第24話 涙

 今でも思う。

 ボクにもう少しの勇気があれば彼女を救えたんじゃないかって。

 今でもその罪に溺れている。


 ☆


「久しぶりだね、双葉 。双葉がボクとありさをーー」

「話しかけないで。ずっと言わなかったけどさ、自分のことを“ボク”って言うの気持ち悪いよ」


 冷たい声音がボクの胸を貫いた。



 ーー誰かに悪口を言われたら言ってね。私が莉乃を守るから。私は絶対莉乃の味方だから。



「……そっか。やっぱり気持ち悪いよね。気づかなくてごめん」

「私さ、八重と付き合うことになったんだ。で、八重がもう莉乃と関わるなって言ってるの。だからね、もう話しかけないで。話はそれだけ」


 ボクの言葉を待たずに双葉は去っていく。



「……気持ち悪い、かぁ。他の誰かに言われるのはいいけど、双葉にだけは言われたくなかったな」


 ぱたぱたと涙が落ちていく。


「おはよ、莉乃……ってどうして泣いてるの!?」

「ボク、気持ち悪いんだって」

「誰にそんなこと言われたの?」

「……双葉、だよ」

「双葉が!?ちょっと話してくる」


 すごい勢いで行こうとするありさをボクは必死に引き止める。


「いいよ、話さなくて。ありさだって気持ち悪いって言ってたし、ボクが悪いんだよ」

「あれは、本心じゃないよ!莉乃の気を引きたくて言ってたの!」


 ありさはボクの手を引き、教室から出ていく。



「……授業、始まるよ」

「少しくらい休んでも平気だよ。そんなぐちゃぐちゃな顔で教室には戻れないでしょ?」


 ボクが連れて来られたのは保健室だった。


「先生、ベッド貸してー」

「元気そうに見えるわよ?」

「調子が悪いのはあたしじゃなくて、莉乃なんだ」


 先生はボクの様子を見て、頷いた。


 ☆


「ーー色々あったのね。α、β、Ωだからって決めつけるのはよくない風習ね。ただの性別なんだから。乙葉さんは病院には行っているの?」

「行ってます。性同一性障害と診断も受けてます」

「どういう治療をしているの?」

「“女の子”として生きていく方向でカウンセリングを受けてます。両親が生んでくれた身体ですから、弄りたくないんです」

「ご両親はどう言っているの?」

「ボクの好きにしたらいいと言ってくれます」

「それは良かった。ちゃんと味方がいるのね」

「先生はね、他の先生と違うんだよ。ちゃんと話を聞いてくれるの。だから、連れてきたんだよ」

香住かすみさん、褒めても何も出ないわよ?」

「ホントのことだもん」


 はいこれと先生が冷たいタオルをボクにくれる。


「目が腫れちゃうからね」

「ありがとうございます」

「さ、香住さんは授業に行きなさい」

「えー!莉乃が心配だからここにいる!」

「却下」

「先生の意地悪!」

「ほら、行った行った」


 先生が容赦なくありさを追い出す。


「……違ってたらごめんね。気持ち悪いと言った相手のこと、ひょっとして好きだった?」

「……はい。好きでした」

「それは辛いわね。落ち着くまでベッドにいなさい。担任の先生には私がうまく言っておくから」


 その優しさにボクはまた泣いていた。

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