16 Magic - Hour

 昼と夜が入れ替わる瞬間の、刻々と色を変えるその過程を、オレ達マジックアワーハンターは撮る。

 場所。季節。天候。今日は、全てが最高にいい条件だ。

 そして何より——タカ君がいる。


 師匠はとにかく格好良かった。

 いやオレ、写真を撮ってる人が誰でも格好良く見える難病を患っているんだけど、それにしてもタカ君はずば抜けている。

 セルフレームの眼鏡を押し付けるようにしてファインダーを覗きながらレンズのリングを微調整し、あちこちに付いているダイヤルを操作する。あの無駄に格好良い顎‪乗せは完全に手に馴染んだ、本当に使い込んだ相棒なんだなって分かる。


「貸してやるよ」


 おまけにリュックが四次元に繋がっているとしか思えない。

 何でも出てくる。

 唐突にコンパクトな三脚を取り出してくれた。持ってるよ、今使ってるよねと、相変わらずな天然っぷりに驚いていたら。


「並んで立てて撮るといい。デジタルで試し撮りして、いいのが撮れたら同じ撮影条件でフィルムで撮る」

「なるほど!」


 思わず右拳で左掌をぽんと打った。

 最初に教わったことだ。写真は数値で表されると。

 同じ焦点距離、同じF値、同じシャッタースピード、同じ……その他色々。条件を統一してやれば、どのカメラでもだいたい同じ写真になる。なんだ両刀使いのオレ最強じゃん。


「デジカメのない頃はどうやってたんだろ」

「勘かな」

「ひえぇ……」


 あんまり使った様子のない、新しいままの予備三脚を受け取って、小ぶりなフィルムカメラの方を据えた。

 おお。カメラ二台。オレなんかプロっぽい。


 触ってみたら良く分かった。昔のカメラってホント別物。

 スマホカメラやデジカメとはぜんぜん違う技術を必要とする。


 こっちの方を愛する人が、うちの高校には少なからずいて、カメラ部っていう組織を作ってくれていた。

 そうじゃなかったらオレ多分、カメラが持つ本当の魅力を感じることなく爺ちゃんの形見を置いていただろう。


 もたもたと二つのカメラをセッティングし、あたふたとシャッターを切る。

 最初はいつもの、広角単焦点絞り優先開放撮影を封印。唯一無二のレンズじゃ、フィルムカメラと条件を揃えられないからだ。


 幸い標準レンズが二本あった。カメラのキットレンズと、買い足したもの。双方とても無難で平凡なレンズ、というのは悪口ではない。爺ちゃんコレクションの中で最も失敗しにくいレンズ達という意味だからだ。

 当然、キットなんだからカメラ本体との相性もばっちり……なはず。


 まずは小手調べにフルオートで一枚。

 うーん、イマイチ。

 何だろうな。実際の空はこんなに色が濃いのに、相変わらず白い。


「参考までに。見せて」

「やだ」

「良いじゃん、こっちはフィルムなんだから」

「それで勘を磨いてきたんだよね?」

「分かった。もう何も教えてやらない」

「わあごめんなさい」


 一歩横にずれて、場所を譲る。タカ君師匠は液晶に映し出されたメリハリのない夕焼けを見ても、笑うことはなかった。

 実際の景色と二度三度、見比べる。

 それから、眼鏡を指で押し上げながら教えてくれた。


「暗い風景を自動で撮ると、カメラが勝手に明るくしてくれるから、撮影条件は自分で決めた方がいい。ここからもう少し絞ってシャッタースピードで調節するんだ。ISO感度はフィルムと同じにしてるんだろ?」

「あー、なんだっけ、聞いたような気がするなそれ。イソイソ」

「ISO感度が自動のままだと、フィルムで再現できないよ。デジタルだと何万って出せるからね。フィルムはだいたい四百ってとこ」

「あー箱に書いてあったヨンマルマルはそれか! サンキュータカ君」

「あと水平出てない」

「す?」


 三脚を調整して傾きを直し、液晶にメニューを出して、設定からISOをオートから四百に設定。

 その間に、タカ君は自分のカメラに戻って、撮影を再開していた。


 シャッターを切る、めちゃくちゃ気持ちの良い音が、夕暮れのお寺の静寂に染み込んでいく。

 あれはタカ君のカメラの内部が機械的に作動した音だ。


 一眼レフとは、光を取り込む目玉がひとつと、それを反射レフさせるミラーを持ったカメラのことだ。

 頭の三角のところに入っているペンタプリズム同様、胴体の中の鏡で光を操る。デジタルの世界では必要なくなり、所謂『ミラーレス』が主流となった。何ならもう物理的なシャッターすら必要がないという。


 フィルムカメラのシャッターが閉じ、ミラーが開き、フィルムが感光する。

 光の魔法が働いた一瞬の音。


「……何?」

「別に。格好良いなあと思って」

「古いだけだよ。親父が使わなくなった奴だし」


 カメラのことだけじゃないよ。


「撮れよ。文化祭、いつか知らないけど。近いんだろ」

「おう」


 そうやって逐一、部活動や学校行事に興味がないことを強調してくるところは可愛いけどな。

 厨二病まっ盛りって感じで。

 オレにもそんな時期はあった。


「ええと。絞り優先モードにして、F値を下げて、シャッタースピードを上げて……って何か手旗信号してる気分だ。えっふ下っげて、えすえす上っげて、いっそ下げなーい」

「ひ、広瀬君」


 真面目に自分のカメラと向き合っていたら、横で唐突に、タカ君がプルプル震え出した。

 右手はカメラに。左手で腹筋を抑えて。


「どうした」

「笑わせないでくれよ、こっち手ブレ補正ないんだから」


 タカ君が必死に笑いを堪えている。

 別に笑わせようと思った訳じゃないんだけどな。妙にウケてしまった。

 ちょっと嬉しい。


 そして、楽しい。

 二人で撮るのめちゃくちゃ楽しい。


 黄金色だった風景はあっと言う間にオレンジからピンク、紫を経て青へ変わっていく。もうそろそろ光量が足りなくなってきた気がして、フィルムの方の撮影を中断。デジタルの方のレンズをいつもの広角単焦点に交換する。

 篠塚先輩に言い付けられているからって訳じゃないけど、これで撮らなきゃダメな気がするんだ。


 レンズ交換はだいぶ速くなった。

 覗いて見て……驚く。


「タカ君……オレ……なんだか地球は丸い気がするよ……」

「いつの時代の発見だよそれ」


 タカ君は時々覗きに来て、だめなとこはアドバイスし、いい写真があったらその撮影条件を聞き出して参考にする。あっちの出来は現像しないと分からないから期待が膨らむ。

 付き合わせて検証してみたいもんだ、二人の写真。


「広瀬君、三十秒くらい液晶消してくれないかな」

「もしかして邪魔?」

「流してみる」


 四次元リュックから細長いなにかを引きずり出しながらの端的な説明を、シャッタースピードを遅くして撮るんだと理解できる程度には、オレもカメラに詳しくなっていた。

 いつだったか耳鼻科で鼻の中に突っ込まれた内視鏡みたいなものをシャッターボタンに取り付ける。あれでアナログ式に遠隔操作するのか。興味深い。


 息が詰まるような長時間露光。三十秒は永遠に感じられた。

 よしオレも真似しようと思ったところで屈辱の、母ちゃんからの帰れコール。


「ごめん帰らなきゃ。またねタカ君」

「うん。……じゃあまた」


 マジックアワーが静かに終わろうとしている。

 再会の約束をする挨拶をしてくれたのは、この日が初めてだった。

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