく笑わせてくれるよ」
(帝都からじゃと!? しかも大企業?! ま、まさかこの工事は……)
藤兵衛は眉間に皺を深々と寄せ、顔色を一変させた。そんな彼の変化に気付くことなく、小三郎は木の根元にどかりと腰を下ろした。
「なあ。お前さんも旅人なら、大陸横断新街道を知ってるだろ?」
「うむ。無論(知り過ぎる程に)知っておる。西のビャッコ国からオウリュウ国を直行し、東のセイリュウ国までを繋ぐ、巨大な建造事業の事じゃろう? 帝都ロンシャンの金蛇屋が全面的な指揮を取り、3年以内には開通する手筈じゃと聞いておるぞ」
「お、ずいぶんと詳しいな。この工事はその一部だってんだ。国境沿いの街道を整備するって算段らしいが、あと2週間で納期だってのにてんで進みやがらねえ。ウチも至急ってんで声をかけられたんだが、あの監督もド素人みてえでな、結局は誰も全体の指揮をとれやしねえ。このまんまじゃ半年かかっても終わらねえな」
(新街道じゃと!? ボンスン中央街ならさておき、こんな街外れは計画に入っておらぬわ! 見当違いにも程があろうて! しかも、ただただ地面を掘り返しておるだけじゃぞ。これでは何も始まらんわ)
「ま、ごちゃごちゃ言っても始まらねえけどな。ところでよ、ここで会ったのも何かの縁だ。どうせ今日は何もできやしねえ。どっかで一杯やらねえか?」
小三郎はニカッと陽気に笑った。周りの男たちも釣られるように笑った。藤兵衛もそれに応えて笑い返し、重い腰を上げて立ち上がろうとしたが、不意にある事実に気付き軽く肩を落とした。
「そうしたい気持ちは山々じゃがの、儂は今その……ちと持ち合わせがなくての。申し訳ないんじゃがまたの機会と言う事で……」
「何かと思えばそんなことかよ! 笑わせんな。金は俺に任せとけよ。自分より遥かに年下の、しかも旅人から金を取ったとありゃ、ボンスンの小三郎一家の名が廃らあよ。今日の給料のことだって俺が掛け合ってやる。この俺に恥かかせんな!」
「……中々の男っぷりじゃて。その名前、儂はこの魂に刻み込んだぞ。小三郎とやら」
「はっ! んなつまんねえ事は抜きにしようぜ。俺らの馴染みの店に案内するからよ。ほら、行くぜ藤吉!」
「ホッホッホ。袖振り合うも他生の縁か。喜んでお供させてもらうぞい」
男たちは連れ立って、和気藹々と街の灯の中に消えていった。楽しげな歓声と、むせ返る酒の匂いの中で、藤兵衛は久方振りの心地良い感覚を覚え、ひとときの安寧に心底まで浸っていた。
(やれやれ、人生とは正に奇貨の連続じゃて。さて、飲むとなればやるしかないのう。これも付き合いじゃからな。少しだけ……ほんの少しだけ楽しむとするかのう)
「おう儂じゃ! 今帰ったぞ!」
「あ? ずいぶんとご陽気じゃねえか。お嬢様はもうお休みだ。ちったあ静かにしやがれ。メシなら用意してある。さっさと食って失せろ」
上機嫌の藤兵衛の叫び声が、夜も更けて静まり返った宿の中にこだました。そんな彼に、レイは心底面倒臭そうにしっしっと手を振った。だが彼はその態度をまるで気にかけることなく、上機嫌で食事の皿の前にどかりと座り込んだ。
「何じゃ、つれないのう。まあ何時もの事じゃな。さて、儂はメシとするか。お、今日も美味そうじゃな。腹が減っては何とやらじゃからの。グワッハッハッハ!!」
「……てめえ酒くせえな! どっかで飲んできやがったのか! ったく、ふざけた野郎だぜ。ま、路銀さえ稼いでくりゃ、端金なんざ好きにしてかまねえ。さっさと今日の給金を出せや」
「……!! そ、それがのう。色々あって……今日は金を貰えなくての……」
その言葉に反応し、ピクっとレイの眉が吊り上がった。みるみる般若と化すレイの表情、どす黒く膨れ上がる怒りの拳。一気に酔いが覚め震え上がる藤兵衛。
「てめえ……ぜんぶ飲んできやがったのか! たいした度胸だぜ! どのツラ下げて帰ってこれたんだか」
「い、いや違うんじゃ! 誤解じゃ! これはその……」
「問答無用だ! このクソ野郎が!!」
「グェポォォォォォオ!!!」
神代歴1278年10月。
闇のない夜が更けていった。藤兵衛たちの懐、残り僅か13000銭。果たして挽回の策はあるのだろうか。空に浮かぶ月だけが、いつまでも続く彼の絶叫に耳を傾けていた。
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