第9話
諸星は捜査の過程を千里に報告した。
「家宅捜索したところ、工房らしき部屋を発見しました。銃の部品が数多くありましたので、そこで拳銃を組み立てていたと考えられます。あと、西野のパソコンを押収してサイバー課が調べましたら、やはり西野はリーパーと称して、ダークウェブで拳銃を販売していた形跡が見つかりました。サイバー課の話ですと彼は、アメリカにある非合法の銃製造業者に依頼して部品を大量に買い入れていたそうです。その業者、特に金属部品は正規品と同じものを扱ってるらしく、注文すればライフリング、つまり銃身内に刻まれてるらせん状の溝を、オリジナルの特徴的な溝に加工してくれるとのことです。それと昨日、西野と一緒にいた男、業者の仲介人でした」
うなずいた千里が訊いた。
「一連の事件で使用された弾丸の線条痕も独特だったんでしょ」
「ええ。そんなサービスをする業者は世界中でもそこだけのようで、製造のみで販売はしていないとのことなので、おそらく犯人は西野から拳銃を買ったのではないかと」
「その西野から、篠田が銃を買ったって痕跡は?」
「いえ。サイバー課が総出で拳銃の買い手を洗い出したんですが、篠田らしき人物は見当たりませんでした」
そこで諸星が自身の推量を述べる。
「あの。ヤクザって線は考えられませんか?唯一、七節区管内で西野の銃を買った相手が見つかったんですよ。舟木組って言うんですけど」
「それはどうだろうね」
腕を組んだ千里は、暗に異議を唱えた。
「なぜです?ヤクザなら警察に恨みを持っててもおかしくないですよね」
諸星が理由を問う。
「実はさっき暴対課に寄ったのよ。課長が言ってたわ。本家の轟仁会は警察とは停戦状態を保ってるそうよ。そんなときに傘下の舟木組が警察に戦争吹っ掛けるような真似はしないわ。本家が黙ってない。それに舟木組はあくまで武器の調達係で攻撃要員じゃない。遺体の状態から見ても、そこまで狙撃に長けた人間はあの組にいないって聞いてるわ」
「じゃあ、本家に内緒で殺し屋を雇ったとか」
「そもそも雇う理由がない。三人の経歴や事績を見たけど、全員ヤクザと関わる部署にはいなかったし、関係する事件の捜査にも参加してない。要はヤクザに殺される動機がないのよ」
行き詰まった顔をした諸星は頭を掻いた。
「んー・・。じゃあ一体誰が犯人なんだろう・・・」
困惑している諸星を見て、千里は穏やかに言った。
「でもヤクザって線も一理あるわ。もしかしたら篠田もネットじゃなく、西野から直接拳銃を売買した可能性だってあるし。一歩ずつ先へ進めば、いずれ真相がわかるわよ」
千里が奮起させようと諸星のギプスを拳で軽く打つ。
「痛っ!痛いです」
「じゃあね」
微笑んだ千里は歩き去っていった。
七節警察署の捜査本部にいた千里は、タブレットで杉内春樹の自殺に関する調書を読んでいた。そこへ滝石がタブレットをもうひとつ持ってやって来た。
「緋波さん。頼まれてた笠岡健さんについての事件、一応調べました。これなんですけど」
滝石は、脚を組んで座っている千里の隣に腰掛け、タブレットを机の上に立てかけ画面を見せた。
「本庁のデータによると、笠岡さんが殺害されたのは一年前、現場は池袋の歓楽街にある風俗店。緋波さんの前では言いにくいんですけど、いわゆるソープランドってやつです」
若干まごつく滝石に、千里は平静に返した。
「気にしないで続けて」
「は、はい。笠岡さんはそこの常連で、定期的にひとりで通ってたようです。まあ、風俗店に秘書やSPを連れてかないでしょうから、お忍びで行ってたんでしょう」
滝石が画面をスワイプして進める。
「事件当日ですが、従業員の証言によれば、午後十時ごろに笠岡さんが入店してから数分後、帽子にコート、黒い手袋をはめて、顔に赤い能面をつけた人物が店に入ってきたそうです」
「能面?」
千里は不可解な顔になった。
「ええ。その人物は拳銃を所持しており、受付にいた男性従業員二名、待合室にいた男性客一名に発砲、負傷させています。その後、店の奥へと入り、各部屋を見て回っていたとのことです」
滝石に千里が問いかける。
「その人物って男か女かわからなかったの?」
「従業員の証言では、突然のことだったので男女の区別をつけるほどの余裕がなかったそうです」
うなずいた千里が先を促す。
「で、そのあとは?」
「ここからは笠岡さんを担当した女性従業員、言わば風俗嬢の方の証言なんですけど、笠岡さんの部屋を見つけた能面の犯人は、その女性従業員を部屋から出させると中に入り、笠岡さんに向けて発砲、殺害しています」
滝石は全裸の遺体が写された現場写真を表示させた。
「ご覧のように笠岡さんの遺体には胸に十発、とどめでしょうか額に一発、銃創がありました」
「多分そうでしょうね」
頬杖をついた千里は、滝石に訊ねた。
「店に防犯カメラは?犯人は映ってないの?」
