第11話

 滝石は難しい面持ちで顎を摩った。

「笠岡さんと被害者三人にそんな繋がりがあったんですねえ」

「見て」

千里は立てかけたタブレットの画面を滝石に向けた。そこには工藤と市川、そして古橋の経歴データが三分割で表示されていた。

「杉内が死んで一年後に笠岡は国会議員になった。それから数日経ったあと、三人とも同時期に昇進してるの」

「確かに。同じ月に出世してますね」

滝石が画面を熟視して言った。

「これ多分、笠岡が根回ししたんだわ。自殺で処理してくれたご褒美に。それにもうひとり、昇進した奴がいる」

千里がタブレットの画面をスワイプすると、制服を着た中年層の男の写真が表示された。

嶋本達郎しまもとたつろう。今は本庁警備部の理事官で、古橋の元上司だった男。こいつも三人と同じときに栄転してる。しかもこいつが、杉内を正式に自殺で処理してた」

推し量った滝石が千里に問う。

「もしかして緋波さん、一連の事件の犯人は杉内という男性にゆかりのある人物が、殺人を自殺で片づけた被害者を恨んで、凶行に及んだと考えてるんですか?」

「そうよ」

はっきりと千里は答えた。

「まさか、笠岡さんを殺害したのも同じ犯人?」

さらに質問した滝石に、千里がうなずく。

「笠岡の事件も銃が特定できなかったんでしょ。杉内の線から辿れば、可能性は大きい」

「だったら、この理事官も狙われるかもしれない。早く本人に知らせないと」

危機感を募らせる滝石だったが、千里は失笑した。

「言っても信じちゃくれないわよ。あくまで私がそう思ってるだけなんだから」

「いや、でも・・・」

千里は滝石が持っている手帳を指差すと、軽い感じで指示を飛ばした。

「私が話したことと落合が話したこと、一応高円寺にも伝えといて」

そして千里の笑みの様相が変わる。

「とりあえず策はあるわ。うまくいくかはわかんないけど」


 翌日、会議室の外にいた千里は、スマートフォンでなにやら連絡を取っていた。

「ええ。今度開庁する分庁舎にひとりで。視察ってやつよ。その運転手に私が選ばれちゃってね。だからそっち行くのは夕方ぐらいになっちゃうかもしれないの」


 同じ頃、捜査本部では思いもよらない一報が入っていた。七節町にある廃墟になった工場で、篠田の遺体が見つかったというのだ。

「俺も現場に向かう」

高円寺を先頭に数人の捜査員が会議室を出て、通話を終えた千里の前をぞろぞろと通り過ぎていく。

「篠田は自他殺どっちなんだ!なんで死にやがった!」

ときおり地団駄を踏みつつ、高円寺は周りに当たり散らした。


「来るか・・、来ないか・・。明日がハイライトね・・・」

 静やかに声を発した千里はひとり、空席ばかりになった会議室内に入ると、そのうちのひとつに腰掛け、脚を組むのと同時に、指を組んだ両手を片膝に当てるように置いてうつむき、眉間を寄せて目を閉じた。そして、自分の間違いであってほしい気持ちを抱きながら黙するのだった。


 篠田の遺体を発見したのは、解体予定の工場を下見に来た作業員だった。その遺体はトタン板を何枚も重ねるようにして隠してあったという。

「殺しだ」

青いビニールシートの上に仰向けで横たわる篠田を見て、芳賀が言った。

「撃たれたか・・・」

傍らでしゃがんでいた高円寺が立ち上がる。

「犯人は俺たちが追ってる事件と同じですか?」

高円寺の問いを、芳賀は否定した。

「こりゃ違うな」

芳賀が遺体を指差しながら説明する。

「銃創は胸に二か所、腹に一か所の計三つ。致命傷はそのうち胸の一か所だが、ほかの二か所はいずれも急所を外してる。同一犯ならもっと正確に狙ってるはずだ」

「だったら誰が殺したんだあ」

高円寺は腰に手を当てると、芳賀にもうひとつ訊ねた。

「篠田が死んだのはいつごろです?」

「解剖すりゃ詳しいことがわかるが、この感じだと死後六日ぐらいは経過してるな」

芳賀の推測に、高円寺が思い起こした。

「六日前・・。たしか、ふたりが言い争ってたのもそのときだったな」


 数時間後の夜、捜査本部の進行席に座る高円寺の前に、複数の刑事が集まっていた。

「大家の許可を得て、篠田の部屋を捜索しました。彼と西野は特に繋がりはありません」

児玉は言うと続けた。

「遺体発見時に所持していたスマホ、および、篠田の部屋にあるノートパソコンを解析しましたが、西野とやりとりした形跡は一切見られず、ダークウェブにアクセスした形跡もありませんでした」

