第7話

 西野の握った拳銃が火を噴く。それからは、ほんの数秒間の出来事だった。

「緋波さん!」

声を上げた滝石が、千里を庇うように押し倒したと同時に、諸星が取り押さえるべく西野の前へ出たとき、発射された弾丸が諸星の左上腕を貫く。射止め損なった西野はブリーフケースを投げ捨てると、警備員に取り押さえられたスーツの男を横目に拳銃を持ったまま、どよめくエントランスから駆け足で逃げ去っていく。起き上がった千里が、被弾して倒れている諸星に動揺した声をかけた。

「諸星・・・」

「僕なら大丈夫です。それより早く追ってください」

腕を押さえながら上体を起こした諸星が、千里と滝石に痛みを抑えつつ言った。

「すぐ戻ってくるから」

眼光が鋭くなった千里は腰のホルスターから拳銃を抜くと、滝石と共に西野の後を追いかけた。


 様々な人が行き交う夜の雑踏とした歓楽街を、西野が通行人を押しのけて走っている。後方から千里と滝石が迫ってきているのに気づいた西野は、ふたりに向けて発砲した。弾は逸れてスタンド看板の照明を割る。その銃声に周囲は一瞬凍りついた。そして、西野がさらに放った銃弾が若い男の肩に直撃した途端、一気にパニック状態になった。悲鳴を上げ、逃げ出す人々が千里と滝石に向かってくる。なおも西野は走りながらふたり目掛けて拳銃を連射した。流れ弾が数名の通行人に当たる。それによって混乱が一層激しくなっていく。そこに警ら中の警官たちが駆けつけ、弾雨を回避しつつ無線で救急、応援要請をすると、被弾した通行人の手当てに奔走する。ふたりは負傷者をその警官たちに任せ、入り乱れる群衆を掻き分けて西野を見失わないよう、目を離さずに追跡を続けた。


 やがて西野は地下鉄駅の階段を下り、自動改札機のフラップドアを飛び越えて、ホームへ向かって行く。追尾する千里は改札機横の窓口をダッシュですり抜ける。滝石が一旦立ち止まり、唖然とする駅員に警察手帳を見せた。

「警察です」

そう言って滝石は再び走り出した。


 停車中の地下鉄車両に乗り込んだ西野が車両内をざっと見渡す。ほかの乗客はスマートフォンを操作していたり本を読んでいたりと、右手に拳銃を持ち、肩で息をしている西野を全く見ていない。

「お前ら全員降りろ!」

声を張り上げた西野が天井に向かって拳銃を撃った。車両内に銃声が響き、西野が乗客に銃口を向け直すと、その場は瞬く間に騒々しくなった。乗客たちは身をすくめて脱兎のごとく車両を降りていく。ホームにいた駅員も異変に気づき、非常通報ボタンを押す。西野は逃げようとした若い女をひとり捕まえ、その女の首に後ろから強引に左腕を巻きつけた。

「お前は違う。人質だ」

千里と滝石がホームに着いた。近くにいた駅員に滝石が警察を名乗ると、その駅員は一両の車両を指差した。

「あそこから銃声のような音がして、そのあと人が大勢出てきたんです」

それを聞いたふたりは当該の車両に走っていった。


 がらんとした車両内に足を踏み入れたふたりは、数メートル先にいた西野を発見し、両手に拳銃を構える。

「女性を放しなさい!」

説き伏せようとする滝石を無視した西野がふたりに発砲する。千里と滝石は咄嗟に分かれ、それぞれ左右の乗車口付近にある袖仕切りの板の陰にしゃがみ込んだ。

「こっち来たら女殺すぞ!」

人質を盾に隣の車両に移った西野がいきり立ち、拳銃を乱射する。車両内に着弾した煙が舞った。だが、無暗に撃ち過ぎたことがたたり、拳銃の銃弾が尽きてしまった。千里は仕切り板から、狼狽える西野をチラと見て事態を悟り、通路を隔ててしゃがんでいる滝石に指示を出す。

「援護して」

うなずいた滝石が臨戦態勢を取る。拳銃を両手で構えた千里は飛び出し、連結部を過ぎると、西野に銃口を突きつける。

「諦めて彼女を放したほうが身のためよ」

千里は撃鉄を起こし、やおらに、そのうえでじりじりと前へにじり寄っていく。

「クッソ!」

拳銃を放った西野は、ズボンのポケットからバタフライナイフを取り出す。分割された柄を片手で開いて刀身を露わにした直後、間隙かんげきを突いて千里が発砲した。右の前腕部に穴が開いた西野がナイフを落とす。そして、西野の右脚が人質の後ろから覗いているのを見た千里は、瞬時に銃口をやや下に向けると続けて引き金を引いた。弾丸は恐怖に怯える人質の女の脚をかすめるように通過し、そのまま真っすぐ西野のすねに命中した。