タブレットを操作しながら滝石が答える。
「店の外にある出入り口に一台、店内にも一台あるんですが、従業員の監視用でフロント内部しか映っていません。これが当日の映像です」
滝石が画面のボタンをタップした。再生されたその映像には、被弾して倒れる従業員の姿が映っていた。
「出入口のカメラは、犯人が店に入る前に銃で撃ったようで破壊されていました」
それを聞いた千里が不明点を挙げる。
「店に入る前に撃ったんなら、銃声で店内の人間が気づかない?」
滝石は言いそびれたと補足説明をする。
「すみません。忘れてました。女性従業員の証言では犯人は拳銃に減音器、俗に言うサプレッサーらしき物を取り付けていたそうで、犯行後、女性従業員が悲鳴を上げると犯人は足早に逃走したとのことです」
「捜査のほうはどうなってんの?」
「衆議院議員が殺害された事件ですからね。当時は本庁と管轄の池袋中央署が総がかりで捜査に当たったんですが、お店は歓楽街といっても奥まった場所にあって、その時間は人通りもまばらのようで、目撃証言など有力な情報が得られず、犯人の特徴が不明瞭なせいもあってか、現在も未解決のままです」
もうひとつ滝石は付け足した。
「ただ、今回の一連の事件と類似点がありました。科捜研が弾丸の線条痕から銃を特定しようとしたそうなんですが、それに合致したものは見つけられなかったようです」
「そう・・・」
ひとつ息を吐いた千里は話題を変じて、滝石に訊いた。
「滝石さん。城戸茂久って人知ってる?ここの刑事課にいたらしいんだけど」
「城戸・・。あー、たしか自分がこっちに異動する前にいた方ですね。直接お会いしたわけではないのでどういう方かは知りませんが」
「これからその人と話してくる。勤務してる交番はもう調べてあるから」
千里がタブレットを手に席から立つ。
「話、ですか?」
聞き返す滝石に千里が言った。
「私ひとりでいいわ。滝石さんはこいつに聞き込み、お願いできる?」
千里はタブレットに前科者データを表示させ、滝石に見せた。
「
滝石が呟くと、千里が説明する。
「古橋が所轄時代に挙げたフリーのジャーナリスト。五係の係長の話だと、あいつは落合の調査力に目をつけて、その頃から本庁に移ったあとも情報屋代わりに使ってたらしいわ。係長も噂で聞いただけって言ってたから、本当かどうかわかんないけど。でも古橋の独自のルートって、この男のことかもしれない」
「わかりました。行ってみます」
「四ツ谷に自宅兼事務所がある。滝石さんのタブレットにも落合のデータがあるだろうし、転居はしてないみたいだから、詳しい住所はそれを見て」
「はい」
タブレットを操作し出した滝石はうなずいた。
「頼んだわね」
堅い表情になった千里は捜査本部を後にした。
七節町南交番の前で覆面パトカーを降りた千里は、交番内で書類整理をしている制服警官に呼びかけた。
「ちょっといい?」
千里が警察手帳を提示する。
「なんでしょう」
その警官、
「ここに城戸って警官いるでしょ。今どこ?」
「城戸さんなら有給休暇中です」
「じゃあ、どこにいるかわかんないの?」
千里の問いに、溝口は首を振る。
「いえ。ご病気とかで今、入院しています」
「病院の場所は」
「たしか、この近くにある<つばさ総合病院>だと聞いています」
千里には聞き覚えのある名前だった。
「そこって、西野が入院してる病院・・・」
呟いた千里は溝口に礼を述べた。
「わかったわ。ありがと」
覆面パトカーに乗り込んだ千里は、その病院に向かった。
<つばさ総合病院>に到着した千里は、看護師から城戸の居場所を訊き出すと、当人が入院している病室に入っていった。四つあるベッドのうち、城戸は窓際にあるベッドで床に伏していた。
「あなたが城戸さんね」
千里が呼びかけた。スキンヘッドに白い顎髭を生やした城戸の顔は
「おたくは?」
か細い声を発した城戸に、ベッド脇の椅子に座った千里は前屈みになり、警察手帳を開いた。
「私は緋波。あなたに訊きたいことがあるの」
城戸は千里の上着の襟に付いた赤い丸バッジを見た。
「あんた、捜一の人間か」
「そうよ」
千里は警察手帳をしまうと脚を組み、腕も組んだ。
「訊きたいってなにをだ?」
「杉内春樹って男が死んだ件。書類上は自殺になってるけど、あなたはそう思ってないんでしょ」
今まで
「あなたの元同僚を入れて、警官が三人殺されたのは知ってる?」
城戸は
「ラジオで聴いた」
「その事件と杉内の件、なんかしら繋がりがあるかもしれないの。当時のこと詳しく教えてくれない?」
口を結ぶ城戸に、千里が続けた。
「ある奴が言ってたの。あなたに訊けばわかるって」
千里の真剣な表情を見て、城戸はその口を開いた。
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