第4話
景井在間は、歩きながら自身の属する黒守衆の休憩待機所へと向かった。
「(隊長に報告をしないとな)」
彼は、黒守衆の隊長に個人的に命令を下されていた。
その命令はあまり公にする事ではなく、特に他の衆の連中に口外する事は禁止されていた。
「(当然だが、俺は喋る事が出来ないので、声が出せない人間として扱われている、本当は声が出せるが、ならば何故出せないと聞かれると、やはり面倒事が増える、なので声が出せない人間、と思われていた方が都合が良い)」
声が出せない、目が見えない、耳が聞こえない。
そういった健全じゃない人間が武之士となって食い扶持を貰う事など少なくはない。
だから、景井在間が言葉を発せずとも、この場所では珍しい事では無かった。
「ん?何をしに来た、無能口」
背の高い男が立っている。
手足が細長く、針金で作った人形の様に見える。
体は細いが、肉体はがっしりとした肉付きをしていた。
その男が、景井在間に反応した。
本来ならば、景井在間は生気を断ち気配を消している為にバレる事は無いのだが、今回は相手側が即座に察した。
「(
その男の名前を脳内で呼ぶ景井在間。
仏龍院天一は、景井在間を恨んでいる様に睨みを効かせている。
憎々しいと言いたげに睥睨する。
その視線は敵意が込められていた。
その視線の理由を、景井在間は知っている。
「(俺の事を嫌悪しているのが、駄々洩れの生気から分かる、コイツは黒守衆の隊長に属する副隊長だ。副隊長は二名存在していて、基本的に両者共に隊長から優遇されているが、この男は副隊長と言う身分でありながら簡易家屋から外されて、黒守衆からの討伐報告を纏めている)」
上流階級の出の為に、傲慢な性格である。
その性格が災いし、黒守衆に配属された時には、副隊長の視覚を得たが、黒守隊長からは煙たがられていた。
「無能口の癖に、生きているとはな、他の人間が死んでいるのに、一体何処で何をしていた、卑怯者めが」
景井在間を批判する仏龍院天一。
「(コイツが此処まで俺に暴言を吐くのは、傲慢さと上流階級に属する富豪層で、それに応じた矜持を持っている事以外にも、理由がある)」
景井在間は懐から札を取り出した。
その札に向けて、貝殻を砕いて固めて作った白墨を使い文字を書く。
それを仏龍院天一に見せると、彼は訝しい表情を浮かべた。
「『隊長に報告』だと?黒守隊長は現在は忙しい身だ、貴様如きなど相手にされん、それに、貴様が報告した所で虚偽の可能性があるだろうが、何せ貴様は何も出来ない、存在感の無い無能口の在間なのだからなァ!」
悪口がすらすらと出てきている。
その言葉は他の人間からすれば腹立たしいものだろう。
だが、景井在間は仏龍院天一からそんな言葉を聞いた所で、腹を立てる様子は見られなかった。
門前払いをされた景井在間は仕方が無く、その場から離れる。
「(仕方が無い…何時もの様に裏口から入ろう)」
そして、簡易家屋の裏口から、気配を断ちながら内部に入り出す。
「(あの男が何故俺に此処まで嫌悪するのは、理由がある。それは、俺が隊長にとってのお気に入りだと勘違いしているらしい、残念ながら、俺はお気に入りでは無く、単なる使える駒として認識されているだけだ)」
景井在間は、自分が決して優秀で、他の人間よりも優遇されているとは思わない。
その証拠に、今から隊長格に逢うと言うのに、彼の内心は穏やかでは無かった。
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