「ぐっ、がああーっ!」

西野は雄叫びを上げながら、人質諸共バタンと床に横倒れになった。

「離れて」

千里が言葉をかけると、人質になった女は震えながらもうなずいて、西野の腕を解き、急いで車両から降りた。拳銃を下ろした千里はざまはないといった表情で、血を流し呻吟しんぎんする西野に歩み寄る。

「だから言ったじゃない。身のためだって」

拳銃を持ち替え、右手に構えた千里は追い討ちをかけるように、西野のもう一方の脛を撃ちぬき弾痕をつけた。

「ああーっ!ああーっ!」

またしても断末魔のような声で泣き叫ぶ西野に、千里が冷酷な視線で呟く。

「これで逃げられない・・・」


 それから数時間後。千里と滝石は、道路を走る覆面パトカーの中にいた。

「死者は出ませんでしたが、怪我人を五人も出してしまいました」

運転席でハンドルを握る滝石は責任を感じ、沈痛な面持ちでいた。

「私が早く気づいてれば・・・」

助手席にいる千里は表情には出さないものの、滝石と同じ胸中でいた。

「ですが、諸星さんを含め皆、命に別状はないし、後遺症の影響もないと救急隊員が言ってました。それが唯一の救いです」

滝石は自分に言い聞かせるように声を発した。


 千里と滝石は七節警察署の鑑識課を訪ねた。鑑識員が西野の所持していた拳銃を取ってくるのを待っていると、諸星が現れた。

「捜査本部に行ったらおふたりがここにいると聞いて」

諸星は警察署から貸与されたであろう<警視庁>と文字が入った長袖のTシャツを着た姿に、左腕はギプスで固定され、その上を黒いサポーターで覆っている。

「諸星さん!?腕、大丈夫なんですか?」

てっきり病院にいると思っていた滝石が驚きの声を上げた。

「弾は貫通してましたからね。見た目に比べてそれほど重傷でもないんですよ」

諸星はギプスを示しながら笑顔で答えた。そこへ鑑識員がやって来た。

「被疑者から押収した拳銃です。終わったら声かけてください」

鑑識員が平たい小型の段ボール箱を机の上に置いたあと、そそくさと自分の席へ戻っていく。千里は白手袋をはめ、段ボール箱の中から拳銃を取り出し、多方面からその拳銃を観察した。

「シリアルナンバーがない・・・」

千里は拳銃を机に置くと、図に当たった表情で言った。

「やっぱり、“ゴーストガン”だった。データベースにないはずよ」

その名を聞いた諸星が首を傾げた。

「ゴーストガン?幽霊銃?」

滝石が記憶を手繰たぐる。

「アメリカで問題になってる銃ですね。たしか最近になって当局が規制を強化したとか」

「日本にも出回ってるのは聞いてたけど、実物を見たのは初めて」

千里が拳銃に刺すような目を向けていると、諸星が訊いた。

「ゴーストガンってなんですか?」

その問いに滝石が答えた。

「オンラインで購入した部品や3Dプリンターで作った部品で製造した自家製の銃器のことです。緋波さんが今言ってたようにシリアルナンバー、つまり製造番号が打刻されておらず、匿名で身元調査なしに購入できるので追跡が不可能なんですよ」

「なるほど、そんな銃が・・・」

説明を飲み込んだ諸星がふと思い至る。

「あれ?データベースにないって・・。じゃあ、一連の射殺事件の犯人も、そのゴーストガンを使用して犯行に及んだってことですか?」

諸星が千里に訊ねると本人は小声で、だが確信的に述べた。

「私はそう考えてる」

「正規品ではないから、データベースに記載がなかった」

合点がいくと感じた滝石だったが、諸星は千里に疑義を呈した。

「しかし警部、3Dプリンターで作った銃じゃ今回の犯行は無理だって」

「確かに言ったわ。でもそれは、全部の部品を3Dプリンターで作った場合。この銃は・・・」。

千里は再び拳銃を持ち、弾倉を出し入れしたあと、遊底(ゆうてい)を引いた。

「外装部だけ3Dプリンターで作ったみたいね。残りは金属製の部品を使ってる。これなら本物と同等に扱えるわ」

「西野はこれと同じ物をダークウェブで販売していた」

滝石が千里の顔を見た。

「ええ。調べてみればはっきりするわ」

「明日、一課とサイバー課が合同で、西野の自宅に家宅捜索に入るそうです」

諸星がふたりに言った。

「あいつの人生、詰んだわね・・・」

ひとり言を発した千里は、拳銃を見つめながら口角を上げた。


 鑑識課を出た滝石と諸星が捜査本部のある会議室へ歩いて行く。千里も向かおうとしたところで、後ろから肩を叩かれた。千里が振り向くと、眼前に芳賀が立っていた。

「ちょっといいか」

芳賀が声をかけた。

「また誰か死んだの?」

千里が腕を組んで壁に寄りかかる。

「そうじゃない。これから帳場の人間にも話すが、お前を見かけたんで先に言っておこうと思ってな」

「なに?」

芳賀に視線を合わせず、千里は気のない態度で訊いた。

「ガイシャの古橋について新情報だ」

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