「篠田と西野は全然関係なかったってことか」

高円寺はそう言うと、児玉に訊いた。

「だったら凶器は?銃はあったのか?」

「いえ。部屋中を徹底的に調べたんですが、拳銃どころか部品すら見つかりませんでした。どこかに預けているという可能性も考え調べましたが、それもなく」

れ込み始めた高円寺の顔を窺いながら児玉は口にする。

「もしかすると篠田は、最初から銃を持っていなかったのではないかと」

「じゃあ、篠田は犯人じゃないってことかよ!」

高円寺は机を激しく平手で叩いた。

「これで振り出しに逆戻りだ!」

落ち着かない様子の高円寺に臆しながら、熊倉が手を挙げた。

「あの・・、篠田の死に関してですが、鑑識と科捜研の調べで先ほど、大変なことがわかりまして・・・」

「大変なこと?なんだ?」

高円寺は訊き返した。

「遺体から摘出された弾丸から線条痕を調べた結果、古橋警部補の拳銃と一致しました。あと、現場に残された指紋や下足痕を採取し鑑定しましたら、古橋警部補の指紋と履いていた靴とが何点か一致したそうです」

「おい、それって、篠田を殺した犯人は・・・」

言いかけた高円寺の左横から声が飛んでくる。

「古橋よ」

高円寺がその方を向くと、少し離れた所で、千里が腕を組んで壁に寄りかかっていた。

「緋波警部。いつからそこにいた?」

問いかけた高円寺の言葉を無視して、千里が話し始める。

「古橋のなかでは、射殺事件の犯人が篠田だと確定していた。工藤と市川、それに自分が篠田と接点があって、証拠を捏造したことで、篠田が自分を恨んでると思ったんでしょうね。それで、古橋は篠田を見つけ出して問い詰めた。多分そこで、篠田は自分の不正行為をマスコミに告発しようとしていることを知った。せっかく軽い処分で済んだのに、世間が騒ぎ出したら、監察が処分を改めるかもしれない。下手すれば裁判沙汰になる。それにビビった古橋は、その日のうちに持っていた銃で篠田を撃ち殺した」

千里の推論を、児玉が裏付けるように言った。

「確かに。篠田が死んだとされる日と、古橋警部補が彼と言い争っているのが目撃された日がほぼ一緒なんです」

高円寺は自認しているように言う。

「わかってる!俺だって鑑識から聞いてもしやと思ってた」

千里は話を付け足す。

「篠田を殺して安心した古橋は、一連の事件が迷宮オミヤ入りするのを待ってたんでしょうね。だけど、真犯人に殺された・・・」

なにか事実を把握しているような千里の表情を見て悟った高円寺が訊いた。

「真犯人って誰だよ?警部はわかってんのか?」

「お前には教えない」

壁から背を離した千里は、進行席を通り過ぎて会議室を出て行こうとする。

「知ってんなら報告しろ警部!捜査の指揮を執ってるのは俺だぞ!」

席から腰を上げてがなり立てる高円寺に、それ以上の怒声で千里が吼えた。

「うっせえな!責任者はてめえじゃねえだろ!」

感情むき出しに近くのパイプ椅子を蹴飛ばした千里は、会議室を後にした。

「緋波の奴・・・」

高円寺は顔に青筋を浮かせた。

「係長、今のところ犯人に該当する人物がいません。この先どうすれば」

熊倉が高円寺に訊ねた。

「まずは担当の参考人をもう一度洗い直せ。次に、サイトで西野から銃を買った人間の中に、殺された三人と関係がある者がいないか余すとこなく調べ上げろ。それと並行して再度目撃者探しだ」

高円寺は指示を分掌ぶんしょうした。その指示を受けて、刑事たちはせきを切ったように散らばっていく。高円寺はドサッと椅子に座った。

「こんなときに管理官はなにしてるんだ」

高円寺はポツリと愚痴をこぼした。


 千里が廊下を歩いていると、滝石の後ろ姿を見つけた。

「滝石さん」

声をかけた千里に、滝石が振り返る。

「緋波さん。どうしました?」

「私、明日行かなきゃいけないとこがあるから、滝石さんは高円寺の捜査に参加してて」

「わかりました・・。なにか私用ですか?」

千里は首を振る。

「違うけど、はっきりさせたいことがあるの」

「そうですか。ではお気をつけて」

滝石は頭を下げ、敬礼した。

「これから私、少し寝るから。それじゃあね」

軽く手を振った千里は階段を上がっていった。

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