第12話 お嬢様

「ーーこんなに遅くまで何をしていたの?」

「図書室を見ていました。何か使えるものがないかと思いまして」


 その言葉に母の平手がとんだ。


「奥様、顔は痕が残ってしまいますので……」


 やんわりと瑠希るきが止めるが、信用してはいけない。彼は所詮母の飼い犬でしかない。


「やはり瑠希の監視が必要なのかしら?」

「それはやめてください。お願いです」

「なら、私を怒らせないことね」

「しかと肝に銘じます」


 おそらく母の機嫌はまだいいほうだ。部活の話をするのは今かもしれない。


「母さま、わたし、してみたいこどがあるのです」

「言ってみなさい」

「部活動をしてみたいのです」

「必要ありません。勉強の妨げになるだけです。時は金なりと言うでしょう?そんなくだらないことに使う時間があるなら、勉強なさい」

「……奥様、発言を許していただけますか?」

「かまないわ」

「部活動は内申点にプラスに働きます。著しく時間を割くのではなければ、メリットはあるかと」


 まさか瑠希がこちらの味方をするとは思いもせず、わたしは内心驚いていた。


「何の部活動をしてみたいの?」

「写真部です」

「写真?くだらないわね」

「いえ、奥様。写真にも大会がございます。そこで賞を取れば、勉強だけではなく芸術にも才能があると証明になります。芸術面ではお嬢様はピアノ、バイオリン、琴、生け花ができます。そこに写真を加えてもマイナスはございません」


 瑠希の言葉に母は考え込み、まぁいいでしょうと頷いた。


「成績を下げることは許しませんよ?私はあなたのために厳しくしていることはわかっていますね?」

「はい。Ωだからと軽んじられることのないように、母さまはわたしを育てて下さっています」

「そう。よくわかっているわね」

「母さまだけがわたしを理解し、愛してくださっています」

「そうよ。愛しているわ、結 」


 ぎゅっと母がわたしを抱き締める。

“愛してる”を免罪符に母はわたしの自由を奪う。



「お嬢様、こちらへ。顔の手当てをしましょう」



 ☆



「……あんたがわたしの味方をしてくれるとは思わなかった」

「なんでもかんでも奥様に従うわけじゃないよ。俺にも考える頭がある。それに結の話も聞いてるでしょ?で、なんで写真部なの?」

「……好きな人が写真部顧問なの」

「思ったよりわかりやすい理由だな」

「わかりやすくて悪かったわね」

「悪いとは思ってないよ。“愛”って大事なことだと思うけど?でも、相手が教師ってのがなかなかハードル高いよね」

「……運命の番、なの」

「それはすごいね。都市伝説だと思ってた」

「瑠希も出逢えばわかるよ」

「わからなくていいよ。俺には奥様がいるから」

「瑠希も凄いよね。わたしに手を出せないように去勢までしてるんだから」

「奥様が望むなら、俺はなんでもするんだよ。死ねと言われても喜んで死を受け入れるよ。さ、手当ても終わったし、食事にしよう。今日はタンシチュー。ちょっと寒いからって奥様からのリクエストだからね。怒ってたのは寒さを心配してたのもあるんだよ」



 わたしはシチューを口にする。お肉はとろとろで身体があたたまる。とても美味しい。



 明日、写真部に入るって言ったら千夏はどんな反応をするかな?

 喜んでくれたらいいな。

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