第5話 痛みの雨




 わたしは雨が嫌いだ。




 あの日は雨が降っていて、発情期と風邪が重なって、体調がすこぶる悪かった。学校に行けるはずもなく、わたしは学校を休んで病院に行っていた。


「ーーだいぶ辛そうだね。もう少し休んでいきなさい」

「お言葉に甘えて、ちょっとだけ。動けるうちに帰りたいので」


 馴染みの病院の医師と看護師は優しかった。その中でも特に仲がよかったのは看護師の日南美南ひなみみなみだった。


「結ちゃん、あたし今日仕事お昼までだから一緒に帰ろう。これだけフェロモン出てたら危ないからね。病院来るときも電話してくれたら迎えに行ったのに」

「美南さんにそこまで迷惑かけられませんよ」

「迷惑なんかじゃないよ。だって、あたし結ちゃんのこと好きだもん」


 ぎゅっと美南さんがわたしを抱き締める。


「体調が良ければデートするのに残念だなぁ」

「美南さん、風邪感染っちゃいますよ?」

「結ちゃんの風邪なら喜んで!」

「ダメですよ、もう。ほら、仕事に戻ってください」


 文句を言いながら彼女は仕事に戻っていった。わたしは眠るために目を閉じた。


 ☆


「結ちゃん、起きられる?」

「ん……、お仕事終わりですか?」

「終わったよ。起きられないなら無理しなくていいからね」

「大丈夫です」

「ゆっくりでいいからね」


 わたしはベッドから出て、起き上がる。


「さ、帰ろっか」


 美南さんの言葉にはいとわたしは頷いた。


 ☆


「ーー用があるのはお前じゃねーんだよ」


 美南さんがわたしを庇い、殴られる。


「そいつ、Ωだろ?めっちゃ甘いいい匂いがするんだよな。ちょーっと遊んでもらいたいだけだから、邪魔しないでくれる?Ωとヤルのめっちゃ良いらしいじゃん」


 その言葉にゾクリと寒気がする。


「なぁ、Ω。このお姉さんを助けたかったらわかるよな?」

「美南さんっ、逃げて。わたしは大丈夫だから……っ!」

「逃げるわけないじゃない!!結ちゃんこそ逃げなさいっ!!」

「なら、ふたりとも俺らのオモチャだな」



 わたしたちは抵抗しなかった。

 抵抗は相手を怒らせるだけで、長引かせるだけでしかないのがわかっているから。



「わ、Ωってスゲ〜。無理矢理なのに感じてるぜ?」



 無理矢理身体を暴かれていく。

 発情期の身体は心とは裏腹に悦んでいる。

 キモチワルイキモチワルイ。

 ドウシテコンナノニカンジテルノ?

 嫌だ嫌だいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダーー。



「もー、あんたたちだけで遊ばないでよね。Ωって同性でも良いらしいじゃん?試してみよ〜」



 ポツリポツリと雨が降り出す。

 雨はすぐに大粒にかわり、土砂降りになる。



「チッ、雨か。ま、さんざん遊んだし、もういっか。また遊ぼうね、Ωちゃん♪」



 わたしたちをオモチャにした男女は笑いながら去っていく。

 雨がわたしたちを濡らしていく。



「美南さんっ!大丈夫ですか!?」

「結ちゃんは、大丈夫?」

「まずはわたしより自分の心配をしてください!」

「……じゃあうちの先生と警察に連絡してもらえる……?痛みでしゃべるの辛いんだ」

「わかりました」



 連絡を受けた医師と警察官が現場にやってきた。



「ーーそりゃ、発情期にウロウロするΩが悪いよ。誘っているようなもんじゃないか。自業自得だな」

「……それは、本気で言ってるんですか?」

「先生っ!手を出しちゃダメですっ!」


 美南が医師に抱きつき、なんとか止める。


「じゃあこの子はどうなるんです!?」

「この子もΩ?」

「いえ、βです」

「なら先にβって言ってくださいよ。大変でしたね。女性警官を連れてきますので、少しお待ちください。Ωに巻き込まれてーー」


 医師はその警察官を殴っていた。


「公務執行妨害で逮捕するぞ!?」

「ご自由にどうぞ。ただ、先程のΩに対する発言は公にさせていただきます。Ωを守る法律はあっても、差別する法律はなかったと思いますが?」


 ぐっと警察官は押し黙る。


「ふたりを着替えさせてから、警察署に連れていきます」

「ふん。好きにしろ」

「そうさせてもらいます。ふたりとも車に乗りなさい。もう大丈夫だからね。よく、頑張ったね」



 結局、この事件は公にならなかった。

 理由は簡単で被害者が発情期のΩだったから。

 これがもしαなら大問題になっていたことだろう。

 世間はまだまだΩに対して冷たかった。



「……美南さん、わたしがΩでごめんなさい。巻き込んじゃってごめんなさい。怖かったですよね?痛かったですよね?わたし、今以上に気をつけます。Ωってバレないように気をつけます。もうこれ以上わたしのせいで誰かを傷つけてしまわないように」

「結ちゃんは何も悪くないよ?あたしよりも結ちゃんのほうが怖くて痛かったでしょ?守ってあげられなくてごめんね」



 ーー私もΩ差別があることはわかっています。でもね、それはΩのことがよくわからないからだって思うんです。だから、みんなにΩを知って貰いましょう。私も彼方さんのことを知っていきたいんです。



 わたしが好きになったのはΩを否定しない優しいαだった。

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