第13話 莉乃の過去

 ボクは弱くて、臆病だった。


 小さい頃から女の子遊びより、男の子遊びが好きだった。

 幸いにも両親はそれを“個性”として尊重してくれ、ボクはなんの違和感もなく育っていった。


「りのちゃんってへんだよね。おんなのこなのに“ボク”っていうし、おとこのこみたいにかみみじかいし、ふくだっておとこのこのだし」

「……え?」


 それが始まりだった。

 それまでは自分のことを“へん”と思ったことがなかったから、驚きと悲しみが同時に襲ってきた。


「……おかあさん、ボクは“へん”なの?」

「どうしたの?“へん”って誰かに言われたの?」

「おなじクラスのこにいわれたの」

「それで、莉乃りのはどう思ったの?」

「びっくりして、かなしくなった」

「そうなのね。莉乃、おいで」


 お母さんがボクを呼び、ぎゅっと抱きしめた。


「莉乃はふたつ選べます。ひとつは今までと同じようにします。もうひとつは女の子らしく変えていきます。お母さんもお父さんも莉乃がどちらを選んでも、応援します。莉乃はどうしたい?」

「ボクはスカートをはきたくない。おとこのこといっしょがいい」

「わかったわ。じゃあ、そのままの莉乃でいてね。莉乃は“へん”じゃないからね?莉乃は莉乃らしくしていいのよ」


 お母さんはそう言っていた。

 でも、小学校に入ると状況は変わった。


「せんせー、なんでりのちゃんはスカートじゃないんですか?」

「親御さんの希望なんです」

「えー、するい。そんなのひいきだー」


 同級生の当たりはキツかった。

 いつの間にかボクはイジメの対象にされていた。


「莉乃。学校は順調?」

「たのしいよ?どうかしたの?」


 ボクはお母さんを心配させまいまいと嘘をついた。


「……スカートを履かせろと学校から連絡があったの。イジメにあってるの?」

「あってないよ」


 笑って誤魔化そうとして失敗し、ぽろりと涙が溢れた。


 ☆


「ーー転校生を紹介します。遊馬双葉あすまふたばさんです。まだ第二性が発現していない子がまだ多いけれど、伝えておきたいことがあります。遊馬さんはΩです。なので、何か違和感を感じたら、すぐ先生に伝えてください」


 好奇の目はボクから遊馬に移った。

 皮肉にも彼女の存在がボクを救った。

 でも。

 その平穏は間違っていて、ボクの良心を責めた。

 これじゃ、ボクをイジメていたやつらと同じじゃないか。

 それは嫌だ。

 彼女に関わったらまたイジメられるかもしれない。

 けど、守ってくれたお母さんに顔向けできないほうがもっと嫌だった。


「……一緒に帰ろ?遊馬さんが良ければだけど」

「……私といたらイジメられるよ?」

「いいよ、イジメられても。遊馬さんと仲良くなりたいんだ」

「……変わり者」

「うん、そうだよ。ボクは変わり者なんだ」


 クスクスと遊馬が笑う。


「名字じゃなくて、名前で呼んで?私もそう呼ぶから」



 これが彼女との出会いだった。



 ☆


「おはよー。千夏先生」

「おはようございます。なんか嬉しそうだけど、何かあったの?あ、コーヒー飲む?」

「甘めのカフェオレ飲みたい。ビーカーじゃないよね?」

「……お望みならビーカーに入れるけど?」

「いえ、普通でオネガイシマス」


 コーヒー片手に先生は何やら本を開いている。

 凛とした横顔が綺麗だ。

 この人に自由に触れられるようになりたい。


「……何か言いたいことがあったんじゃないの?」

「あ!そうそう!写真部の入部の許可もらったの!だから入部届ちょうだい」

「それはよかった。ようこそ写真部へ。みんな喜ぶわ」

「なっちゃんは?」

「私も嬉しいわ」


 その笑顔にわたしは嬉しくなった。

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