第1話 嘘と出会い

「ーー失礼します。新入生の彼方おちかたですが、入学式の原稿できました。どちらの方にお見せしたらいいでしょうか?」

水無瀬みなせ先生、見てあげてください。彼方さん、彼女が担任です。よろしくお願いしますね」


 彼女が私の元に近寄ってくる。


「先にひとつ言ってもいいでしょうか?」


 何を言われるんだろうかと私は内心ドキドキしながら彼女の言葉に頷く。


「わたしのこと、Ωだからって特別扱いしないでください。わたしはちゃんと薬で発情期ヒートをコントロールできます」


 彼女は小柄な身体に小動物を思わせる顔立ちの可愛らしい子だった。Ωとか関係なく、普通にモテそうな子だった。


「困ったことがあったら、ちゃんと私に言ってくれますか?」

「言ってどうにかなるんですか?」


 彼女の視線が凍てつく。


「私が力になります」

「先生、αなのに?」

「……αじゃないわ」

「嘘つき。わたし、わかるんですよ。αはαだって。αはわたしにとっては敵でしかありません」


 彼女は原稿用紙を私に突きつけてくる。


「原稿、確認お願いします」


 私はショックを受けていた。


「これで大丈夫です。……あの、嘘をついてしまってごめんなさい」

「いいですよ。最初からαなんて信じていませんから」


 彼女はそう告げると私の前から去っていく。私は慌てて彼女の腕を捕まえる。


「学校に香水をしてきちゃダメよ?」

「ーーっ!離してっ!」


 彼女は涙目で私から逃げていった。



「水無瀬先生、あの子、香水の匂いなんかしませんでしたよ?」


 ☆


「ーーお姉ちゃん、やらかした」

「今度は何したのよ?」

「αの担任にαは敵だって言っちゃった」

「まぁ、あんたの経験考えたら無理もないけどさ、もう高校生なんだからうまく自分の身体と付き合っていかなきゃ」

「それだけしゃないの。わたしに香水をつけてくるなって言ったのよ」

「……もしかして“運命のつがい”?」

「やっぱりその可能性あると思う!?どうしよう、冷たい態度とっちゃった」


 彼方姉妹はふたりともΩだった。姉のみのりは自分の体験から学んだことを妹の結に伝えてきていた。


「やっぱり“番”がいると安定する?」

「安定するというよりは、安心する、かな?」

「いいなぁ、幸せそうで」

「入学したら話してみたら?担任の先生なんでしょ?」

「でもさ、相手が教師って難易度高くない?」

「Ωを最大限利用して誘惑しちゃえ。αにとってΩのフェロモンは強烈たからね。Ωでなくとも、結は十分可愛いし、既成事実さえ作ってしまえばこっちのもんだよ」



 姉の強さに、結は思わず笑っていた。

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