第2話


景井かげい在間ありま

それが主人公の名前である。

影の薄い人物であり、存在感が無い為に気づかれない。


「(まあ、仕方が無い事だが)」


言葉を発する事が出来れば、まだ彼の存在は認知されるだろう。

だが、そうはならない、何故ならば、景井在間はワザと存在感を消している。


「(昔から、俺は物之怪に狙われ易い体質だった)」


幼少期から、景井在間は物之怪に追われていた。


「(医術師が見るに、物之怪は人間の生気に反応し易い、そのために、俺の肉体からは常人の五十倍以上の生気が漏れているらしい)」


物之怪が人間を狙うのは、どうやら肉体から溢れる生気を糧にしている為だ。

だから、生気が多い人間に近づく傾向があり、人間を喰らい生気と言う栄誉素を吸収している。

常人よりも遥かに大きい生気を発する景井在間は、物之怪にとっては御馳走であった。


「(更に、俺の生気は、物之怪を虜にする媚薬の様な匂いをしていると聞く、だからこそ、俺は物之怪に狙われ易いのだと)」


本来ならば、物之怪が多い場所を歩く事すら出来ない。

存在するだけで物之怪に狙われる為に、彼を匿う村や国は彼を迫害する。

故に、景井在間は自らの体質と向き合う事にした。


「(それを聞いた俺は、肉体から溢れる生気を止める方法を身に着けた、暗躍術、生気を消し、自然と同化する技術だ)」


それは古来。

シノビと言った影の者が身に着けた暗躍術。

彼らは他者に勘付かれぬ様に、自然と同化する。

景井在間はその技術を身に着けたのだ。


「(その代わり、自然と同化してしまうと、声が出せない、口から生気が漏れやすくなってしまうからだ)」


物之怪から狙われなくなった代わり、その代価として他の人間からも気付かれなくなる。

不遇になってしまったが、命があればどうとでもなる。

景井在間は、存在感の無い人物として生き続ける道を選んだのだ。


影は薄いが、義憤はある。

人間を食い殺す物之怪を倒す為に武之士となった。


「(今回は流石に危なかったが…涼玄隊長が来たから、これで安心だ。彼女に任せて、俺も撤退しよう)」


影が薄いので、物之怪に気付かれずに戦闘をしていた景井在間。

なので、かなりの疲労が肉体に蓄積されている、早々にこの場からの撤退を願っていた。


「…」


仮面を装着する涼玄白鈴。

刀を振るう事で白色の杭が出現し、百足の装甲を軽々と打ち破り地面ごと突き刺す。

奇声を発しながら体をくねらせると、数秒も経たずに百足の行動は停止した。


「(『狂骨狐きょうこつぎつね』の涼玄白鈴、凄まじい能力だ)」


彼女の握り締める刀には、殺した物之怪の怨念が宿る。

それが妖刀であり獣臨刀じゅうりんとうと呼ばれている。

彼女、涼玄白鈴の刀には骨を操る狐の物之怪が宿っており、涼玄白鈴を呪っている。

その呪いは、人間の肉体を物之怪側に引き寄せる効力を持ち、常人が握れば精神を支配される。

だが、武之士は歴戦の武者。

数多くの戦闘によって培った技術と精神力で、その呪いを受けつつ逆に呪いを支配し、自らの力とする事が出来た。

それが能力持ち、またの名を『化物憑きケモノツキ』と呼ばれている。


百足の討伐を行った涼玄白鈴。

百足に背を向けて、周囲に転がる死体に視線を向ける。

憐れんでいるのだろうか、そう景井在間が顔を向けた時。


「しぃぃぃぃぃぃぃ」


百足の肉体が蠢き、骨の杭で固定された胴体を引き千切ると、涼玄白鈴の方へと突進する。

死体の方に視線を向けている涼玄白鈴は、百足に気が付いていない。


「(ッ!危ない)」


景井在間だけが、彼女の危機に気が付いていた。

そして、景井在間は刀を握ったまま、喉を鳴らす。


「(黒守衆の武之士ならば、まだ見捨てられる、だが、隊長格は違う、存在するだけで多くの物之怪を倒してくれる、…失わせるワケにはいかないッ!!)」


景井在間は口を開いた。

実に数年ぶりに、景井在間は声を漏らした。


「おいッ!」


その短く、周囲に響く声。

その声に、先程まで涼玄白鈴に集中していた百足は、溢れ出る生気に反応した。

景井在間の方に顔を向け、百足は、其処に旨そうな獲物に思考を奪われた瞬間。


百足は頭部を断頭された。

縦一直線に、骨で作られた巨大な鉈によって、百足は斬り殺された。

これによって確実に息の根を止めた、景井在間は口を閉ざし心の中で安堵する。


「(良かった、が…俺の行動は無駄だったか?)」


彼女程の実力者ならば、手助けなど無用であったかも知れない。

そう思っていた時、気が付けば、此方へと近づいて来る涼玄白鈴の姿を見かける。


「(先程声を発したから、未だに生気が漏れているな、完全に止めるまで時間を弄するか)」


そう思いながら、帽子を脱ぎ取り、涼玄白鈴隊長に頭を下げる景井在間。


「ふぅ…ふぅ…」


吐息が聞こえる。

此方へと近づいて来る涼玄白鈴の顔を見る。

仮面を外している、その仮面の奥にある顔は、清廉で小奇麗な美貌をしていた。

一目見て美人だと思える程に、彼女は美しい容姿をしている。

だが、重要なのはそこではない。


「(顔が、赤い…?)」


目を大きく開き、顔面を紅潮とさせながら。

涼玄白鈴は果てしなく興奮していた。


「はぁ、はッ」


ゆっくりと、景井在間の方に近づき。

彼の顔を両手で掴むと、涎が垂れた唇を近づけて、景井在間に口づけをした。

驚愕した景井在間、一瞬の出来事に頭の中が真っ白となる。


「(な、なんだ、これはッ、口吸い、かッ!?何故、何をされている、口の中に這う、舌先か、これはッ!)」


「ん、ちゅっ…ちゅぅ…」


唾液を吸われる。

ごくりと、喉を鳴らす音。

だらしなく舌を出して懇願している様はまさに発情している犬の様に見えた。


「(ま、まさかッ!獣臨刀、物之怪の力を使用者に与える、それはつまり…、物之怪と同化するようなもの、俺の体質は、物之怪を魅了する程に強い生気を放ってしまう…彼女は、俺の生気に魅了されたのか!?)」


そう考えると色々と合点が良く。

涼玄白鈴は、景井在間に発情していた。

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