第29話 手紙
決して八重が嫌いなわけではなかった。そりゃ、多少は強引過ぎたかもしれないけれどそれも私のことが好きだから故のことだったし。
私も莉乃のことが好きだったから理解できないこともなくて、中途半端に八重のことを受け入れてしまっていた。それはよくないとわかっていた。けど、気持ちが分かってしまうだけに身動きが取れずにいた。それに明らかに莉乃を敵対視していて、私が八重から離れたら莉乃が危害を加えられることもわかっていた。
「Ωはαといるのが幸せなのよ。βとは幸せになれない」というのが八重の口癖だった。
でも。
泊まりに誘われてしまった私は覚悟を決めなければならなかった。抱かれる覚悟、番にされる覚悟、一生を八重と生きる覚悟。
それらを覚悟するのはやっぱり無理だった。
私がβならよかったのに。
それならβ同士、莉乃と一緒にいられたのに。
もう正直に言おう。
これからずっと八重の顔色を伺っていくのは嫌だ。
それなら私は死を選ぶ。
自分を殺して生きるなんてごめんだ。
最期に莉乃との思い出が欲しい。
それを抱えて、私は死んでいきたいと思った。
「あー、さすがに酷いかな、私」
ぽろぽろと涙が溢れる。
生きたかった。
莉乃と一緒に。
ずっと、ずっとーー。
☆
葬儀で八重はぼろぼろと泣いていた。死を選ぶほど嫌だったのかと死んでしまった双葉にずっと問いかけていた。
ボクは不思議と涙が出なかった。ただ呆然と立ち尽くしていただけだった。
「あんたが双葉を殺したのよっ!」
八重に責められたが、ボクの心は何も感じず、何も言えなかった。
「……あんたさえ、いなければ……!」
八重に首を絞められる。ボクは抵抗しなかった。
殺されてもよかった。
いや、殺して欲しかった。
双葉がいない世界では息がうまくできなかった。
「ーーやめなよ、八重。どう考えても双葉を殺したのは莉乃じゃなくてあんたでしょ」
ありさがボクから八重を引き剥がす。急に酸素を取り戻したボクは思いっきりむせる。
「そんなこと言われなくてもわかってるわよ、ありさ。あんたは双葉がいなくなってよかったわね!あんたは莉乃が好きなんだから!」
「よかったわけないじゃない!双葉はライバルだったかもしれないけど、あたしの大事な友達だったんだから!」
「え……?」
ありさに好かれているとは知らなかった。
“気持ち悪い”と言われていたから、てっきり嫌われているのかと思っていた。
「……もう帰ってもらえるかしら?ケンカは他所でして」
双葉のお母さんにボクたちは追い返される。
「莉乃さんはどちらの方?」
「はい。ボ、私です」
「あなただけ残って。娘があなたに残したものがあるの」
ボクだけを残し、八重とありさは帰っていった。
「……ごめんなさいね。気になって中を見てしまったの」
そっと手紙を差し出される。
そこには“ずっと愛してる”とだけ書かれていた。
ぽたりと手紙に雫が落ちていた。
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