20 カメラ部の妖精さん
文化祭は土日の二日に分けて行われる。
土曜は生徒だけ、日曜は一般開放だ。
とにかく土曜は退屈だった。
舞台でパフォーマンスをするクラスと部活のため、体育館に釘付けにされる訳だが、さすがに高校生が授業の合間にこさえた出し物なのだから完成度はお察し。
軽音部のライブと吹奏楽部の演奏はオレ的に楽しめたものの、創作ミュージカルや本の朗読、英語部のスピーチは舞台から催眠電波が発せられているとしか思えなかった。
やってる本人達しか楽しくないだろあれ。
あと明日観に来る親御さんと。
本番は日曜。
保護者も、うちの学校を目指す中坊も、他の学校の生徒も見に来る。
うっきうきで迎えたその日は、秋が終わって冬になったことを強く意識させる、寒くて良く晴れた日だった。
カメラ部の展示はばっちり準備が整っている。
タカ君は昼ごろ来る。
料理部のおべんとう券、一枚多く買っといて良かった。割と本格的らしい。去年のオレはまだ、高校の文化祭というものに夢を見ていた。先輩達がやってる屋台の方にときめいてしまい、おべんとうは眼中になかったのだ。
……屋台の食い物、まあまあ酷かったな。うん。失敗も懐かしい思い出ではある。
料理部のおべんとう以外にも、話題になっているものはある。
全国大会にも出たという書道部の圧巻のパフォーマンスや、地味に本格的なマジック部の舞台。ガチ泣きする女子が続出した一の五のお化け屋敷に、逆の意味で泣きたくなるという二の二の女装メイドカフェ。
そしてカメラ部の助っ人と、写真部のゲスト。
カメラ女子にして雑誌モデルのリュリュさん。どの程度有名なのかと言うと。
さほどでもない、というのがオレ調べ。
確かにファッション雑誌に載っていたが、どれもこれも写真が小さい。どアップで表紙を飾る人気カリスマモデルって訳ではないようだ。
とは言え、文化祭に有名人が来るとなれば生徒は浮き足立つ。
もともと『うちの学校の卒業生』という、局地的知名度があったみたいだし。
カメラ部一同、いい気はしない。
もともと写真というものに対するイデオロギーの相違により分裂した写真部とカメラ部だ。互いのやり方が理解できない。
カメラ好きは人それぞれ、と分かっていても、カメラそのものにキラキラしたシールを貼って派手さを競うのはさすがに違うだろと。
今では写真部の意見の方が主流だ。
だが多数に阿る必要はない。
オレ達はオレ達のやりたいことを全力で楽しんでいる。展示を見れば分かるはずだ。
写真の下には撮影者のクラスと氏名と、カメラを構える本人の写真が小さく載った札が貼ってある。
これが皆、いい顔をしていた。
本当に写真を撮ることが好きなんだって分かる貌だ。
ちなみにオレ、いつ撮られたのかも分からないんだが、ファインダーを覗き込みながらなんか嬉しそうにニヤニヤしている。部のお約束で『人物の写真を展示する際は必ず被写体本人に許可を取ること』となっていて、当然オレも部長に訊かれた。
カメラで顔の上半分が見えないぶん、口元のだらしなさが強調されてかなり変態っぽいが、まあイヤとは言えない。
ただ隠し撮り写真じゃなくて、ちゃんと格好つけてるとこ撮って欲しかったけど。
篠塚先輩みたいに。
「そう言えばさ、例のモデル、午後から写真部の展示場でトークショーと撮影会をやるんだってね。ねえミサ、俺『素人質問で恐縮ですが』してきて良い?」
「ダメに決まってるでしょ! て言うかあんた会場に入れてすらもらえないわよ」
「えー。有名人はつらいなぁー」
「じゃオレ行きましょうか。多分まだ顔割れてないっす。二の四のタピオカミルクティー差し入れしてきますよ。あれ普通にマズいんで何も盛らなくて大丈夫っす」
「物騒だねえ、うちの部は」
部員は交代で展示場に残ることになっていた。部長、副部長、それに広報の三人は役付としての義務か、それとも他に見たい展示やパフォーマンスがないのか、ずっといる。
クチコミとSNSでカメラ部の展示がじわじわ拡散されつつあるらしく、訪れる人が意外と多い。ここまでトラブルらしいトラブルは起きていないが、三人がいてくれるのは助かる。
オレはと言うと、タカ君を待っていた。
入れ違いにならないように、必ず来るであろうここを動けない。
「遅いなぁ……」
スマートフォンは沈黙している。
約束を破るタイプではないと思うんだ。今までいつもそうだったし、それにもし来なかったら自分自身の、親父さんへの怒りが正当性を失う。
言ってしまったことはもう取り返しがつかないけれど、多分そうしなければいけないほどの怒りや悲しみを、自ら否定したくはないはずだ。
一緒に何かをしようって約束は、守ってくれると信じる。
「やっぱり来ないのかなあ」
「鷹栖? まあ、俺達と接触したがらないだろうからなあ」
篠塚先輩はタカ君を野生生物のように言う。
「そうね、でも歩み寄ってはくれてるわ。これ以上こちらが構うのは悪手よ。向こうがもう一歩、近付いてくれるのを待つべきね」
柘植先輩の言い方だと野良猫かな。
「あれ? 鷹栖君ってまだ来てないの?」
「や、それが連絡なくて」
そらちゃん先輩は——
「じゃああの見覚えある後ろ姿は、私にしか見えない妖精さんかな?」
オレの展示を眺めている、モッズコート姿の背の高い天パを、不思議そうに指差した。
***
「来てるんなら、声かけてよね」
「なんか話しかけにくくて」
いや分かるけどさ。
その節はうちの、見ず知らずの先輩が迷惑をかけたけどさ。
でも、そっと見に来るくらいには気になってるんだな。自分と親父さんと、あとオレの作品。
「よく撮れてるね」
「うへへありがとう」
過剰な謙遜は卑屈でしかないって、爺ちゃんが言ってた。褒められたら否定せず、微笑みながら肯定しろと。
「特にどれが良い?」
「これかな」
「猫かいっ!」
「いや自然体で良いじゃん。俺が撮ったら顔こわばると思うよ」
それは確かにそうだ。うちの猫、人見知りする。
「あとこれ」
「……それはオレが撮ったんじゃないよ」
名前の横の近影については、あとで誰が撮ったのか確認しておこう。
ゆっくりと展示を見て回る。
タカ君のは、顔写真の欄は空白で『ゲスト』とだけ書かれている。ちなみにゲストは他にもいた。助っ人がタカ君ひとりだと悪目立ちするかもって、皆が部外のつてを頼って集めたらしい。
結果、ゲストコーナーはまあまあ華やかになった。
みんなありがとう。
真打、タカ君の親父さんの写真にのみ、つげカメラ秘蔵の撮影者近影がある。
とは言え確実に十年以上前のものだ。
男性が、幼稚園くらいの男の子を抱え上げて、三脚に据えたカメラを覗かせてやっている。
小さな手をカメラに添えてファインダーを覗く男の子の目に、何が見えているのだろう。嬉しそうな口元と、くるくるの癖毛が可愛い。
そして抱き上げる男性もまた、最高に優しい表情だった。
二人の笑顔に、関係性が透けて見える。
さっきタカ君がうちの猫の写真に抱いた感想と同じだ。家族の絆、って奴。
分からないタカ君ではないだろう。
そしてこの特別展示にはサプライズがもう一つ。
部長が寄せたメッセージが、添えられていた。
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