第26話 笑顔

 ずっと苦しかった。

 楽しくもないのに笑顔でいることが辛かった。

 恋愛はもっと幸せだと思っていた。



「……双葉は笑わないね。私といても楽しくない?」

「そんなことないよ!八重といると緊張するの」

「どうして?恋人なんだから緊張しなくていいのに」


 するりと手が伸びてきて、優しく私の頬に触れる。指が唇に触れ、そのままキスをされた。


「……根に持ってるの?」

「え?何を?」

「莉乃と話すなって言ったこと」


 制服のシャツのボタンに手が伸びてくる。私はされるがままで、抵抗をしない。


「……嫌なら、嫌って言っていいよ?私は双葉に好かれたいの」

「……嫌じゃないよ」


 本音は言えない。言えば莉乃に迷惑をかけてしまうから。

 それは絶対に嫌だから。


「……私には八重だけだから。だから、八重も私だけを見て?」


 嘘も方便。

 これが私ができる精一杯のこと。


「……双葉の両親は厳しい人?」

「普通だと思う」

「それなら、今週末私の家に泊まりに来ない?もっと双葉のことを知りたいの」

「……わかった。親に聞いてみるね」


 嬉しそうに八重が笑う。


「疑ってごめんね。好きよ、双葉」


 ☆


「あれ?結、なんかいいことあった?」

「あったよ!莉乃、聞いてくれる?」

「ボクで良ければ聞くよ」

「遂に写真部に入部したよ!これでなっちゃんと一緒にいられる時間が増えたんだ!」


 にこにこと笑う結にボクはよかったと安堵していた。


「違ったらごめんね?やっぱりΩの相手はαがいいのかな?」

「んー、医学的というか生き物としてはいいんだろうけど、やっぱり気持ちの問題かな」

「それは“運命の番”も同じなのかな?」

「たぶん、“運命の番”は違うと思う。“運命の番”はね、上手く言えないけど、出会った瞬間、この人だ!ってわかるんだよ」

「それが水無瀬先生だったんだね」

「うん。わたしは番をみつけて嬉しかったよ」

「もし、水無瀬先生がβかΩでも好きになってた?」

「“運命の番”じゃなくてもってこと?そうだなぁ。好きになってると思う。確かにきっかけは“運命のつがい”だったかもしれないけど、恋愛は運命や性別でするんじゃないもの」


 結のまっすぐな言葉にボクは笑う。


「βがΩを好きになって良かったのかな……?」

「いいと思う。αに遠慮は要らないよ。だって恋は自由だよ」


 その言葉に目頭が熱くなる。


「……ありがとう、結」

「どういたしまして」


 不意に双葉に会いに行きたくなる。

 眩しい笑顔が瞼の裏に浮かんで、しゃぼん玉のように揺らめいて儚く消えた。

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