糸の切れた人形

涼玄白鈴は護衛に連れられて、一度屋敷へと戻った。

涼玄屋敷の自室にて、糸の切れた人形の様に座る彼女。

部屋に入って来る老獪の顔が浮かぶ。

白髪で窪んだ頬、その目は細く睨んでいる様に見える。


「雪面様、如何なされましたか?今日はやけにご機嫌ではありますが…」


其処に立つ輩は、斎辺さいべ番克ばんかつと言う名前だった。

斎辺番克は、近くに座る涼玄白鈴に話しかける。

話しかける、のだが、涼玄白鈴は反応する様子は無かった。


一度声を掛けたと共に、彼女の異変に気が付く。

詳しく言うのであれば、彼女の仮面が、一度外されている事に気が付いた。

微かな異変を感じ取った斎辺番克は、眉を顰めたが、表情をすぐに改める。


「そうですか、いえ、何も無ければそれで良いのです…それでは失礼致します」


何も言わずに正座をする涼玄白鈴に、斎辺番克は淡々と声を発していた。

頭を下げる、そしてすぐにその場から離れだす。


廊下を歩き、その足で稽古場へと向かい出す。

涼玄一族が経営する道場であり、其処には涼玄衆の武之士が木刀で稽古をしていた。


「…涼玄衆の者よ、一度、稽古を止めて集うが良い」


師範。

と武之士たちが口揃えて挨拶をすると、木刀を振るう手を止めて斎辺番克の元へ集う。

そして、斎辺番克は武之士たちに話し出した。


「雪面様の調子がすこぶる悪い様子だ、何かあったに違いない、故にッ!貴様らに告げる!」


斎辺番克は大きな声で叫び出した。

その声は部屋の中を震撼させて、聞く者の肝に良く響く。


「雪面様の動向を調べよ、そして、何が原因で呆然としているのかを私に報せろ」


涼玄白鈴の事を心配して、斎辺番克はその様に言い出した。

斎辺番克は更に、涼玄白鈴の事を思い、続け様に言う。


「我々は、雪面様を信仰する使徒である、唯一を穢す愚か者が居れば、それを殺せ」


物騒な事を言い出す斎辺番克、その目は真剣であり、実現する為に手段は択ばない様子だった。


「その為に我々は存在するのだから、さあ、稽古を続けるが良い」


稽古をする武之士たちは再び木刀を振り続ける。

踵を返し、斎辺番克はその場から立ち去る、その際に、彼の脳内では冷や汗を流していた。


「(まさか…薬が切れ掛けている筈が無い、であれば…何者かが接触した線が有力)」


斎辺番克は、非道な手を使っていた。

それは、涼玄白鈴と言う涼玄一族の血筋を使い、天下一の武之士を目指す事だった。

天下一の名を欲し、地位を築いた老獪は、その座を脅かす存在が居ると危惧している。


「(此処まで築き上げた地位を崩すワケにはいかない、神輿として白鈴は必要なのだ)」


その為に、涼玄白鈴を特殊な薬を使い意識を失わせた。

暗躍術を使い、彼女の認識を改める催眠術紛いな手にも染めた。

其処までして、ようやく、『化物憑き』を宿す妖刀使いを支配出来たのだ。


「私の野望を破ろうとする輩は、決して許さんぞ」


まだ見ぬ邪魔者に対して怒りを露わにする斎辺番克。

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